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円を願う


「お前、好きなんだろ?紅涙のこと。」
「…。…もう好きじゃない。」
「なら顔見て言え。嫌いって言え。」

土方さんの言葉を止めるように、私はその腕を引いた。

「もう、いいじゃないですか。」
「よくない。アイツはお前みてェなことをしようとしてる。」
「え…?それは…、」

私は静かにルカ君を見た。
ルカ君は背中を向けたまま。

「…ほんっと面倒な男だね、紅涙の男。」
「そりゃどうも。」
「俺なんかよりも…死神向きじゃない?」
「かもな。だが生憎、俺は紅涙と生きるつもりだから。」
「…あっそ。」

そしてまた小さな沈黙になる。
今度は土方さんが「それで?」とその空気を壊した。

「弟、言っていけ。」
「…。」
「俺達に恩を売っていきゃいいだろーが。」
「…売っても返って来ないだろ?」
「当然だ。売ったもんは売ったもんだからな。」

「だがまァ、」と土方さんは息を吐く。


「もし人としてお前らに会うことがあれば、返してやってもいい。」


土方さん…?

「…返してくれるなら、紅涙からがいい。」
「調子乗んな。」
「別にいいだろ?あーそうしよう、それが条件な。」
「テメッ…おいコラ兄!教育しろ!」

コウ君は「無理だな」と即答した。

「俺にも権利があるんだ。ルカを止める必要はない。」
「お前ら兄弟は揃いも揃って…!」

土方さんは顔を引きつらせて、「紅涙!」と呼ぶ。

「この顔、忘れんなよ!」
「へ?!」
「こいつらの顔、二度と忘れんな!そして次に会った時は警戒しろ!近づくな!」

捲し立てるように言われて、私は「は、はい」と頷く。
それを聞いたルカ君が「駄目だ!」と私の傍に来た。

「紅涙!そんなこと許さないからな!」
「ルッルカ君…、」
「俺、絶対なってみせるから!」
「え…?"なる"…?」
「うん!」
「こらルカ。"俺"じゃねェ、"俺たち"だ。」
「コウ君…?」

また掴めない会話に、土方さんが「ちゃんと言え!」と二人の頭を叩いた。

「ッテェェェ!コウより痛ェェ!」
「テメェのせいで俺まで殴られたじゃねーかよルカ!」

涙目で頭を擦る二人を見て笑った。

「土方さん、保護者みたいですね。」
「はァ?!こんなデケェ子どもいらねー。もっとまともに育てるし。」
「俺たちだってアンタみたいな親父はご免ですー。な、コウ。」
「だな。」

…あれ?

「土方さんが二人に触れた…?」
「あー紅涙。心配ないよ。」
「そうか。もう時間ねーぞ、ルカ。」
「うん。…紅涙、」
「?」

急に二人が向き直って、ルカ君はにっこりと笑った。


「俺たち、死神やめるよ。」


…え?!

「やっ辞めるって…辞められるの?!」

私の驚きに、コウ君が返答する。

「まあ辞めること自体は、やらなきゃいいんだから出来るだろうな。」
「だけど俺たちなんて居ない方がいいんだ。」

「でも寿命を延ばすとか…、」

「うん。あれもさ、延ばす必要なんてないと思うんだ。」
「人は与えられた寿命を生きて死ぬ。途中で切れちまっても、それはそいつの問題かもしれねーし、それまでの時間だったんだろう。」
「長くても短くても、俺たちが介入する必要なんてないぐらい人は謳歌してると思うんだ。」

そう言ったルカ君が「あ、違った」と言う。

「謳歌してるんだなって気付いたんだ。」
"アンタたちを見て、ね"

呆れた二人の笑みが、私たちに向けられる。

「じゃあ…じゃあどうするの…?」

少し、二人との距離が遠くなった気がした。
足を動かして遠ざかったわけじゃない。

なのにどうしてか、
二人が私たちより離れた気がする。

「とりあえずまずは、紅涙とその男を少し前に戻すよ。」
「早雨の寿命は適当に延ばす。」

…え?!
そ、その辺かなり不安なんですけど。

「安心しろ、普通にしておく。」
「あ、う、うん。」
「だけど事件は起こった後だから、もし何かあればちゃんと対処して…としか言えない。」
「上等だ。」

土方さんが口を歪ませて笑む。

「その後は…どうなるんだろうなルカ。」
「コウが分からないんだったら俺が分かるわけないよ。」
"しちゃいけないことをいっぱいしたし、まだこれからもするからね"

二人はどこかあっけらかんとしていて。

「でもさ、俺は紅涙と約束したから。」

ルカ君は楽しそうに笑っていて。

「だからこれで終わるつもりはないよ。ね、コウ。」
「そうだな、せっかく人間臭くなったんだからな。」

コウ君は満足そうに笑んでいて。

「それまでは紅涙を土方 十四郎に預けておくことにしてやる。」
「早雨、俺たちが辿り着くまで我慢してろよ。」
「テメェら…黙って聞いてりゃ言いたい放題しやがって!」

土方さんは怒っているのに呆れて許してて。

「それじゃあね、紅涙!」
「また、な。早雨。」
「あっそうだ忘れてた!」

ルカ君が走り寄ってきて、チュッと頬に口付けた。


「また逢える、おまじない。」


いつかと変わらない顔で言って、

「テメェ!よくも堂々と俺の目の前で!!」

土方さんの声を避けるように、「じゃあね」と笑った。

「まっ待って…!」

その背中に駆け出そうとした私の腕を、土方さんが止めた。

「…土方さん…、」
「煩ェやつらだったが…悪いヤツじゃなかったな。」
「…、…はい。」

またそちらに目を向けた時には、もう彼らはいなくなっていた。

さよなら、じゃない。
だから別れじゃない。

また明日も会えるような、そんな去り際で。


「…どこまでも…、優しい死神でした。」


私の寂しさを、少しだけ軽くしてくれる。

目を閉じれば、土方さんが慰めるように頭を数回軽く叩いた。

「あんまり妬かせんなよ。」

え!?
…そう言えば土方さん、
すごく珍しい言葉をいっぱい言ってくれてたな…。

普段絶対言わなさそうなことばっかり。

「あー失敗した。」
「あァ?」
「今までの土方さんの話、録音しておけば良かったですー。」
「はァ?!」

ふふと笑った時、激しい眠気を感じた。
土方さんも感じたようで「急だな」と言った。

「目ェ覚めたら、戻ってるんだろうな。」
「そう、ですね。」

私たちはその場に座り込んだ。
時間はまだ止まったまま。

「もう…覚えてないのかな…、」

彼らのこと。
きっと、消えるようにしているのだろう。

「ねえ…、…土方さん、…」
「ん…、」
「二人の、こと…覚えてたいですね…、」
「…、嫌でも…覚えてそうな気がする。」
「あはは…、羨ましいな…、私…自信ない…、」

覚えておきたいことほど、忘れてしまうもので。

書きとめて残しておけるものならどれほど良かっただろう。


私はそんなことを考えながら、静かに目を閉じた。


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