22
横顔
逃げられる言い訳が見つからないのなら、嘘もつけない。
それでも、
『言っちゃ、ダメだ。』
そう、言われてる。
だけど黙ったまま、この場が終わるとは思えない。
「紅涙、お前は何を隠してるんだ。」
「…。」
「あの日…何やってたんだよ。」
助けてよ、死神さん。
"うまくする"って言ったくせに。
あの傷、
消してくれなかったからこんなことになってるんだよ?
だから、
「…そう、ですよ。」
少しだけ、話すことは許してくれるよね。
「土方さんが言うように、それは…刺し傷です。」
安心して。
私が死んだことは言わないし、君達のことも言わない。
「"刺し傷"…だと?!」
事実を認めるだけ。
それだけだから。
「はい、脇差で。」
「…誰に?」
「一般市民です。過去の事件で真選組に恨みを持っている女性。」
「顔は…覚えてるのか?」
「…いいえ。」
「…。」
顔、覚えてるよ。
名前も、きっと分かる。
あの人、ここで働いてたんだから。
たとえそれが偽名でも、手掛かりにはなるはず。
「…どうして…、どうして言わなかった?!」
別に、彼女を擁護しているわけじゃない。
あれから一週間経った今、
再度私の前に現れることもなく何もない現状を考えると、この先も影響はない。
それもそうだろう。
死んだはずの私がのうのうと生きて帰ってきたのだから。
倒れてしまうほど気持ち悪くて、二度と顔も見たくないぐらい衝撃だったのだろう。
「私に傷はなく、彼女が反省した様子だったので。」
それにこんなこと、数えきれないくらいある事例だ。
この前は沖田君だってあったし。
「だからって報告しなくていいと思ってんのか?!」
「それは…すみませんでした。」
何度か苛立った様子で声を挙げた土方さんが、謝る私の頭に舌打ちをする。
話は終わった。
これで私は部屋へ戻れる。
そんなことを思ってたのに、土方さんは「お前は、」と唸るような声を出した。
「…お前はまだ嘘をつくのか。」
顔を上げれば、睨みつける目とぶつかった。
「この裂け目で、"傷がなかった"というのは有り得ない。」
"裏の布地まで同じ幅で刀は通り抜けている"
…すごい、
「…別に…嘘をついてるわけじゃないですよ。」
「ならどういうことだ。」
すごいよ、土方さん。
私、もう疲れちゃった。
こんな風にして、犯人も追いつめるんだろうな。
「隊服の中に…手帳が入ってたんですよ。」
"それに刺さって、私に傷はなかったんです"
隊服を見ながら言う。
いっそ、脱ぎ捨ててくればよかったな。
破れた傷、気付いてたのに。
あの時に脱げば良かった。
「それならその手帳を見せろ。」
「…。」
「お前を守ったっていう手帳を見せろ。」
「…捨てました。」
「紅涙…お前…、」
思わず"はぁ"と溜め息が漏れた。
土方さんから「顔を上げろ」と言われて、私はこの場に不釣り合いな笑顔を見せた。
「…もういいでしょう?土方さん。」
私の表情に目を見張る。
「私に傷がなかったのは土方さんがよく知ってるじゃないですか。」
"この前に私のお腹見てたの、傷を探してたんでしょう?"
ふっと鼻で笑って、私は土方さんを見る。
「確かに服に傷はあります。手帳はありません。でもそれ以上に悪いことはない。」
お願い…、土方さん。
これ以上、言わないで。
これ以上、言わせないで。
「…やめろ。」
私に苛立てばいい。
「何でもないことでしょう?だからこの話はこれで」
「もういい。…やめろ。」
呆れて、突き返して、
この部屋から私を追いだして。
また明日からは、ちゃんと良い部下に戻るから。
出来の悪い部下なりに、イイ子になるから。
「…紅涙…、」
ぽつりと名前を呼んだ土方さんが、私から目を逸らした。
その仕草で初めて、
「お前を…信じられなくなる。」
初めて私は、今の状況を理解した。
私の服に残された傷は、
私と土方さんの時間を愛しむだけのものじゃなくて、傷つけるものにもなるんだということを。
私だけが傷つくものじゃなく、
「お前のことなのに信じられなくなる俺が、…嫌になる。」
私が傷ついた分、
あなたにも傷がついていたんだということに。
そしてそれは思っているよりも深くて、
「そんな顔で…笑うなよ。」
土方さんに、
痛みを与えていたということを、
私は初めて、その時に知った。
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