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横顔


逃げられる言い訳が見つからないのなら、嘘もつけない。

それでも、

『言っちゃ、ダメだ。』

そう、言われてる。
だけど黙ったまま、この場が終わるとは思えない。

「紅涙、お前は何を隠してるんだ。」
「…。」
「あの日…何やってたんだよ。」

助けてよ、死神さん。
"うまくする"って言ったくせに。

あの傷、
消してくれなかったからこんなことになってるんだよ?

だから、

「…そう、ですよ。」

少しだけ、話すことは許してくれるよね。

「土方さんが言うように、それは…刺し傷です。」

安心して。
私が死んだことは言わないし、君達のことも言わない。

「"刺し傷"…だと?!」

事実を認めるだけ。
それだけだから。

「はい、脇差で。」
「…誰に?」
「一般市民です。過去の事件で真選組に恨みを持っている女性。」
「顔は…覚えてるのか?」
「…いいえ。」
「…。」

顔、覚えてるよ。
名前も、きっと分かる。

あの人、ここで働いてたんだから。
たとえそれが偽名でも、手掛かりにはなるはず。

「…どうして…、どうして言わなかった?!」

別に、彼女を擁護しているわけじゃない。

あれから一週間経った今、
再度私の前に現れることもなく何もない現状を考えると、この先も影響はない。

それもそうだろう。
死んだはずの私がのうのうと生きて帰ってきたのだから。
倒れてしまうほど気持ち悪くて、二度と顔も見たくないぐらい衝撃だったのだろう。

「私に傷はなく、彼女が反省した様子だったので。」

それにこんなこと、数えきれないくらいある事例だ。
この前は沖田君だってあったし。

「だからって報告しなくていいと思ってんのか?!」
「それは…すみませんでした。」

何度か苛立った様子で声を挙げた土方さんが、謝る私の頭に舌打ちをする。

話は終わった。
これで私は部屋へ戻れる。

そんなことを思ってたのに、土方さんは「お前は、」と唸るような声を出した。

「…お前はまだ嘘をつくのか。」

顔を上げれば、睨みつける目とぶつかった。

「この裂け目で、"傷がなかった"というのは有り得ない。」
"裏の布地まで同じ幅で刀は通り抜けている"

…すごい、

「…別に…嘘をついてるわけじゃないですよ。」
「ならどういうことだ。」

すごいよ、土方さん。
私、もう疲れちゃった。

こんな風にして、犯人も追いつめるんだろうな。

「隊服の中に…手帳が入ってたんですよ。」
"それに刺さって、私に傷はなかったんです"

隊服を見ながら言う。
いっそ、脱ぎ捨ててくればよかったな。

破れた傷、気付いてたのに。
あの時に脱げば良かった。

「それならその手帳を見せろ。」
「…。」
「お前を守ったっていう手帳を見せろ。」
「…捨てました。」
「紅涙…お前…、」

思わず"はぁ"と溜め息が漏れた。
土方さんから「顔を上げろ」と言われて、私はこの場に不釣り合いな笑顔を見せた。

「…もういいでしょう?土方さん。」

私の表情に目を見張る。

「私に傷がなかったのは土方さんがよく知ってるじゃないですか。」
"この前に私のお腹見てたの、傷を探してたんでしょう?"

ふっと鼻で笑って、私は土方さんを見る。

「確かに服に傷はあります。手帳はありません。でもそれ以上に悪いことはない。」

お願い…、土方さん。

これ以上、言わないで。
これ以上、言わせないで。

「…やめろ。」

私に苛立てばいい。

「何でもないことでしょう?だからこの話はこれで」
「もういい。…やめろ。」

呆れて、突き返して、
この部屋から私を追いだして。

また明日からは、ちゃんと良い部下に戻るから。
出来の悪い部下なりに、イイ子になるから。

「…紅涙…、」

ぽつりと名前を呼んだ土方さんが、私から目を逸らした。

その仕草で初めて、


「お前を…信じられなくなる。」


初めて私は、今の状況を理解した。

私の服に残された傷は、
私と土方さんの時間を愛しむだけのものじゃなくて、傷つけるものにもなるんだということを。

私だけが傷つくものじゃなく、


「お前のことなのに信じられなくなる俺が、…嫌になる。」


私が傷ついた分、
あなたにも傷がついていたんだということに。

そしてそれは思っているよりも深くて、


「そんな顔で…笑うなよ。」


土方さんに、
痛みを与えていたということを、

私は初めて、その時に知った。


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