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私たちの始まり


「って…また?」

あの後、
私たちは副長室で目が覚めた。
土方さんは「だから自分の部屋で寝ろっつったのに」と寝違えた首を押さえながら私を睨んだ。

どうやら時間は、
私が土方さんの部屋に枕を持って入り込んだ時に戻っているようで。

「そもそも昨日、お前は何の用で来たんだっけ?」

覚えているのは私だけのようだ。


『また逢える、おまじない。』


また、彼は私だけに残したのだろう。

「もう…、」
「何が"もう"だ!俺のセリフだ!」
"ってかお前、俺の布団取り過ぎだから!"

そう怒鳴る最中にも首を痛めたようで、ギプスでも巻いているかのような動きで前に向き直した。

「ぷっ…あははっ!」
「テメェっ他人事だと思いやがって!」

私を掴もうとした土方さんの腕から、首の回らない方へ遠ざかった。

「あっコラ紅涙!」
「うわ〜今の土方さんになら勝てそうな気がします。」

今度は私が土方さんの腕を掴もうと手を伸ばす。
だけどそれはあっさりと読まれていて、

「甘ェよ。」

土方さんがニヤリと笑む表情と共に視界が反転して、ドンッと背中に衝撃が走った。

「ッ!いったァァい!」

受け身を取れなかった私が痛がるのは当然だけど、

「ッグァ…!」

押し倒した本人も呻き、私の胸に頭を置いてうずくまっている。

「く、首…忘れてたッ!」

私はそれに笑って、土方さんの頭を撫でた。

「よしよ〜し、可哀想な副長さんですねー。」
「お前…治ったら覚えてろよ…!」

くぐもった声で呻く土方さんに触れながら、私は慈しむようにゆっくりと目を瞑った。

ああ…私、
本当に、ここに居るんだ。

あの時に感じた焦りも、
明日から先の空白感もない。
今となっては、どんな気持ちだったかも鮮明には思い出せない。

ただ確かにあったことなのだと、
私の中に時間の記憶として残っているだけ。

そのことすら、ルカ君が辛うじて残したもの。

「なんか…夢みたい…。」

あの時に私が死んだことも、
あの死神達も。

全部、私が見ていた夢だったかのようで。

「"夢"ェ?何が。」

覚えているのは、私だけ。

時間が経って、
もっと記憶も曖昧になって。

いずれは、忘れちゃうのかな。

「…"こうしていることが"、ですよ。」

ありがとう…ルカ君、コウ君。

私、どうやってこのお礼をすればいいかな。
せめて忘れないように頑張るから、いつか…させて?

「…紅涙?」

君たちがくれた私たち二人で、

「…ねえ土方さん、」
「なんだ?」
「感謝、しましょうね。」

ありがとうを、伝えに行くよ。

「何に?」
「生きてることに。」
「はあァ?ってか紅涙、お前さっきからどうしたんだよ。」
「ふふふ。」
「"ふふふ"じゃねーよ。」

そう言った土方さんが、ぎこちなく体勢を起こして私の鼻をつまむ。

「痛い痛いっ!」
「俺に秘密事とはイイ度胸だなァ、紅涙。」
「別にそんなつもりじゃ…っあ!土方さん、朝ご飯の時間ですよ!」
「誤魔化すんじゃねェ!」
「いやほんとに時間ですからっ!」

ちょうど私が声を上げた時、襖の向こうで「トシー」と局長の声が聞こえた。


「おいトシ起きてるかァ?お前が寝坊なんて珍しいじゃないか。」


局長は襖の前でそう言う。
…ちなみに、

「わっ、土方さんヤバイですよ!」
"私ひとまず押入れに入りますから!"

屯所内で男女が一室で眠るのは、徹夜などの仕事都合を除いて禁止。

いくら私たちの仲が知れたものであっても、規律は規律。
ここでバレては、今まで誤魔化してきたもの全てを疑われてしまう!

私が小声で言いながら立ち上がれは、「バカっ」と同じような小声で土方さんに引っ張られた。

「そんな時間ねーよ!」
"布団に潜ってろ!"

ガバりと雑に布団を掛けられた時、「開けるぞー」という声と同時に襖が開く音がした。

「よ、よォ近藤さん。」
「おおなんだ、起きてたのか。」
「あ、ああ。」

どう見ても挙動不信であろう土方さんの返答に、局長は「あ、そうだ」と何かを思い出した。

「紅涙君を知らないか?てっきり徹夜してんのかと思ったが、いないようだな。」

しまったぁぁっ!
徹夜のフリで良かったんだぁー!!

「し、知らねーな。」
"便所じゃねーの?"

相変わらずの土方さんが返答した後に、不気味な沈黙になる。

「…、トシ。」
「なっなんだよ、…。」

まさか局長ですら勘付いた…?!
私はいい加減、暑くなってきた掛け布団の中で息苦しさを感じながら息を呑んだ。

「お前…、…、」
「…。」
「…首はどうしたんだ?!」

「「そっち?!」」

「…ん?何か声が聞こえたような…、」
「あーいや…おっ俺の首は寝違えちまってな。」

土方さんは「痛ェったらねーよ」と空笑いをした。
局長は「分かるわーそれ」と頷き、そこから寝違えた話になる。
そんな中に、遠くから「局長ー!」と声が聞こえた。

「おっとしまった。それじゃあな、トシ。」

呼ばれた声に、あっさりと局長は部屋を出て行った。
しんと静まる部屋に「もういいぞ」と土方さんの声が響く。

「っぷは!暑かった〜!」
「さっきのはかなりヤバかったな…。」
「ほんとですよ…、よくあんな土方さんでバレませんでしたね!」
「あァ?俺は完璧だっただろーが。」
「いやいや、そんなベタなボケにはツッコミませんから。」
「ボケてねーし!」

ムキになった土方さんが私に布団を被せる。
私は私で、掛け布団の内側から足で蹴り上げて脱出を試みる。

「コラってめぇ!」
「ちょっアハハ!土方さんくすぐったい!」

息が切れるほどジャレあって。
静かにしなきゃいけないのに騒いで。

バカなことも、
ありきたりなことも、

ぜんぶ、
ぜんぶが愛おしい、私たちの朝だった。


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