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息切れ


「ったく、事細かに話し過ぎだっつーの。」

局長室から戻った私たちは、副長室でお茶を飲んでいた。
そんな合間にすら煙草に火を点ける土方さんが、「あれ、よく覚えてたな」と思い出し笑いをする。

「どれですか?」
「聖火ランナーの話。」

土方さんが言っているのは、師匠のお墓参りの時のこと。
そこではお墓に備え付けられている火力の強い火付けで線香に火を点けた土方さんだったけど、

『うおっ!』

こちらに戻ろうとした数歩目で強風に吹かれて、線香の火が一気に燃え上がって一つの炎になった。
咄嗟にした土方さんの行動は、振り消すこと。

『あ。土方さん振り消しちゃダメですよー。』
『呑気な言い方してんじゃねーよ!』
"仰いで消せるレベルの火じゃねーだろ、これ!"

だけどそれは酸素が増えて事態は悪化。
笑う私を、土方さんはその炎のまま追いかけた。
今思い返せばただ罰当たりな話ではあるが、その姿が聖火ランナーみたいで…、と局長に話した。


「いや、あれは覚えてるでしょ。」
"めちゃめちゃ濃い時間でしたし"

私もプッと思い出し笑いをする。
「あれよりも、」と私は続けた。

「お線香を全部折りそうだったことの方が"よく覚えてたな"ですよ。」
「あァ?なんだその話。」
「細いお線香だったから、力加減分からずに数本折っちゃってたじゃないですか。」
"それが手の甲に落ちて火傷しそうになってたし"

ほんと、師匠のお墓の時は賑やかだったな。
煩くしてごめんね、師匠。

「そんなのしてねーし、俺。」
"覚えてねェし"

土方さんは煙草の灰を落として呆れたように笑った。

「そんなつまんねーことまで覚えてんじゃねーよ。」

"つまんないこと"

うん、そうだね。
小さな、小さなことだ。

それでも、
私がしたかったこと、たくさんあったよ。

少しずつ、私の中が埋まっていく。

「…、」

私、たくさん覚えてるよ。
こんなにも、覚えてる。

たったこの五日間で、
あの時、泥まみれで思ったことをたくさん叶えた。

「…紅涙?」

…どうして私は、
今までの時間をもっと大切にしなかったんだろう。

たったこれだけの時間を、こんなにも愛おしく思えるのに。

「…もう、忘れない。」
「?」

どうして私は、
たくさん過ごした土方さんとの時間を、覚えてないんだろう。

「…ふふ、忘れませんよ?つまんないことも全部。」
「テメェ…いつか揚げ足に使う気じゃねーだろうな。」
「どうでしょうかね〜。」

土方さん、
私、やっぱり死んでしまったようです。

死神だという非現実に会っても、どこか信じられなかった。
自分が刺された場面を思い出しても、どこか受け入れられなかった。

だけどこうして土方さんとの時間を想った時、

私の先を、
私の未来を、

何も、思い描けないの。

「…っ、土方さん!」
「ぉわ!いきなり飛びかかるな!」
"茶が零れるだろーが!"

不思議だね。
したいことは思いついても、夢は持てない。

元から大した夢なんてない私だけど、

「…ねえ…、土方さん。」

考えようとしても、
頭の中が真っ白のまま何も思いつけない私が、すごく悲しい。

「私…馬鹿になっちゃったみたいです。」
「はァ?」
「…最近、何も考えられないんです。」

この想いから助けてほしくて、何度も土方さんに言いそうになる。

言えば、私の不安は消えるのかな。
私のこんな寂しい想いは消えて、満たされるのかな。

土方さんに押しつけて、笑ってさよなら出来るのかな。

「…土方さんに夢中で。」
「はアァァァ?!くく、何だよそれ。そりゃ一大事だな。」
「でしょう?どうしましょう。」

土方さん、ごめんね。

わたし…、
私…土方さんが好きなのに、嘘をついてる。

嘘をついて、笑ってる。

私、どうしたらいいんだろう。

どうしたら、
…土方さんは悲しまずに済むんだろう。


「安心しろ、それは"中二病"だ。」
"俺も掛かってる"


焦りのように不安が膨らんで、

すごく、怖いよ。


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