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王子さま


「私も鳴らしてみよう…。」

私は携帯を取り出した。
すると恐ろしいほどの着信が残っていた。

局長と、
その数倍ある土方さんからの着信履歴。

「…早く、捜さなきゃ…。」

きっと、
すごく心配してる。

「あ…メモ残ってる…。」

三件の伝言メモがある。
再生を押して、歩きながら彼を捜した。

一件目は、24日。
昨日のようだ。

『おいコラァァ!テメェどこ行ってやがる!電話に出ろ!掛け直せ!』

思わず電話を離すほどの怒声だった。
私は苦笑しながら、次のを再生する。

『ほんといい加減にしろよ紅涙!一回ぐらい電話しろ!クビにすんぞテメェ!』

24日深夜の伝言。
今は25日も暮れる頃だ。

私は約一日、何の連絡もせずに戻っていないということになる。

そしてその間、
土方さんはずっと捜してくれている。

「…、」

最後の伝言メモを再生した。


『連絡くれ。…帰りたくないなら、それでもいいから。頼む。』


それはとても苦しい声で。
耳が千切れてしまいそうなほど、悲しかった。

「…土方さん…、」

足を止めて、携帯のディスプレイを見る。
三件目は今日25日の数時間前だった。

私はその全てのメモを消さずに、土方さんへ電話をした。

数回のコールで留守番電話になる。

「土方さん、早雨です。…どこにいますか?会いたいな…。」

彼にすれば、
この内容は自分勝手きわまりないことだろう。

「私からいなくなって、会いたいとか…。変ですよね。」

録音しながら、一人笑った。

「どこかな…。私は今、大通りにいます。」

周りを見渡して電話を切った。

すると、


「おいコラァァ!!」


後ろから怒声が聞こえる。
ああ…この声。

「…土方さん!」

振り返れば、
彼は睨みつけるようにして私を見ていた。

たくさんいた人が、怒る彼を避けるように歩く。
そのせいでとてもよく見えた。

まるで私から土方さんまでの道が出来たみたいに見えた。

「てめぇっ、どこ行ってたんだ!」

ドガドカと歩いてくる。
肩が揺れるほど息を荒くして、額には汗を滲ませて。

こちらに歩いてくる土方さんに、私は走った。

駆け寄って、

「っな、何をお前っ」

抱きついた。

「心配かけてすみませんでした!」

状況は分からないけど、土方さんが心配してくれたのはよく分かる。

煙草の匂いすらしない。
必死になって駆け回ったせいで、吸えなかったのかな。

「会いたかった…土方さん。」

そうだと、いいな。

巻きつける腕にギュッと力を込めた。
私の様子に驚いていた土方さんだったけど、「ふう」と小さな溜め息が聞こえた。

「まったく…人騒がせだな、お前は。」
"近藤さんに謝っとけよ?"

髪を梳くように頭を撫でて、抱き締めてくれた。

「心配、掛けやがって…。」

土方さんに会えて、
土方さんに抱き締めてもらった。

したいことをして、幸せでいっぱいになるはずなのに、

「お前が無事で、…良かった。」

どうしてか、悲しい。

「…。」

昨日までの私なら、何もなく笑ってたのかな。

「…、…土方さん…、」

この苦しさは、
きっと"終わる"まで付きまとうんだろう。

「どうした?」

それでも私は、

「…、」
「…紅涙?」

私は。

「私…ドロドロでしたね。」
"土方さんも汚れちゃいました!"

笑って、

「…て、めぇぇぇ!何なんだよその格好!」
「あはは!いやー雨が降ったせいで余計に泥がドロドロに。」


…笑って、


「どこをどうしたらここまで汚れんだよ!ガキかテメェは!」
「転んだんですよー!すごく豪快に!」
「ったく…。」


思い返した時に"よく笑ったなー"って思えるように、


「土方さん!!」
「近くでデケェ声出すな!今度は何だよ!」


"もうお腹いっぱいで寂しくないなー"って思えるように、


「大好きですよー!!」
「っ、恥ずかしいことを叫ぶな!」
"さっきから声がデケェんだよ!"


少しでも楽しく、
残りの時間を過ごしていくしかないんだ。


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