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ゆりかごの中


お腹いっぱいで副長室に戻る。

「ふう、…さてと。」

今日の仕事は、来週にある合同定例会の資料準備。
一冊辺り厚さ2cmの資料は、いくら来週の会議でも準備するには遅いぐらいだ。

「紅涙、今日中に7月の報告まとめとけよ。」
「了解でーす。」

私は土方さんに返事をしながら時計を見た。

夕方には終わるかな…。
そうじゃないと明日の準備もしなきゃ行けないし…。

時間に目安をつけていると、

「…いいのか?」

ボソりと土方さんの声がした。

「なんですか?」

窓側に向かって仕事をする土方さんを見る。
土方さんは振り返らずに「明日、」と言った。

「明日の行き先の話。ほんとに武州に…行く気なのか?」
「もちろんですよ、私が行きたいんですから。」

私の返事に、一瞬の間を空けて、


「…俺は、行きたくない。」


そう言う。

「土方さん…、」
「…。」

土方さんは黙ったまま、筆を動かし始めた。

確かに私はお節介で、
土方さんの傷口に塩を塗りこんだ上に、爪を立てるぐらいのことをしようとしているんだろう。

「…ですが、」

私は、強行します。

「行きますよ、土方さんが嫌でも。」
「鬼…。」
「あははっ、土方さんに言われちゃった。」

二度とこんな機会はないだろうから。
わだかまりは、塗り替えられるうちにしておいた方がいい。

土方さんは筆を置いて振り返る。

「日帰りなんだぞ?」
「分かってますよ。」
「墓参りしか出来ねーかもしれねェんだぞ?」
「お墓参りは大切ですよ。」
"だって土方さん、一度も行ってないでしょ"

私は書類を直しながら小さく笑った。
土方さんは苦い顔をする。

「楽しくねーだろ、そんなの。」

顔を振った。

「楽しいですよ。土方さんとなら何だって楽しい。」

私が笑えば、土方さんは溜め息を吐く。
諦めたように「分ァったよ」と言った。

私はその言葉をしっかりと聞いた上で「でも…」と目線を下げた。

「土方さんがそんなに嫌なら…やめた方がいいのかな…。」

独り言のように呟いて、

「やめますか…?」

と、やめる気持ちなんてないのに口にした。

今の状況だと、
無理矢理に私が連れて行く形になる。
実際に半ば無理矢理だけど、その中に土方さんの気持ちが全くなければ意味がない。

これだけ言って断るほど土方さんが本当に嫌で、
行く気が欠片もないのなら、行かない方がいいのだろう。

「…私は、いいですから。」
「…。」

土方さんは深刻な顔をするどころか、顔を引き攣らせた。

「バレバレな演技すんな。」
「え。やだなー、なんのことですか。」
「顔に"行きますけどね"って書いてんだよ!」

あらやだ。
そんなに分かりやすかったかな。

私は土方さんに笑った。

「本当に思ってますよ、ちゃんと!」
「どーだかな。…。」

怪しむような眼を向けた土方さんは、何度目かの溜め息をついて「でもまァ、」と言った。

「いつかは…行かなきゃならねーと思ってた。」

目線を下げたそこに、彼の過去があるのだろう。


「道場のジジイの墓参りも…一度もしてねーし。」
"…アイツの、墓も"


遠くを見ているような土方さんの眼は、まだ苦しい。


「…まだ…行こうとは思えなかったから、良い機会だろう。」


言葉と裏腹に、私を見る眼は悲しい。

だけどちゃんと前を見てる。
土方さんの、道を見てる。

「行くか…武州に。」
「…はい、行きましょう。」

彼が歩こうとしている道を、私も一緒に歩ける。

言葉にならないほど、
…嬉しかった。


翌日の早朝。

「…眠いです…。」
「俺も眠ィ…。」

まだ朝焼けの残る空の下、私たちは電車に乗った。

結局、日が変わるまで仕事をしていて。
睡眠時間は昼寝程度しか取れなかった。

「着くまで寝ましょうよ。」
「そうだな、…まだまだだしな。」

二人で肩を支えにして、目を瞑った。

人が少ない早朝の電車。
心地よく揺れる小さな振動。
隣にある落ち着く熱と呼吸。

「…ふふ。」

なんだかムズ痒いほど、幸せだと感じた。

「なに笑ってんだ?」
「いえ、幸せだなーと思って。」
「…ばか。口に出すな、恥ずかしい。」

目を閉じたまま、土方さんの声を聞く。

「バカは土方さんですよー、口にしないと分からないでしょ?バカですねー。」
「バカバカ言うな。」
「ふふ、」

今日で私が生き返って三日。
あまり一日ずつを意識していなかったが、私はいつ"終わって"もおかしくない。

もしかしたら武州で…なんてこともありえる。

それだけは、避けたい。

これ以上、
土方さんの武州にそんな思い出は残したくない。

「…、…土方さん、」
「ん?」

まだ終われない。
私の中はまだ埋まってない。

「…手。」
「あァ?」
「手、貸してください。」
「なんで。」

聞きながらも、土方さんは片手を出してくれる。
私はそれに片手を重ねた。

「繋ぎたいからですよ。」
「…そうかよ。」

…ねぇ、死神さん。

私はいつ終わるんだろう。

このことを知ってる私は幸せ者だよね。
知らなければ、今私は旅行になんて来れてなかった。

でも…何だか少し、


「お前の手、冷たいな。」


落ち着かないね。


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