15


すごろく


近藤さんのメモの通り、
木陰になった竹林のふもとに、ジジイの墓はあった。
あの人は季節が変わるごとに来ているそうだ。

「よしっ、綺麗になりましたね。」

杓を桶に入れて、紅涙は汗を拭く。

そのまま俺の隣に屈み、手を合わせて。
真剣な表情で目を瞑った横顔が愛しくて、笑ってしまった。

「ちょっと。何笑ってんですか?」

不貞腐れた顔でこちらを見て、
「早く土方さんもご挨拶してください」と墓の方へ向いた。

俺も同じように墓に手を合わせ、目を瞑る。

「…久しぶりだな、ジイさん。」
「もう土方さん。"師匠"とか言わないと失礼ですよ。」
"と言うか、声に出さないでくださいよ"

俺は目を瞑ったまま、紅涙に返事をする。

「師匠じゃねーし。」
「道場の師範のとこでお世話になったんなら、師匠と同じですよ。」

紅涙も俺と同じように目を瞑ったまま話しているのだろう。

声が墓の方へ向かっている。

「えーと、初めまして師匠。私は早雨 紅涙と申します。」
「いや絶対お前の師匠じゃねーだろ。」
"ってかお前も声に出すなよ"

あー進まねェ。
紅涙が居ると、不思議と話が湧いてくる。
大きな話題なんてないのに、つまんねーことでいつまでも話しちまう。

「シッ…土方さん静かに!集中できませんから!」
「テメェに言われたかねーよ!」

心地いい。
行き道の電車のように。
気がつけば時間なんてアッという間に過ぎている。

「師匠っ、隣の人が煩いです!」
「先生みたいに言うんじゃねー!」

…ジイさん、久しぶり。
会いに来なくて悪かったな。
近藤さんから聞いてるだろうけど、
俺も総悟も、まだみんなツルんでるよ。

近藤さんは相変わらずだ。
馬鹿みてーに真っ直ぐで、…仲間思いで。

総悟は一段と捻くれた性格で面倒な奴になった。
ガキの頃からアンタが甘やかしてたせいだな、こりゃ。

俺は…、

「あー!先生っ今、土方くんが叩きました!」
「もう"先生"になっちまってるし!」

…こんな感じだ。
紅涙は出来た女だ。
俺なんかには勿体ねえ。今さら手放す気もねェけど。

「紅涙、」
「何です、まだ喋る気ですか?」
「これからも、…よろしく。」
「なっ…、…何ですか、…いきなり。」
「決意表明?」
「知らないし!聞かないでくださいよ!」
「くく。照れんなよ。」
「っ照れてない!」

ジイさんが心配することなんてねェから。
まァ安心して休んでくれってことだ。

また来るよ、
今度は…子どもでも連れて。


「いい場所にありましたね、お墓。」

陽が暮れ始める空の下、
まだ遠い駅までの道を歩きながら紅涙が言った。

「そうか?駅から遠すぎだろ。」
「そこじゃなくて、涼しそうで良い場所ですねってことですよ。」

確かにジイさんの墓は風も抜けて、
時折、その風が竹林を揺らして涼しい音を鳴らす。

「私もあんなとこがいいなぁ。」
「俺はジジイと一緒の墓なんて御免被る。」
「一緒に入るとは言ってませんから。」
"それに私の方が師匠に御免被られますよ"

紅涙がケタケタ笑う。
その顔に疲れはない。

深夜まで仕事をしてた上に、早朝から移動。
炎天下を歩き、休みなしに墓参り。

「ん〜なんかお墓参りの後って気分良いですよねー!」

伸びをして振り返る。
いつもなら小言の一つでも漏らすのに。

「紅涙…疲れてねーのか?」

何も言わないと心配する。
コイツはいつだって肝心なことは言わねェから。

「あら、疲れました?」
「俺じゃなくてお前。」
「私は…疲れてみえます?」
「いや、見えねェ。」

俺の返事に、紅涙は満足そうに笑って頷いた。

「疲れてませんよ。」

…変だ。
何か引っ掛かる。

「土方さんは?」
「ん…?」
「土方さんは疲れました?」
「俺は…、」

紅涙との付き合いは短くない。
感じた違和感に間違いはないんだろう。

「…。」
「…土方さん?」

だが掴めない。
それが何か。
…どこか。


「俺は…疲れた。」


きっと、お前も。

疲れてないわけがない。
いきなりタフになるわけがない。

紅涙が今までと違うのは確か。
感覚が鈍ってるのなら問題だ。

「ふふ、珍しいですね。」

お前は今、休むべき。

「休んでいくぞ。」
「でも」
「なんなら始発で帰ってもいい。」
「始発?!なな何言ってんですか!土方さんのくせに!」
「…"土方さんのくせに"…?」
「仕事男のくせにってことですよ!」
"スッ飛んで帰りたいはずの人が!"

あーそういう意味か。
俺のイメージ、どんなのかと思った。


「始発なら昼までに帰り着く。問題ねーよ。」


後退りするかのように半歩下がった紅涙の手を掴んだ。

「だっダメ!アイス買ってあげますから!」
「ガキか俺は!」
「駄目です、ダメ!」
「…なんで。」
「っだ…っだって、…。」

必死だった紅涙が俯く。
そんなに嫌なのか…?

「だって…し、下着が手抜き…だから!」
"あー恥ずかしい!!"

紅涙は空いた片手で顔を覆った。

「…"下着が手抜き"…?」
「だーもうっ、繰り返さないでくださいよ!」

今度は赤い顔で俺を睨む。

「仕方ないでしょ、泊まる予定全くなかったんですから!」

…なんだ。

「そんなことかよ。」
「そんなことじゃないですよ!大切なことです!」

そんなことだろ。
少なくとも、俺にとってはそんなことだ。

「へぇ…お前その気だったのか。」
「っ!ちっ違います!別にそんなつもりはっ、」

俺が嫌なのかと思っただろォが。
余計な心配させんじゃねーよ。

「まァ気にすんな、脱ぐんだから。」
「ヒィィっ!なんて卑猥な発言!」
「煩ェよ、いちいち。」
"お前も似たり寄ったりだろ"

また半歩、後退った紅涙の手を引いて歩き始めた。

「行くぞ。」
「やっほんと今日は適当過ぎてとても見せられ」
「じゃあ見ねーよ。」
「え?!目隠し?!」
「…やっぱお前の頭ん中の方が卑猥。」

俺が笑えば、紅涙は「違います!」と声を挙げる。


「諦めろ、俺は絶対に行く。泊まる。」


小走りに引っ張られる紅涙に振り返って笑ってやった。


「次は俺が"鬼"の番だ。」


風が出てきた。
昼間より湿度が減って涼しい。

「おっ鬼…っ!」
「どーも。」


結局、
紅涙を休ませるために入った宿なのに、

「余計に疲れました…。」
"とどめを刺された気分ですよ"

帰りの電車で眠るほど疲れを残して、

「だから起こせって言ってんだろ!」
「だからそれは無理だって言ってるでしょう?!」

俺たちはまた、寝過ごした。


- 15 -

*前次#