8


境界線


土方と部屋に戻って、
押し入れにあると言われた布団を敷く。

その隣の部屋でも、同じように布団を敷く土方。

何となく布団の向きに悩んだけど、

「…。」

土方に足を向けるのも…と思い、頭と頭が向い合うように敷いた。

着流しになった土方も、自分の布団に入る。

「こ、ここ閉めますよね…?」

部屋の仕切りにある襖。
土方が開けて以来、そのままで。

「…そうだな。」
「…じゃあ、」
「待て。」
「は、はい。」

襖に手を掛けた時に止められる。

「全部閉めちまったら様子が分からねェ。」
"仮にも保護してる最中だしな"

そう言って、土方が襖を持った。

「こんだけ開けとけ。」

ススッと閉める。
残された幅は丁度、頭ひとつ分ほど。

上手い具合に、
私と土方の枕元だけ開いている状態になった。

「絶対これだけ開けとけよ。」
"閉めんな、絶対"

何度も"絶対"と言う。
子どもみたいなその言いぶりに、私は小さく笑って「はい」と頷いた。

私も布団に入る。
頭の上で、土方が「明日」と言った。

「飯は持ってくるから、出歩くな。」
「分かりました。」

返事をして、静かになって。

天井の目を見ながら、
つくづく不思議な状況だと思った。

数時間前までは、高杉さま達と居たのに。

今は真選組の屯所で、
それも土方と頭を向け合って布団に入っている。

鬼兵隊の私が、
真選組に保護をされているなんて。

「変なの…。」
「あァ?」
「いえ、別に。」

この男もそうだ。
よくも知らない女を、自分の隣の部屋に居させる。

たとえ本当に記憶障害だとしても、身元の知れない女に変わりはない。

沖田が普通だ。
あの反応は過剰じゃない。

女であっても、寝首を掻くことぐらい出来る。

どうして私を上げたのかと言っても、
きっとこの男は「保護するのは当然だ」とか言ってしまうのだろう。

「…土方さん、」
「何だ?」
「…もっと…、気をつけた方がいいですよ。」

これだけ無防備にされると、
斬って掛かる気も失せるというもの。

でもそれは、
きっと私のような中途半端な存在だけ。

真選組自体に特段恨みもない。
ただ高杉さまと共に存在しているだけ。

鬼兵隊に入ってはいるものの、攘夷派への思い入れはない。

「…何を気をつけんだ?」
「うーん…、女の扱い、とか?」
「何だそれ。」

誰にでも優しいのは、駄目ですよ。

「とにかく気をつけてくださいね。」
「意味分かんねェし。」

鼻で笑って、「電気消すぞ」と言った。
それに「はい」と返した時、ハッと思った。

「あの、」
「あァ?」
「ね、寝る前に…、」
「?」
「か、厠…。」
「…。」

ここに来てから一度も行ってない!

寝る前に行っておかないと、
眠ってから起こすことになるかも…不安だ。

起き上がって布団の上で座り、
「厠に行きたいです」とおずおずと口にする。

土方はそんな私の声を頭で聞いて、

「お前…、」

低く言いながら掛け布団を握った。

「…布団入る前に言え!」

付け加えるように「馬鹿が!」とまで言われる。

「思い出したんです!」
「子どもかよ!風呂の帰りにでも行っとけ!」
「あの時は行きたくなかったんです!」
「知らねェよ馬鹿!」

よく分からない彼の着火点に、
私の恥ずかしさはすっかり飛んで行って。

布団に戻るまで、ブツブツ言われることになった。


そして翌朝。
予定通り、土方の持ってきたご飯を食べて。

日中、彼の部屋は他の隊士が出入りするということで、

「ここ、閉めんなよ。」
「ふふ。"絶対"ですよね。」
「当たり前ェだろーが。」

土方の向かう机の傍の襖を、頭一つ分開けておくことになった。

彼の言う通り、
何人もの隊士が出入りする。

何度も来る人もいるし、
すごく怒られる人もいる。

とんでもない言い訳をして殴られる人もいた。

私はそれを隣の部屋で聞きながら、声を殺して笑う。

鬼兵隊とはまた違って、
この組織の個性が強くて、退屈しなかった。

それに、
人がいなくなった時を見計らって、土方とも話しをする。

土方から声を掛けてきたり、私から声を掛けたり。

「俺が怒ってる最中に笑うな!」
「だってさっきの人のドモり方が酷くて…っぷぷ。」
「お前が笑うと、俺までツラれんだよ!」

こうしてケタケタと笑っていると、顔を見て話せないのが寂しくなる。

そう思うのは、
人として普通のこと。

彼が厭に馴染むから、とは思わない。
思っては、いけない。

でも襖…、
開けたいな…。

「…土方さ」
「副長ー!!」

私の声は、大きな足音と共に発せられる声に消えた。

「静かにしろ山崎!」
「すっすみません!でも凄いことがっ…、あ。」

彼の声は、そこまでで消えた。
そして落ち着いたように「すみません」と言う。

「それで?」

土方の低い声で、
山崎と呼ばれた男は「あ、はい!」とくしゃりと何かを渡した。

私のところからは土方の机の端しか見えない。

だがあの音からして、
山崎は何枚かの紙を土方に渡したようだ。

「…。」
「…、どう思いますか、副長。」

深刻そうな山崎の声。
土方の考え深げに吐く息が聞こえる。

「…どうもこうも…、これは本物だろ?」
「はい。原本をコピーさせてもらいました。」
「…そうか。」

カチッと、煙草の火を点けた音。

「動きますか?」
「…。」

何か大きな話のようだ。
どこかに突入するとか、かな…。

「…いや。まだ…可能性はゼロじゃねェだろ。」

その言葉は山崎の予想外だったようで、

「何言ってんですか副長!」

発せられた彼の言葉は大きな声だった。

「ゼロですよ、ゼロに決まってるじゃないですか!」

土方の声は聞こえない。

「どうしちゃったんですか副長!いつもならすぐにでも動くじゃないですか!」

どうやら、
土方以外は明らかにクロだと思っているようで。

「分かりました。」
「あァ?」
「…副長が動かないなら、沖田隊長にでも言って俺たちが」
「やめろ。」
「っ…、」

その声は、初めて聞く土方の声だった。

「勝手な真似するんじゃねェ。」

空気が痛い。
障子が裂けてしまうのではないかと思うほど。

「このことは俺以外に言うな。」
「ですがっ」
「言うな。いいな、山崎。」
「くっ…、」

ふうと煙を吐く音。

「あと、お前はこの件から下がれ。」
「なっ…。どうするつもりですか副長!」
「事後報告はしてやる。今からは他の件に着手しろ。」

抗議の声を挙げた山崎だったが、土方は聞く耳を持たなかった。

歯向かうかと思ったが、彼は「分かりました」と部屋を出た。


「…。」
「…。」

誰もいなくなった、土方の部屋。

「…、」
「…悪かったな。」

掛け辛かった声は、土方から破った。

「い、いえ…。」

そう言っておきながら、自分の言葉に首を傾げる。
なんて返事をしていいのか分からない。

「…。」
「…、」

また沈黙。


私の返事のせいだ。
今度は私から打破しなければ…。

「…、…あの」
「出てくる。」
「え…?」

そう言って、畳の擦れる音がする。

「で、出てくるって…?」
「しばらく戻ってこねェから。」
"ここ、閉めとく"

頭一つ分の隙間。
そこに立ち上がった土方が映る。

「え、えっと…あの…、」

黙って私を見下げる。
私は険しい顔の土方を見上げたまま、困惑していた。

どんな瞬間も、
私を一人だけにしたことがなかったから。

朝ご飯を取りに行く間も、私が眠っている間の話。

厠も、私が行く時に済ませる。

それだけ目を放さなかったのに、


「しばらくって…どれくらい、ですか?」


私を一人にして、どこかへ行くらしいのだ。

これは…、
逃げる…絶好の機会。

「い、いつ…戻ってくるんですか…?」

私の口から出る言葉は、
どれも逃げる段取りをしてそうなものばかり。

なのに。

「暗くなるまでには…戻ってきますよね…?」

私は、

「…、」
「…土方さん…?」

…私は。


「…早く、戻ってきてほしいのか?」


逃げたくない、と思っていた。


- 8 -

*前次#