21


審判の門


ルカ君が去った後、
まるで再生ボタンを押したかのように全てが動き出した。

「紅涙…?」

土方さんは眉間に皺を寄せて心配そうな表情のまま。

「…土方さん、」

私の考えは、
彼と…ルカ君と話して変わった。

『…じゃあ…紅涙は死を受け入れるってこと?』

受け入れなくてどうするって思った。

ただ長く生きたくもない、
土方さんがいないとやだ、

そんなことをルカ君に言いながら、自分がとても情けなく思えた。

無茶なことを頼む子どもみたい。情けない。
そもそも私が死んだのは、私自身のせい。
女中だからって警戒を怠って、説得だけで治めようとした私のせいなんだから。

「ん…?どうした、言ってみろ。」

だから…土方さん。

「私…、」
「ああ。」

私は、
あなたについた嘘を…持って行くことにします。

「…私…近藤局長宛の封筒、間違って開けちゃったんです…!」
"それも証拠隠滅のために処分しちゃいました"

それこそ…墓場まで。

「…へ?」
「だから近藤局長宛の封筒を」
「いやお前…、…え、…それだけ?」
「"それだけ"じゃないですよ!大事な文書だったら私っ…!」

私は両手で顔を覆った。
もちろん、そんな封筒は存在しないけど。

「ンだよ…、心配しただろーが。」

それに、

「安心しろ、紅涙。大事なもんなら投函されることなんてねェから。」
"どうせつまんねー広告か請求書だろーよ"

大切な文書はポストに入らないことだって知ってる。
私はその上で、

「っ、よかった…!」
"良かったよー土方さんっ"

彼の胸に泣きついた。
土方さんが安著の溜め息を漏らす音がする。

「ほんと…お前は俺を心配させる天才だな。」

呆れて笑って、
背中を数回、軽く叩いて撫でてくれた。

「ま、そんなことで良かったよ。」

罪悪感は、あった。
それでも今私が目を瞑れば、こじれることは絶対にない。

そう、分かってるから。

「…。」

私は土方さんの胸の中で、気付かれないように眉を寄せて目を閉じた。

そんな静かな空間に、

「…でもな、紅涙。」

低く振動させる声。
私が顔を上げて見た土方さんの顔は、


「たまには、俺を頼れよ。」


ひどく、苦しそうだった。

「何の…話ですか?」
"私は土方さんに頼りっぱなしですよ"

土方さんが苦笑する私の髪を撫でる。


「お前は隠し事が多い。俺にだけじゃなく、他のやつらにも。」


"隠し事"
その言葉にドクッと心臓が大きく動く。

「隠し事なんて…ないですよ。」

私の返事に、土方さんが薄い溜め息を吐いて立ち上がった。

襖を開けて取り出したのは、隊服の上着。
私の前にバサりと投げおいて、

「それはお前のだ。」

座り直して、煙草に火を点けた。

「音信不通だった紅涙が泥塗れで帰って来た日に回収した。」

どうしてこれがここに…?
私の視線で感じたのか、土方さんが両手を上げて「勘違いするなよ」と言った。

「お前が局長室に忘れて行ったんだ。」

あ…そう言えばそうかも。
私、あれから隊服の上着見てない。

「汚れが酷かったからな。クリーニングに出しててやろうと思って女中に渡したんだが…気になるもん見つけてよ。」

"気になるもの"?
私は隊服を手にして、状態を見る。

埃っぽくて、
泥が乾いて砂になった箇所が白くなっていた。

私が汚しただけの、ただの隊服だ。

「何かありましたか?」

土方さんの言う"気になるもの"が分からなくて、私は小首を傾げた。

そんな私に、土方さんは眉を寄せた。
怪訝な顔で言う。

「聞かないつもりだったが、お前が隠し事はないって言うから…聞く。」

上着を掴んでいた私から、土方さんが「借せ」と奪い取った。


「これ、説明しろ。」


土方さんは広げた隊服の一部を指す。
そこは。

「っ、」

瞬間に、しまったと思った。

彼の指が差す場所は、あの場所だった。
私が刺され、その痕として残った傷跡。

「裂け目からして、これは破れたものじゃない。幅からして、鋭利な物で突き刺したような傷だ。」

淡々と口にする推測は、十分過ぎるほど的確で。

「こんな傷、あの日以前にはなかったはずだ。」

この言葉からの逃げ道を必死に考える。

切り抜けられる説明…、
土方さんが認める説明…。

「お前の説明は?」
「あの…えっと、」
「紅涙。」
「します、説明。だから…それは…、」

ダメだ。
どれも在り来たりな言い訳しか思い付かない。

「早くしろ。」
「っ待ってください!」
「その時のことを話すのに、時間なんて必要ねーだろ?」

考える隙間がない。
声にならない言葉のせいで、頭の中がいっぱいに感じる。

「隠したいことなのか?」
「そっそういうわけじゃ、」
「なら言えるな?」
「っ…」
「…。」

土方さんが鋭いことを忘れていたわけじゃない。

ただ、いつもは浅く済むから。
私が誤魔化して、土方さんは納得するから。

…たとえそれが、

「…紅涙、嘘つくな。」
「嘘だなんて…っ、」
「お前はいつだって肝心なことを言わない。」
「…。」
「お前だけで呑み込もうとするから、嘘つかなきゃならなくなるんだ。」

私が誤魔化せたと思っていただけだとしても、あなたは何も言わなかったから。

今も、そうしたのに。


「俺に言え。俺を頼れ。」


どうしてこんな話の時に、
こんな…言えない、頼れない話の時に、

「ガキじゃねーんだ、馬鹿みてェに怒ったりしねェから。」

嘘を、


「俺を、もっと信じろ。」


吐かせてくれないんだろう。


- 21 -

*前次#