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時間の欠片


人が流れて、
私たちを物珍しく見る人がいなくなった頃、

「あー近藤さん?」

土方さんは局長に私と合流した連絡を入れた。

「ああ、すぐ戻る。」
"迷惑掛けてすまなかった"

謝る土方さんは私を見て苦笑する。
私はそれに同じような笑みを返した。

土方さんの隣を歩きながら、私は無意識に周囲を見ていた。

市中見廻りの癖だ。
大通りを歩きながら人の様子を目に入れ、細い路地や暗がりを見て歩いてしまう。

怪しい人がいないか、
火種になる喧嘩や争いはないか。

「職業病って怖いなー。」

いつか土方さんみたいに書類整理が趣味になったらどうしよう。

ふふ、
"こんなもん趣味にしたかねーよ!"とか言われそうだな。

そんなことを思って含み笑いをしながら、またもう一本細い道を見る。

その時に、

「っ!」

頭の中に大量の映像が流れ込んだ。


「…、…思い、出した…。」


これは、私が死んだ時のことだ。

現場はここじゃない。
似た場所…そう、似た場所を通ったんだ。

そうだ。

あれは確か、24日の夕方。
市中見廻りに出る土方さんを見送った直後、副長室に一人の隊士が駆けこんで来たんだ。

「あっ、副長はもしかしてもう…?」
「はい…今市中見廻りに出ましたけど…。」

見ていた書類から顔を上げれば、隊士は「やっぱり…」と額に手を当てた。

「マズイなー…局長が副長を呼び戻してほしいそうなんです。」
"何だか急用らしくて"

困った顔をさらに濃くして「電話も入れておいたんですが」と言う。

「出動直後のせいか、繋がらないんですよ。」

確かに出動直後はまだ携帯を意識しない。
どちらかというと、重きを置くのは街の状況だ。

「分かりました。私、呼んできますよ。」
「え?!でも…、」
「今出たところですし、きっとそっちの方が早いですから!」

私は上着を持って、出て行った。

「えっと…今日は確か…、」

ルートを思い出しながらそちらの方へ歩く。
すると後ろから、「早雨さん!」と呼び止められた。

振り返ればそこには、
働き始めてまだ日の浅い若い女中が血相を変えて立っていた。

「…どうしたんですか?」
「わっ私、っ、」
「落ち着いて。大丈夫だから。」

尋常じゃない様子に、事件かと考えながら彼女の背中を擦った。

「私っ、さっきあっちで死体をっ、」

震える指で差す。

やっぱり。
それも死体…。
ややこしい事件じゃないといいけど。

「辛いと思うけど…、案内できますか?」

彼女が小さく頷く。
私は「土方さんにも連絡入れておきますね」と言いながら携帯を取り出した。

すると隣の彼女が「な、名前、」と小さな声を震わせた。

「私の名前は…、言わないでほしいです…、」
"こ、恐いから…"

名前を出すことで、
何らかの形で事件に関わってしまうのではないかと恐い。

彼女にそう言われて、私は「分かった」と頷いた。

「あなたのことは言わない。…そうだ、私が見つけたことにしておきましょう。」

そうすれば、
この事件に彼女の存在は全くないことになる。

「じゃあ先に現場見てから連絡することにします。」

私は出した携帯を直した。
彼女はホッとしたように笑みを見せて、死体を見たという場所まで歩いてくれた。

「…ここです…。」

そして案内してくれた場所は、夜はネオン街になる区画。
近くには確か万事屋がある。

「ここ?」

細い道沿いにある土地。
草が乱雑に生え、数年は手入れをされていないというのは一目瞭然だった。

「は、はい。私、買い出しの時によくこの道を抜け道に使ってたんです。」

彼女はそう言って、自分の身体を抱き締めるようにした。

「でももう…使いません。」
「そうですね、この辺は昼間でも一人では通らない方がいい。」

私はそう口にしながら、周囲を見渡した。

「それであなたが見たのはどの辺?」

一見しても、気味は悪いが何もない。
彼女は目を伏せたまま「あの辺りです」と指を差した。

奥の方に伸びたその指先を頼りに、私は草の上に足を踏み入れた。

足下ではパキパキと茎の折れる音がする。

「えーっと、この辺かなぁ?」

私が振り返ろうとした時、


「あの…っ、早雨さん!」


彼女は切羽詰まった声を出して、

「え…?」

私に向かって小刀を向けていた。


「っ、死体なんて、嘘です!」


彼女の言葉がドモる。
私は彼女の顔を見て、小刀を見た。

「何の…真似ですか?」

もう一度彼女を見た時、その顔はグッと苦しそうに歪んだ。


「あなたがっ、あなたが私の家族を壊したのよ!」


私が、彼女の家族を…?


「真選組なんかっ、なくなればいい!」


怒りからなのか、その眼に涙が浮かんだ。

そして彼女は言った。


「真選組はただの人殺しよ!」


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