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拾得物


あれからどれくらいか時間は経って。
私自身もすっかり生活リズムを取り戻した。

「それじゃあ見回り行ってきまーす。」
「おう、気をつけてな。」

私の隊服にあった穴は、また土方さんに責められてしまう前に直した。

「さてとっ!」

屯所を出て伸びをすれば、
私の相棒によく当たる原田さんが「いいよなァ」とヒガミっぽい声を上げた。

「早雨、明日から連休だろ?」
「えへっ、そうなんですよ!」
「副長も堂々とやってくれるよな、ほんと。」

そう。
私は明日から土方さんと二連休!
正式には、今日の仕事終わりから始まる。
急に土方さんが、
「お前と墓参りに行きてェんだけど」と言ってきたのが切欠。

「でも初めてじゃないか?副長が墓参りに誰かを連れて行くなんて。」
「そう…ですね。」

今の土方さんは、私と行ったことを忘れている。
もしかしたら何か引っ掛かっているものがあって、行きたいと言ったのかもしれない。

「なァ早雨、アレじゃねーか?婚前報告。」
「ぶっ!ち、ちょっと原田さん!意識しちゃうじゃないですか!」

明日からそんな眼で見ちゃうでしょ!
土方さんが何かする度に、
「あっタイミング窺ってる?」とか思っちゃうでしょ!

…でも。

「…あ、ありますかね。」
「あるって。そうなったらお前は土方 紅涙か。…ぷっ。」
「なっ?!最後の"ぷ"は何ですか!」
「あー煩ェなァ。早雨、そっちのルートな。」
「えっ、どっどこに行くんですか!」
「早雨が煩いから二手に分かれて巡回すんだよ。」

原田さんは「後でな」と消えた。

「…早っ…。仕方ない、サクっと回って帰ろっと。」

…"土方 紅涙"、か。

「原田さんにしては、イイこと言ってくれたよねぇ。…うふふ。」

一人でニマニマしながら歩いていると、


「ねえ、」


後ろから声が聞こえた。
私が振り返るとそこには、


「これ、お姉さんのじゃない?」


私に何かを差し出して、
にっこりと微笑む、

「…っ…ルカ…君…?」

金髪で、あの綺麗な子だった。
声も笑顔も、私の知っている彼。
ただ唯一違うのは、彼の着ている服が制服なこと。

あの時、
まさに交差点で見た彼だ。

「あれ?俺ってば有名人?」
「っ…ほんとに…ルカ君なの…?」
「うん、そうだよ。桜井ルカ。」
「さくらい…。じゃあっコウ君は?!」
「えー。なんだ、コウのことも知ってるんだ。」
「っいるの?!」
「今そこのレコード屋にいるけど。」
「コウ君の、みっ苗字は…?」
「もちろん桜井だけど。…あれ?知らなかったの?」

ああっ…!
彼は…彼らは人になれたんだっ!
それも二人は兄弟のまま…!!
早く土方さんにも、言ってあげなきゃ!

「っ…よかった…!」
「お姉さん?」

だけど、ルカ君は私のことを忘れてるんだね。
…いい。
そんなの、いいよ。

「…ルカ君、楽しい?」
「え?」
「今の生活、楽しんでる?」
「んーまぁ色々あるけど、俺は楽しいよ!」
「そっか…!」

君が、そんな風に笑っているなら。
今を楽しめているのなら。

「ね、ほんとに大丈夫?どっか痛いの?お姉さん泣きそうな顔してるよ。」
「ううん…、平気。」

たくさんある星の、
たくさんある街の、
数え切れない人の中から、また出会えたんだから。

私のことなんて、
少しも気にならないよ。

「あっそうだ、これこれ。」

ルカ君が嬉しそうに差し出した。
手にあったのは赤いパッケージの、

「…ホットケーキ…ミックス?」
「うん!」

白い粉が袋に入ったホットケーキの素だ。

「これ、落ちてたから拾ったんだ。」
「こっ…これが落ちてたの?!」

まさか怪しい粉…じゃなさそうだね。

「うーん…誰かが買い物袋から落としたのかな?まだこの辺にいるかも…すみま」
「違う違う!」
「え…ルカ君?」
「あっいやえーっと、もういないんじゃない?」

ルカ君は「俺も拾った時に探したから」と笑った。

そっか…。
それじゃあ預かるしかないか。

「あのさっ!」
「ん…?」
「それ、俺が拾ったんだから何か書くよね?」
"ほら、拾得物届けみたいなの"

私は彼からホットケーキの素を手にして頷いた。

「そうだね、ここから一番近いのは大江戸警察かな。」
"話は通しておくから、これ持って行ってね"

ルカ君に小さな紙と拾得物を返す。
すると彼は「へ?」と驚いた顔をした。

「お姉さんがしてくれないの?」
「うん、私は真選組だからね。こういう仕事は警察なの。」
「そんなー…。せっかく考えたのに…。」
「どうしたの?」
「…あ!そうだそうだ、警察行ったんだった俺。」

嬉しそうにニコニコしながら「だけどさ、」と言った。

「"それは真選組で対応してもらいなさい"って言われた!」
「うっうちで…?珍しいなぁ…そんなこと。」
「だから真選組行こ!」
「う、うん。あっ、コウ君に言わなきゃダメじゃないの?」
「いいよ別に。どうせレコードに息荒げてるだろうし。」
「そう…?」

そうして、
私は原田さんに先に戻ることを連絡して、
大江戸警察の対応を不審に思いながらも屯所へ戻った。


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