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神の名に


こんなことに…、

「そんな…っ、土方まで…っ!」
「…。」

まさか、
こんなことになるなんて…。

「…、…コウ…?」
「…変えられないってことかよ…。」

ルカ、
…すまない。


「これは、…俺の責任だ。」


早雨を助けるために、土方を巻き込んだ。

消えると定められていた一つの生命のために、一つを巻き添えにした。


「俺が土方に見せなけりゃ…こんなことには…。」


いつも通りに、こなしときゃ良かった。

何も考えず、
何にも左右されず、
早雨の命だけを連れて終わらせれば良かった。

「俺は…俺は楽観してた。」

人の未来は、俺達に変えられると。
人の時間は、形ないものであると。

それ故、
俺達が少し手を貸せば、いくらでも良くなると。

「変わらねーんだ…俺達なんかじゃ。」

人の運命は、
その者が背負って生まれた道。

たとえ俺達が神でも、


「あの二人を、…生かして…やれねーんだな…。」


無力でしかない。

「俺たち…何も出来ないってこと…?」

ルカは呟いて、
倒れたままの二人に歩み寄った。

「仮にも"神"なのに、…俺たちは何もしてあげられないだなんて…。」

早雨に重なる土方の身体を起こし、すぐ隣にそっと横たわらせた。

「こんなの…残酷過ぎる…。」

ルカの手が、血に汚れた二人の顔をスっと撫でる。

「ごめん…、…紅涙…土方…。」

すると二人の汚れは消え、
それこそまるで眠っているように見えた。

「…俺がっ、…、執着したからだ…、」
「ルカ…それは」
「紅涙に…っ執着したから…!」

…ルカ。
俺は嬉しかったんだ。
お前が早雨という"人"に触れて、変わっていく様が。

そのちっぽけな人間は、
黒と白だけの風も時間もない単調な世界に、あっという間に色を混ぜて。

いつの間にか、
ルカだけじゃなく、俺も変わっていた。

「……、」

無力な俺達が、
お前らのために出来ること…。


「…、…ある。」


俺達にも、まだある。

「…出来ること、あるぞ…ルカ。」

俺の声に、
ルカは怪訝な顔で俺を見上げ、吐き捨てるように鼻で笑った。

「まさか…二人の生命を戻すとか言う気?」
"そんなの無理だって俺でも分かる"

"中途半端な可能性ならいらない"

そう言うかのようなルカの眼は、
ただ"死神"としてだけ存在していた頃の、
早雨に出逢う以前の、何も映さない眼に戻っていた。

…いや、戻りはしないか。

ルカはもうあの頃には戻らない。

早雨に出会い、変わった以上、
早雨を失った後もきっと、

ルカはもう、戻れない。

「違う。」
「…じゃあ何?」

俺達はもう、…戻れない。

何も感じずに、
ただ人の生死を導く"死神"に。


「送ってやるんだよ、せめて…一緒に。」
"向こうでも二人で居れるように"


ちょうどいいさ。
俺達はあまりにも、罪を犯し過ぎた。

「出来んの?」
「…やる。」
「"やる"って…。」
「やるっつったら、やるんだよ。」

早雨、土方。
お前らには兄弟そろって世話を掛けたな。

「…ぷ。あははは!うん、コウらしいね。」
"そうだね、…やろう!"

思い返しても、
やらなきゃよかったことしか頭に残っていない。

ただ…これからすることは、
やって良かったことになるのは確かだから。

ありがたく受け取ってくれると助かる。

「…なあ、ルカ。」
「んー?」
「これをしたら俺達はどうなるか…分かんねえ。」
「確かにそうだね。こんなこと、したことないし。」
「…ルカ。」
「なにー?」
「俺は土方に見せた責任がある。だがお前は…」
「なーに言ってんのコウ。そんなこと言ったら、俺が間違わなかったら…って話になるだろ?」

…早雨、土方、
本当に…すまなかった。

そして…感謝してる。

「だからさ、コウ、」

俺達に、
たくさんのモノを教えてくれて、
たくさんのモノを見せてくれて。

…ありがとう。


「これは…俺たち兄弟が馬鹿だったせいだよ。」


ああ、
…そうだな。


「俺は馬鹿じゃねーよ、バーカ。」


馬鹿な兄弟から、
愛すべき二人へ。

願わくば、
また…逢えることを。


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