18


砂絵


武州から戻ったその日の夜、
仕事を終えた私はお風呂に入った後、

「土方さん、」

こそこそと土方さんの部屋へ行った。
枕を持って。

「どうした?」
「ちょっといいですか?」
「あァ。」

部屋に入れば、まだ机に向かっていた様子。

「あれ?仕事終わってませんでしたか。」
「いや、気になったとこがあっただけだ。」

うんと伸びをして、土方さんが私に振り返る。
私の手にある枕を見て、小さく鼻で笑った。

「どこでお泊り会なんだ?」
「ここです。」

まだ綺麗に敷かれたままの布団に、土方さんの枕を寄せて自分のを並べた。

「なんだよ、また。」
「いや一緒に寝たいなーと思って。」
「…随分と積極的なお嬢サンだこって。」
「違いますよ、勘違いしないでください。」

私はフンと息を吐いて、

「ただ寝るだけです。」
"お触り禁止です!"

人差し指を突き刺せば、土方さんが「いやいや」と失笑した。

「お前、自分のとこで寝ればよくね?」
「よくないです、だってあっち…なんか暗いですし。」
「夜だからな。」
「夜だからです。」
「…。」
「…。」
「いや意味分かんねーよ!」

土方さんが灰皿を持って布団の傍に置いた。
それを横目に私が先に布団へ入れば、「こら!」と言われたが無視して寝転んだ。

「暖めておいてあげます!」
「夏に言う言葉じゃねーだろ!」
"ただの嫌がらせにしか思えねェんだけど?!"

持ってきた自分の枕に頭を乗せる。
だけど背中に布団の端っこを感じて、私はまだ寝そうにない土方さんの枕を押しやった。

「おいおい、ここの主を追い出す気か?」
「やだな、追い出しませんよ。私がここに来た意味ないじゃないですか。」

…夜が、こわい。

何もない夜がこわい。

「あ。なんなら仕事しますか?」
"私、まだ眠くないし!"

明日を思い描けないから、目を閉じるのが怖い。

思えば、
私は生き返った日からそれなりに詰め込んだ内容で過ごしていた。

仕事のまま朝になってたり、
次の日に旅行へ行くことを考えて眠ったり。

だからこうして、
徹夜もない、たった一人布団で何も考えることのない夜が怖い。

「あァ?しねーよ。もう寝る。」
「えー。」
「…お前が仕事をしたがるなんて不気味だな。」
「土方さんが仕事をしたがらないなんて不気味ですよ。」
「あー言えばこー言う。」
「よく怒られました。」
「だろうな。」

何も考えないから悪いのかな。

たとえば、
明日に予定を作るとかすればいいのか。

「土方さん、明日は…、…。」

そこまで言って、私の口は止まった。

頭の中に、
何もしたいことが思いつかなかった。

「紅涙?」

あれ?
行きたい場所、どこかなかったっけ。
…元から特になかったけど…どこかないかな。
武州には行っちゃったし…。

じゃあ、したいこと。
土方さんとしたかったことは?

「…あー…えっと、」

あれ…?
抱き締めてもらったり、だけ?
つまんないことで笑い合うだけ?

そんなの日常だから考えてすることじゃないし、もうたくさん出来たし…。

「なんだ?」
「あの…、…、」

私の、したいこと。
あれもやった、これもやった。

「…土方さんが、したいこと何ですか?」

もう、思い浮かばない。
思い出作りとか言って、私はたったこれだけのことしか思い浮かばない。

「何の話だ?」
「土方さんが私としたいこと、何かありませんか?」
"行きたい場所とか"

考えろ、自分。

もっとあるはず。
もっと、もっともっとしたいこと、思いつくはず。

「それは前振りか?」
「違いますよ!そういうわけじゃ…なくて…。」

そうじゃないと…
思いつかないと、

「…。」
「なんだよ、どうしたんだ。」

私は、何も出来なくなる。

「…、…どうしよう、」

私は明日から何をすればいい?

何もしないなんて嫌。
何もないなんて不安。


「…紅涙、何かあったのか?」


私はまだ埋まってない。
私の中は、まだ土方さんが足りない。

「っ…、」

そう…思わないと、

「…、…こわい…っ、」
「紅涙?」

終わってしまいそうで。

「…土方さんっ、…こわいよ、っ、」

私が終わってしまいそうで、こわい。

時間の声が、聞こえる。
私の望んだことを時間通りに使ったと、私の耳に聞こえる。

「っぅ、」
「紅涙…?何が怖いんだ、言ってみろ。」

切れた糸は、

もう繋がらない気がした。


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