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二つの覚悟


「ひひ土方さん?!何を言ってるんですか?!」
「こいつらがお前を連れて行こうとする根源なら、こいつらを消せばいい。」

そりゃ…考えとしてはそうなりそうだけど。

「でもルカ君は神様で」
「ンなの本人だけが言ってることだろーが。」
「そ、それは…、」
「一回や二回なら斬れなくても、いつか斬れるかもしんねェだろ?」
「っ…だけど私、ルカ君にそんなことしてほしくないし…!」
「あァ?!お前どっちの味方なんだコラァァ!」
「みっ味方とかそんなんじゃ…」

ああマズい。
このままじゃ土方さんは本当にやり兼ねない。

オロオロとする私の眼の端に、


「とんでもねぇ人間だな、お前は。」


黒い影が見えた。
形になったのは、ルカ君の兄。

「…やっぱりコウの仕業だったんだ。」

ルカ君は腕を組んで眼を細めた。
コウ君は「まぁな」と肩をすくめた。

「おい土方 十四郎、俺達を殺るのはナシだ。」
「偉そうに呼び捨てにしてんじゃねーよ。」
「いちいちお前は煩ぇんだよ。」
「あァん?」
「やんのかコラァ!」

どことなく似ている性格の二人に、ルカ君は「で?」と冷たく声を掛けた。

「コウは何したの。」
「土方に見せた。」
「これを?」
「さぁな。俺は見てねぇし。ただ"早雨の終わり"を見せただけだ。」
「ふーん、…なんで?」
「…さぁな。」
「…ふーん。」

ルカ君は「そうなんだ」と何かに納得したようで、

「コウ、どうなるか知ってんの?」

いつかに見た分厚い本をぺらりぺらりと捲った。

「知らね。」
「それでもいいってこと?」
「…ああ。」
「コウは反対すると思ったんだけど。」
「だろうな。俺も思ってた。それよりもお前の仕事の早さには驚いた。」
"普段からそれだけ動けよ"

コウ君はルカ君が捲る様子を見ながら笑った。
私と土方さんは顔を見合わせた。

「ねぇ何の話?」

「早雨、お前は」
「コウ待って。それは俺が言いたい。」
「まあ…別にいいけど。」
「うん、サンキュ。」

ルカ君はパタンと本を閉じた。

「ちゃんと全部終わってる。」
「…?」
「紅涙、この本は何か知ってる?」
「えっと…寿命とか書いてる本?」
「うん、当たり。これは寿命を延ばす人を載せたリスト。」
"俺達の仕事が大量に詰まった本"

その手から、本は蒸発するようにゆっくりと消えた。

「あれ、いつもはすごく溜まっててさ。」
"もうこの先、何百年分あるんじゃない?ってぐらい"

話が掴めなくて、私は相槌を打ちながら要点を探していた。

「でもさ。全部、終わったんだ。」
「…え?」
「もう俺たちに仕事はないんだ。」

話を聞きながら、コウ君が「疲れた」と言った。
それを聞いたルカ君が「それは俺のセリフだろ?」と呆れる。

「待って…。それは…どういうこと…?」

仕事が、ない?
でもこれからまた出てくるでしょう?

どうして終わったなんて…。
"もうしない"みたいな言い方を…。

私の困惑する顔に、ルカ君はクスッと笑った。


「…ほんっと、人間って馬鹿だよね。」


急な冷たい声に、頭が固まった。

「ンだとコラァァ!」

私の隣では土方さんが声を挙げる。

「そういう単純なとこも、ほんと馬鹿。」
「"馬鹿馬鹿"言ってんじゃねー馬鹿!」

フンと顔を背けたルカ君に、噛みつく土方さん。
コウ君が「…ルカ、」と何かを制した。

それでもルカ君は、

「…あーそっか。俺分かっちゃった。」

明らかに厭味を言う声を出して、私を見ながら小首を傾げた。

「こんな男を好きになるってことは、紅涙もその程度ってことだよね。」

ルカ君の言葉がどうして急に冷たくなったのかは分からない。

「え…?」
「そうでしょ?そいつのこと、好きなんでしょ?」
「…うん。好きだよ、すごく。」

だけど、
私が土方さんを想っているのは変わらない。

「紅涙…。」

しっかりと頷けば、
土方さんが私の手を掴んだ。

その時に、
私の空耳なのかもしれないけど、

「…うん、」

とても小さい声で、いつもの優しいルカ君が見えた気がした。

もちろんそんなのは一瞬で。

「なーんだ。そっか。」

飽き飽きだと言う様子で後頭部に両手を回す。

「じゃあ俺、別に紅涙なんていーらない。」

私に背中を向けた。

「ルカ君…、」
「だから、さ。」

コウ君はルカ君を黙って見ていた。
どこか、苦しそうに。


「だからまだ…こっちに来ないでよ。」


…ルカ君…。
もしかして…、

「…おいルカ。」
「いいんだよ、これで。別に言う必要なんてない。」
「お前ってやつは…。」

もしかして…、君は…。

「だから紅涙、もう二度と会うことは」

「おい。」
「土方さん…?」

背中を向けたままのルカ君に、土方さんが声を掛けた。

「何様のつもりだ?」
「…何の話?残念だけど、俺は神様なんだよね。」
「俺たちよりも人間臭ェのはテメェの方だろーがよ。」
「…。」

小さな沈黙に、コウ君が鼻で笑った。

「本当にな。俺達は随分と…人間臭くなった。」

それはどこか残念そうで、
それでもどこか、

嬉しそうに聞こえた。


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