4


私の始まり


ポツリと何かが私の頬を打った。

「…、ん…、」

ゆっくりとしか開かない瞼。
同時に小さな粒が目に入る。

「っ、な、に…?」

何度か瞬きをすれば、黒い空が目に映った。

「…外…?」

土の湿った匂いがする。
どうやら私はこの雨空の下、外で寝転がっているようだ。

「…うそ…私、のたれ死んだ方だったんだ…。」

最悪、
笑えない。

私は病院のベッドの上で、皆が泣いてて、
私が奇跡の復活をして、土方さんに抱き締めてもらう予定だったのに。

「そう言えば私が死んだ時の状況、見せてもらうの忘れちゃったな。」

なんか慌ただしかったし、
今度はゆっくり話せたらいいなあ。
…もう会えないか。

「服はドロドロに汚れてるけど…うん、痛くない。」

隊服の腹部にある数センチの穴。
これが致命傷なのだろうが、その傷も塞がっているようだ。

「とりあえず屯所に帰って…、…あれ?」

立ち上がって、
服についた土やら砂やらを掃っている時、疑問が浮かんだ。


「私…覚えてるじゃん。」


あの死神の兄弟のことも、
私の寿命が少し延びたことも。

「…また間違えたのかな。」

うーん…、

「まぁいっか。」

とくに何かがあるわけじゃない。
それに覚えてた方が、私はきっと毎日を大切に使える。

「…よし、ひとまず戻ろう。」

不思議だな、
私、本当に死んだのかな…。

「この格好からして、仕事でミスったのかなー…。」

“また補佐のくせに出しゃばりやがって“って怒られるな。

「あーあ…、…、」

…怒られる、か。

いつもは、
土方さんが怒ると書類整理中の空気が重くなるから嫌だった。

ただの喧嘩なら仲直りが出来るけど、
仕事で怒られてるから私からへらへらするわけにはいかなくて。

土方さんが空気を和らげてくれるまで、息苦しいほどの重さは続く。

「でも…、いっか。」

空から絶え間なく降り続ける雨。

仰ぐように見上げて、私は目を閉じた。


「…怒られても、いいや…。」


あと何回、
私は彼に怒ってもらえるんだろう。

あと何回、
私は彼と仕事をするんだろう。

「…私、…死んじゃったんだって…。」

黒い雲は、
静かに私を見下ろしたまま。

「…こうやって…今は生きてるのに。」

あとどれだけ私に時間があるのか分からない。

それでも、
…少ないのは確かで。

私はこれから毎日、
どんな風に過ごすかを考えるんだろう。

「あ…そうだ。とりあえず帰ったら、土方さんに抱き締めてもらおう。」

せっかく貰ったのだから、
泣いてばかりで終わりたくない。

「いっぱい、…土方さんとの思い出作ろう。」

立ち止まる暇がないほど、
やりたいことをして、私の中を土方さんでいっぱいにしよう。

そしてまた私が死ぬ時は…、…。

「…あー…考えない考えない。」

両頬を叩いて、
ニッと口角を上げる。

「楽しく、だよね。」

別れた死神を空に思いながら、
私は少しだけ懐かしく感じる屯所に帰った。


「ただいま戻りましたー。」

靴を脱ぎながら声を掛ければ、騒がしい足音が近づいてくる。

「いい今の声はっ、紅涙君?!」

ダンッと踏み込んだ音とともに顔を出したのは近藤局長だった。

「あっ局長!遅くなりました…か?」

敬礼をして言いながら、
果たして自分の帰りが遅くなったのかが分からなくなった。

今の私は、
あんな場所で何をして、
一人のたれ死んでいたのかも分からないのだ。

変なことを言わないようにだけ、気を付けておかないと。
…って、もう今言っちゃったか。

窺うように、そろりと局長の顔を見た。
すると、


「どこに行ってたんだ!」


ゴンッとグーで頭を殴られた。

「どれだけ心配したか分かってるのか?!」

わっ、
初めて局長に殴られた!

「す、すみません…。」
「連絡ひとつぐらい寄こすように!全然携帯も繋がらないし!」

唖然としている私に、
局長はさらに険しく眉を寄せた。

「それもそんなドロドロの格好になって…。とにかく、話を聞こう。」

は、話を聞く?!
それは困ります!私も分からないし!

どうしよう!
何て言えば怪しまれないんだろう。
ドロドロで帰りが遅くなってるんだよね…、ええと…。

「き、局長、」
「何だい。」
「あの、ですねぇー…、」

考えがまとまらないまま口を動かそうとしていた時、


「キャアァァァァ!!」


すぐ側で、けたたましい悲鳴。
あまりの大きさと悲壮さに、私の身体がびくりと揺れた。

目を向ければ、一人の若い女中が青い顔でこちらを見ている。

「大丈夫ですか?」
「どうかしましたか。」

私と局長が声を掛ければ、彼女は一歩足を下げた。
そしてそのまま、

「君?!大丈夫か?!」

フラりと後ろに倒れてしまった。

「おい!しっかりしろ!」

局長が抱き起こすが、彼女に意識はない。
すぐに先ほどの悲鳴を聞いた隊士や女中達が集まり始め、彼女を運ぶことになった。

「な、何だったんでしょうかね。」

局長に言えば、「心配だな」と眉を寄せた。

「…はあぁ。全く昨日から何だか慌ただしいな。」
"トシもまだ帰って来んし"

そう言って、携帯を取り出す。
繋がらないようで、また仕舞った。

あ…、
そう言えば土方さんがいない。
一番に私を怒るはずの人がいないなんて…。

「目的の紅涙君は戻ったのになァ。」
"早く教えないと、トシはいつまでも帰ってこん"

どうやら私を捜して、帰って来ていないようだ。
また溜め息を吐いた局長に「あの」と手を挙げた。

「私、探してきます!」

すぐに背中を向けて走った。
後ろでは「こら!待ちなさい!」と呼ぶ声がしたが構わず走った。


屯所を出たところで傘を忘れたことに気付いた。

「しまった…、雨降ってたんだ…。」

戻れば局長に止められる。
私は小雨をいいことに、傘を諦めることにした。

大通りを歩いてみる。

「…土方さん、どの辺りにいるんだろう。」


あの場所で待ってる
〜 main part START 〜


人通りは多い。
それでも黒い隊服に、あの姿。

何より土方さんだから。

すぐに見つける、そんな自信があった。


- 4 -

*前次#