B6


送り火


「…ん…?」

気が付けば、私は立っていた。

寝転んでいたわけでも、
誰かに起こされたわけでもなく、

灰色の道の真ん中に立っていた。

「あれ…?ここ…どこ…?」

この道以外に何もない。
ただ何度か緩く曲がり続くのが見えるだけ。

「…私…どうしたんだっけ…?」

眠っていたわけではないのに頭が冴えなくて。

歩けとばかしに続く道に、私はゆっくりと足を踏み出した。


少し歩いた時、
道の端に小さな黄色い光が灯った。

「なんだろう…?」

それを覗きこめば、"私"が見えた。
"私"は誰かと楽しそうに話していて、その人は男の人だった。

こちらには背中を向けていて、後ろ姿しか見えない。

なのに、


『紅涙』

「っ…、」


胸が、騒ぐ。

頭の中に何かが浮かんで。
すぐに消えた。

「…今の…私…知ってる…。」

道の先を見れば、
また一つ小さな黄色い光が見える。

私はその光まで走った。
同じように覗きこめば、また違う情景が映る。

今度はその人と手を繋いでいた。
私はその人を見上げて、自分でも知らない嬉しそうな顔をしていた。

「私の…、…好きな人…、」

そうだ、
この人は私の好きな人。

大切な、ひと。

「……、」

その情景を見ていれば満たされるのに、
口にできないような寂しさが込み上げてくる。

そんな私とは正反対に、
光の中の"私"は、ただその人だけを見て笑っていた。

笑って、
とても幸せそうに、ゆっくりと何かを言葉にする。

それを読み取るように、私も口にした。

「…あ、い…し…」

そこまで口にした時、突然、光が消えた。
引き千切られたように映像は歪んで消えた。

「…え…?…なに…?」

先の道を見ても、もう黄色い光はない。
だけど道の色が紅色に変わっていた。

道は、先に延びるほど黒に変わっていく。

振り返れば灰色の道が残る。
その脇には、私が覗いてきた小さな黄色い光もある。

目の前に続く色を見た後だと、灰色の道はまるで光の道に見えた。

「…進むの…恐い…。」

引き返した方がいいのかもしれない。

留まって、
幸せそうな"私"を見続けていた方がいいのかもしれない。

それでも、
進まなければいけない気持ちもある。

そんな踏み出せない私の髪が、


「…?」


風なんてないのに、優しく揺れた。


『……じょうぶ、』

「…?」


声がする。

始めは遠く、


『大丈夫だよ、紅涙…』


次は、すぐ後ろで。

「だれ…?」

振り返っても、誰もいない。


『歩いて…』

「え?」


今度は前方で声がする。

また振り返ると、
ずっと先の黒い道の上で、弱々しく白い光が揺れていた。


『この黒い道は…、…が創った道なんだ…』


肝心なところが聞こえない。
なのに私は、とても懐かしくなった。

ああ、
それなら安心だ。

それに…、
君が言うなら、平気だ。

確かにそう思えた。


『アイツも、歩いてる…』


私は足を進めた。


『信じて、歩いて…』


声はどんどん小さくなっていく。

光はどんどん薄くなる。

それが強烈に悲しくて、
私はいつの間にか駆け出していた。

「待って…っ!消えないで…!」

あれほど不気味だった紅色の道を駆けて、黒い道を走る。

薄い、薄い光は、


『ちゃんと…声が届いているといいな…』


独り言のようにそう言った。

私の声は、彼には届いていないのだと悟った。
私の姿は、彼には見えていないのだと知った。


『俺もそろそろ行かないと…ひがまれそうだね…』


ふふと笑う。
私はそれを聞きながら、光の傍まで辿り着いた。

肩で息をして、
その光に触れようとした時、


『紅涙…、』


目の前の弱い光は、人の姿になって。


『ここからは…本当に紅涙達だけの道だよ』


綺麗な金色の髪、
色の白い肌。


『誰にも干渉されない、誰も知らない道』


透き通るような瞳は、
私を見ていないのに私に合う。

「……ル、カ…君、」

無意識に声にできた時、
光は今までの弱々しさが嘘のように輝いた。


『さあ…行っておいで…』


光が明けた後の道は、真っ白で。


『…彼と、一緒に』


視界の端で、何かが動いた。
それを見る前に、


「紅涙…?」


私を呼んだその人は、

「…っ…、っ土方さんっ!!」

私の、大好きな人だった。


『…幸せに、…紅涙、』


光は、
静かに消えた。


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