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尊き絶望


紅涙に、また会えた。

「久しぶり、かな。」

俺はそう言ったけど、それは嘘だ。

ずっと、見てたんだ。
よく分からないけど、紅涙が気になって仕方なかったから。

つい最近は、もっと近くに居たよ。
でも逃げちゃった。

紅涙も気付いたみたいだったけど、あの時は…会っちゃ駄目だったんだ。

会いたかったし、
会いに行ったんだけど…、

あの時は、駄目だったんだ。

だって俺は、
"死神"だから。


「…そうだ、紅涙。」

彼女は小首を傾げて俺を見る。

連れて行きたい。
なのに生かせたい。

不思議なんだ。
生かせたい気持ちの方が大きいことが。
…そんなこと、コウにはとても言えないけど。

「俺を助けてよ。」
「?…何か困ってるの?」
"私で力になるなら頑張るけど"

深刻な表情で「どうしたの?」と言う。
俺はそれを笑って、「違うよ」と顔を振った。

「紅涙が俺を助けるんだ。」
「だから」
「そうじゃなくて。」

彼女はハッとした顔をして、「もしかして…」と俺を見た。

「私が…ルカ君を助けて寿命を延ばすってこと?」
「そうそう!ね、いい案だと思わない?」
「でもあれは偶然じゃなきゃダメなんでしょう?」
「そうだけど、判断するのは俺達だし。」
"コウにだけバレないように上手くすれば平気だよ"

確かに彼女が言うように、
"人間が死神を助けて寿命を得た"なんて過去にない。

だけど出来ないわけじゃない。
しちゃダメなだけで。

「じゃあ私がルカ君を助けるってことは、ルカ君の残りの寿命を半分、ってこと?」
「そうだよ、紅涙。いっぱい生きられるね!」

俺すげぇ。
なんてイイ事を思い付いたんだろう!

「どんな風に助けてもらおっかなぁ。」

たぶん、コウにはバレる。
いや絶対バレる。

とんでもない罰とかあるかもしれないけど、そんなことは別にいい。

これで紅涙が生きられる。
それだけで意味はあるんだ。

「でもさ…ルカ君。」
「なに?」
「死神レベルで生きると…いくらその半分でも怪しまれちゃうんじゃないかな…。」
「それは上手く誤魔化して生きるしかないよ。」
"年齢詐称とか?"

平気だよ。
人間って、あやふやで適当な存在だから。
時間が経てば紅涙のことなんて怪しまなくなる。

「…ふふ。」
「ん?何かイイ案あった?」

俺と同じぐらい楽しそうな紅涙が笑う。
笑いながら「ううん、」と顔を振った。

「そんなの、必要ないよ。」

…必要ない?
それは、どういうこと?

「紅涙…?」

彼女は、柔らかく微笑んだ。

「寿命、延ばさなくていいってこと。」

…っ、

「どうして?!」

どうしてそんなこと言うんだ!

「紅涙は生きたくないの?!」

生きたいから、苦しんでたんだろ?
生きたいから、辛かったんだろ?

「もちろん…生きたいよ。」

紅涙は困ったように笑んで、

「だけどそんなにも長くなくていいの。」

そう言った。

「だって、私だけ長く生きても意味がないもの。」
「意味が…ない?」
「うん。」

ゆっくりと彼女の視線が動き、


「土方さんがいないと、意味がないの。」


俺に向けてくれたことのない顔で、男を見た。
紅涙が一緒にいた男。

「私、我が侭だね。」

彼女は俺に苦笑する。
ちくり、と身体の中が痛んだ。

「だから、寿命は延ばさなくていいよ。」

…人間は、難しい。
生きられれば生きられるほど喜ぶものじゃないのか。

「…じゃあ…紅涙は死を受け入れるってこと?」

特定の誰かがいないと、生きられないだなんて。
…あの男がいないと生きられないなんて。

「…、…うん。」

そのために、生きるチャンスを捨てるなんて。

「…そう。…、」

人間は、難しい。
紅涙は、難しい。

「ごめんね、…ありがとう。」

紅涙が笑った。
俺はそれに曖昧な表情しか作れず、彼女の前から消えた。


「馬鹿ルカ。」

戻ってすぐ、コウが後ろから言った。

「なに、馬鹿コウ。」
「俺は馬鹿じゃねーよ、少なくともお前よりな。」

…ねぇ紅涙、

あの時、
どうして俺に会っちゃダメだったと思う?

「ルカ、出来ねーなら俺がするっつってんだろ。」
「…出来ないんじゃない。…しないだけ。」
「なおさら問題だろーがよ。」

答えはね、
俺が、死神だから。


「お前が早く早雨を終わらせられねーから言ってんだぞ。」


死神に会って寿命を得た人間は、
死神が責任をもって終わらせる。

「…。」
「おいルカ!聞いてんのか?!」

紅涙。
俺はあの時、君を終わらせるために行ったんだ。

だけど俺は、追い掛ける紅涙から逃げた。
…終わらせたくなくて。

「…ねーコウ、…死神って楽しい?」
「あぁ?!意味分かんねーこと言ってんじゃねーよ!」
「俺は…どうだろう。」

俺達は、死神なんだ。
気付いた時から、ずっと。

だから、

「だから…俺はあの男になれないんだ…。」

君を、苦しませてしまうんだ。


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