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ジャレあって、
合間にキスをして、
二人で布団を被って、甘い空気になる。

「ん、…だめですよ、土方さん…。」
「シねェよ。」
「でも手の動きが怪し…っあ、っダメですってば!」
「お前の方がその気じゃねーか?」
「ちがっ…っもう!」

だけど、
そんな時間も長くは続かなくて。

−−−スパンッ!!

突如、勢いよく開かれた副長室の襖。
寝転がる私たちを見下す目は、恐ろしく光る。


「くくく、やっぱりここに居やしたか。」


…一番やっかいな人に見つかった。

「おっ沖田君?!」
「よりにもよってお前かよ…。」
「見やしたぜェ〜?しっかりと、この目で。」

ニタニタと笑いながら、沖田君は自分の両目をグッと指で開いた。

「おっかしーなァ、確か局中法度には…」
「ちち違うの!これは徹夜してたわけでっ」
「あらら〜?さっき近藤さんに言ってた話とは違いまさァ。」
「…お前、どこから聞いてたんだよ…。」

駄目だ…!
沖田君が裏も取れないことに攻め込むはずがないっ!
これは完全に言いふらされる…!!

「お…沖田君…、」
「なんですかィ?」
「何を…お望みでしょうか…。」
「ほ〜、さすが副長の補佐でさァ。物分かりがいい。」

鬼畜のような眼をした沖田君が、ゆっくりと私に近寄ってくる。
ハッとした様子で土方さんが私の腕を掴んだ。

「待て紅涙っ!早まるな!」
「おっと土方さん、邪魔しねーでくだせェよ。」

手で土方さんの動きを制して、沖田君が私の前に来た。
顎をクイッと持ち上げられてニタリと笑う。

「紅涙…、」
「お、沖田君…?」
「総悟っ!てめぇ余計なことしたらっ」

グッと顔を近づけた沖田君は、息の掛かる距離で私を見た。

そして厭味たっぷりに笑んで言った。


「焼きそばパン買って来いや。」


…え。
焼き…そばパン?

隣で土方さんが苦い顔をして私を引き寄せた。

「くっ…総悟てめぇ!」

え…、
そんな悔しがるものですか…?

「大通りのパン屋でさァ。"なかった"なんてつまんねー話は聞きやせんぜ。」
「チッ…」
「あーコロッケパンを買ってきたりなんてしてみなせェ。」

土方さんの傍にいる私の髪を、沖田君がねちゃりと撫でた。

「俺が一生、紅涙の焼きそばパンを喰うことになりまさァ。」
「テメェどさくさに紛れて、とんでもねェこと言ってんじゃねーよ!」

わっ私の焼きそばパンって何のこと?!
でも沖田君の表情がとてつもなく厭らしいから、ろくでもないことなんだろうな…。

「とにかく。とっとと買って来いや。」

沖田君の見下げる笑みは悪魔にすら見える…。
土方さんは悔しそうに唇を噛んだ。

「え、あ…あの…、」
「安心しろ…そんなことさせねェ。」
「あ…はい。っいやでも私、焼きそばパンぐらいなら買って来ますよ?」
「くく、美しい話でさァ。それじゃァ頼みやしたぜ。」

私たちを横目に沖田君は部屋を去ろうとした…が、思い出したように振り返る。


「ああ、そうだ。」


つっ次こそきっと、
かなりすごいことを言われるに違いない!

私は喉をゴクリと鳴らした。

「ついでに俺の代わりに市中見回りしてきてくだせェ。」

ひらりと手を上げて、沖田君は部屋を出て行った。

…え、それだけ?
かなり…普通でしたけど。

「…くそっ総悟のやつ…、」

いやいや、土方さん?

「あの私、買いに行きますよ?そりゃ面倒だけど。」
「バッ…何言ってやがる!」

えー…?

「焼きそばパンを買いに行かされるのは最大の屈辱なんだぞ!パしらされてんだからな!思い出したくもないが、俺は過去にも総悟に」
「あーはい、すみませんでした。」

私には分からないものがあるんですね…。
とは言え、そうは言ってられない状況ですよ。

「だけど土方さん、買いに行かないと沖田君に言いふらされて最悪は切腹ですよ…。」
「っ…そうだな、仕方ねェ。」

そうして、
私たちは沖田君の代わりに市中見回りへ行くことになった。
…焼きそばパンを買いに。


「あー良かった、焼きそばパン買えましたね!」
「最大の屈辱だ…。」

普段買わないから知らなかったけど、かなりの人気商品らしく辛うじて最後の一つを手に入れられた。

「もう…忘れましょうよ。ほら、マヨネーズパンに出会えたわけですし!」

私は袋の中からパンを取り出す。
土方さんはそれを私の手から取り上げ、そのまま開封して、かぶりついた。

「あーあ、いいんですか?見回り中の買い食い。」
「ダメに決まってんだろーが。」

そう言って、いきなり私の口にパンを押し付けた。

「わっブ!」
「これでお前も共犯だ。」
「あ…もう。」

したりと土方さんが笑って、私も困ったように笑う。

うん、いいな…こういうの。
どうでもいいことが、こんなにも特別に思える。

何度も通ったこの大通り。

当たり前の市中見回りも、
私が死んで、土方さんが私を探した日も、
二人で旅行に行った時も。

泣いてたり、笑ってたり、恋しかったり。

わたし、
土方さんのこと、もっと好きになったよ。

「…ねぇ、土方さん。」
「ん?」
「手、寂しくありません?手持ち無沙汰とか。」
「…バカ。見回り中だぞ一応。」
「買い食いしたくせに…。いいじゃないですか。」
「大体、こんな目につく格好で出来るわけねーだろ。」
「あの交差点まででいいですから!ね…?」
「あァ?!…ったく、そこまでだからな。」

煙草に火を点けて、前を向いたまま土方さんは手を差し出してくれた。

「ほら。」

控えめに、
あまり皆から見えないように。

少しの後ろめたさすらも愛おしくて。

「はいっ!」

私は土方さんの手を繋いだ。

先に見える交差点。
短い距離。
それでも私は満たされて、
走り出したくなるぐらい嬉しかった。

もうすぐ手を離すという時、


「…え…?」


私の目は、信じられないものを映した。

交差点を向こう側へ渡ろうとしている二人の高校生。
金髪の子と、黒髪の子。

「うそ…あれって…!」
「紅涙?」
「土方さんっごめんなさい!すぐに戻ります!」
「あっおい!」

あの子たちって、彼らだよね?
こんなに早く生まれ変われたの?
それともまだ死神だったりするの?

「っ待って!」

何でもいい。
どんな理由でもいいよ。
私、また会いたい。
土方さんと二人で、君たちに言いたいんだ。


「コウ君っ…ルカ君っ!」


交差点へ駆け出す私を色んな人が見ていた。
私は見失わないように彼らだけを見ていた。

なのに、

「あっ!だめ、っ見えなくなる!」

彼らは人混みに消えた。

「っやだ!待ってよっ!」

さらに駆けようとした時、私の腕が思いっきり後ろへ強くひっぱられた。

「馬鹿紅涙っ!」
「あ…土方さん…、」
「信号、赤だったぞ?!何してんだ!」

振り返れば、たくさんの車が走っている。

そこでハッとした。
私は確かに一度死んでいて、
たとえそれを掻い潜れても、何もなかった白紙にはならない。

元の軸へ戻ろうと、
私は死を引き込みやすい身体になっているんだ。

「…気を、つけます。」

もう悲しませるわけにはいかない。
…ね、土方さん。

「…あれ?土方さん…泣いてます…?」

私に怒った顔を向けるのに、
土方さんの目が潤んでいて、パチりと一度の瞬きでスッと流れた。

「えっ…ぅお!なんで俺泣いて…?」
「無意識…ですか?」
「無意識も何もゴミが入っただけだろ。俺が泣くとかありえねェし。」

…うん、そっか。
土方さんの中にも、ちゃんとあの時間はあるんだね。

もう…泣かせないから、

「よしよし。」
「…テメェ何してやがる!」
「慰めてあげてるんですよ、よしよーし。」
「っだから俺は泣いてねェ!!」

土方さん、
安心して傍にいてくださいね。


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