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黄泉の世界


「ったく、起こせよ!」
「無茶言わないでくださいよ!私だって寝てたんですから!」

武州に着いて、真昼間の炎天下を歩く。

心地よい揺れに私たち二人は爆睡。
降りるはずだった駅を乗り越し、戻ってようやく今に至る。

「あー…早く出た意味なかったな。」
「本当ですね…。でも眠れたのでスッキリしました。」
「確かにな。」

日帰りだから荷物もない。
土方さんはいつものように煙草に火を点けて「暑い」と言った。

「煙草のせいじゃないですか?」
「違いますー。」
「あ。何だか右側だけ温度が高くて汗が出てきましたー。」
「どんだけ感度いいんだよお前の身体は!」

"あァん?!"と片眉を上げた土方さんが口に咥えたままの煙草を近づけてくる。

「近い!暑い!暑苦しい!!」
「三段活用みてェに言うんじゃねーよ!」

いい大人が道中でギャーギャー言って、

「あ…あんまり声出すの、やめましょうか…。」
「そうだな…、無駄に体力消耗する…。」
「…ふふふ、」
「…ふっ、笑うな。止まらなくなる。」
「あはは!」
「やめろって、…くく。何が面白いんだよ!」
「土方さんこそ!」

可笑しいことなんてないのに笑う。
ケタケタと笑っていると、通り過ぎる人の視線を感じた。

暑さにやられたとか思ってるんだろうな。
まあ実際にそうかも。

でもいいや。

「なんか、楽しいです!」

今すごく、楽しいから。

「ああ、そうだな。」

土方さんも笑ってるし。

出だしは、好調だ。


アスファルトだった道は、奥まるほど緑が増えて。

「道場は山の下にあったんだ。」
"ジジイの墓もその近くだって言ってた"

土方さんは局長から預かったメモを見て「まだ少しあるな」と言った。

「…アイツの墓の方から行くか。」

彼女の実家は、道場の方へ行くよりも近いらしい。

土方さんは私を見る。

「いいか?」

いいも何もありませんよ。
私は笑って、

「もちろん。」

頷いた。


"この先は店がなくなるかもしれないから"と、先に花と線香を二つ買った。

花は鮮やかで、
土方さんには笑えるほど不釣り合いなのに。

「…どうした?」

その姿に、
どうしてか胸が痛くなった。


少し歩いたところに、

「変わったな…、ここも。」
"周りが、綺麗になった"

"沖田家"と書かれたお墓はあった。

「お花、ありますね。」
「総悟は…来てるからな。」

お墓にはお花が供えられていた。
陽が強いせいで枯れ始めている。

「変えますね、ついでにお水も持ってきます。」

私は花立てごと持った。
土方さんは「俺がやるよ」と手を伸ばしたが、私は顔を振った。

「久しぶりに来たんだからお話、しててくださいよ。」

私はお墓を見て、「ね?」と言って足を進めた。
土方さんは何も返事をしなかったけど、了承したようで。

「…。」

こっそり振り返れば、お墓の前で屈んでいた。

「…、切ないなー。」

私は枯れた花をゴミ箱に捨てながら、薄い溜め息をついた。

思っていたよりも、
あの背中は結構苦しいものだ。

あそこで屈んでいるあの人は、
私の知っている土方さんじゃないのだろう。

「…まだヤキモチ妬いてますよ、私。」

花立てを水で洗いながら、彼女を思った。

「一生、…妬くのかな。」

あー妬く気がする。

"塗り替える"なんて言ったけど、
土方さんの心の中ではもう塗り替えられない場所にあるのかもしれない。

「…ズルいよ。」

彼女の場所は、二度と嫌われない場所。
むしろ思い出とともに美化される場所。

生きてる限り、私は嫌われるかもしれない。
生きてる限り、私は美化されない。

「…うわ…、最低だな私。」

もう一度、溜め息を吐く。

だからと言って、やっぱり死にたいわけじゃない。

生きているからこそ、
私は土方さんと笑ったり泣いたりできる。

生きているからこそ、私たちの時間は進む。

私が彼女に妬くように、彼女も私に妬いてたりするんだろうか。

「…よし。」

洗い終えて水を止めた時、


「遅ェよ。」


土方さんが傍まで来ていた。
私は顔を上げて「念入りに洗ったので」と笑った。

「お話、出来ました?」
「さァな。」

土方さんは私の手にあった花立てを取って、水を持った。

「…紅涙、」
「はい?」

真剣な顔で私を見て、「俺は、」と言った。

「俺は、…墓はいらない。」

…え?

「もし俺の墓に来ることがあっても、お前は一人だろ?」
「…一人確定ですか。」
「…別に…誰かいるなら…いいけどよ。」

ふふ。
いませんよ、そんな人。

お墓を洗いながら、私は土方さんの声を聞いていた。

「一人で来たら…、お前は泣くだろ?」

…そうですね。
しばらくは…何度来ても泣くんだろうな。

思い出して、
想い出して、

悲しいばかりで、辛いかもしれない。

「だから…思い出す程度でいいんだ。」
「…同じですよ、それじゃあお墓があっても。」
「違うさ。墓に来れば必ず思い出す。だが…、」

土方さんは花立てに花を差した。

「だが頭の中じゃ、真剣に向かい合って思い出さない。」

花弁に引っかかった指のせいで、花が小さく揺れた。

「それぐらいの方がいいんだ。俺は。」

線香を取り出して、
ふざけたライターで火を点けた。

在り来たりな細い線香はすぐに赤くなって、灰を作った。

線香立てに差して、


「これ、俺の遺言な。」


私に薄く笑う。
私はそれを一緒に笑えなかった。

冗談にも、出来なかった。

「私なら、…欲しいです。お墓。」

線香が燃える。
脆く崩れていく。


「だって…会いたいもん。」


死んだ後のことなんて分からない。

"私"は存在するのかもしれないし、
何もない、誰とも区別のつかない存在になるのかもしれない。

"存在"自体、ありえないのかもしれない。

「誰かの歌には"風になる"とかありましたけど、私はほら、そんな活発に動き回る場所もないですから。」

もし"私"があるのなら、

ただお墓さえあれば、土方さんに会える気がする。
こうやって来てくれないかもしれないけど、何かの拍子に来てくれるかもしれない。

そこが唯一、
私と土方さんを繋ぐ"場所"になるのは確かだから。


「だから、…会いに来てくださいね。」


だから、来て。
いつかの私と、会いに。

「…俺が泣いてもいいってことか。」
「そうですね、…泣いてほしい。」
「お前ってやつは…。」

呆れた土方さんの顔に、笑った。
笑ったのに、鼻の奥が痛くなった。

すぐに笑顔が崩れそうになったから、下を向いた。

土方さんはどう思ったのか分からないけど、私の後頭部に手を置いた。


「その前に、俺の方が先だろ。」


苦笑した声がする。
私は汗を拭くふりをして目を擦り、顔を上げた。

「でも土方さん、」
「ん?」
「お墓いらないんなら、お骨はどうするんですか?散骨?」

土方さんの方を見ずに、私は花に手を伸ばす。
整えるように向きを調整していれば、


「お前のとこに入れとけ。」
"お前が入る予定のやつ"


そんな答えが隣から返ってきた。

私と同じところ…?

「…あれれ。」
「何だよ。」
「それじゃあ結局お墓ありますね。それに…、」

土方さんの方を見た。
当の本人は、構えるような顔をした。

「それってもしかして"一緒の墓に入ろう"的な話ですか。」
「勝手にベタな文章にすんな、恥ずかしいヤツ!」
「え。だって今のどう考えても。」
「じゃあ考えるな。」
"黙って入れとけ"

そうですね、
土方さんと一緒に入れるのなら、寂しくない。

私が先でも、
土方さんが先でも、

きっと、寂しくないよね。


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