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叱咤激励


「メ、メル友…ですか?」
「ええ。」

佐々木さんが無表情のまま頷く。

「見廻組と真選組は似たようなものですし、繋がっておいて損はないと思いますよ。」
“ちなみに土方さんともメル友です”

そうなの!?
驚く私の隣で、近藤局長も目を丸くした。

「聞いてないよ、トシ!佐々木殿とメル友なの!?」
「んなわけねェだろ。アドレスだって知らねェよ。」
「それは変ですね。以前に私が登録してあげたはずですが。」
「テメェの目の前で即削除しただろォが。」
「おや、そうでしたか?」
「あっ、でも俺は消してないよ!なぜか登録はされてないけど…」

首を捻りながら携帯を操作する。
土方副長は指で眉間を押さえた。

「そんなもん探すなよ、近藤さん。そもそも真選組と見廻組なんて欠片も似てねェんだから。」
「あなたは相変わらず冷たいですね。やや私共の方が幕府に近いだけじゃないですか。」
「ハッ、よく言う。近いどころかベッタリだろ。」

吐き捨てるように言って、土方副長が佐々木さんを睨みつける。

「こちとら体張って江戸を護ってんだ。幕府の足元で権力振り回してるだけのテメェらと一緒にすんな。」
「そう気持ちよく振り回してませんよ。言わば私共は“真選組の土方”さんですから。」
「あァ?どういう意味だ。」
「中間管理職という意味です。」
「テメェっ、馬鹿にしやがって…!」

ギリッと音が鳴りそうなくらい苛立ちを露にした時、


「してない。」


女性の声がした。

「異三郎は真実を言っただけよ。」

佐々木さんの隣に、黒い長髪が見える。
淡々と起伏のない声の主は、運転席から顔を覗かせた。

「信女さん、紹介もなく勝手に話さないでください。私は段取りを考えて紹介を…」
「今井信女。よろしく、早雨さん。」
「よ、よろしくお願いします。」
「まったく…。あなたという人は仕方がありませんね。」

やれやれと言った様子で首を振る。

「早雨さん。彼女もあなたと同じ、見廻組の紅一点なんですよ。」
「そうなんですか?」
「ええ。ですから良ければ仲良くしてあげてください。友達が一人もいないので。」
「異三郎に言われたくない。」
「残念ながら私はこれから早雨さんとメル友になるので…」
「とっつぁん。」

土方副長の低い声が飛ぶ。
後部座席で煙草を吹かす松平長官は「なんだ」と返した。

「見廻組も女が入隊する時は、俺達みてェな縛りを作って本人に伝えたのか?」
“俺にはコイツらの方がよっぽど仲良く見えるんだが”

松平長官は煙を吐きながら、「いやァ?」と首を傾げた。

「言ってねェな、たぶん。なァ?佐々木。」
「はい、特には。」
「じゃあなんで真選組にだけ、そう目くじら立てんだよ。」
「…トシ。テメェは何か、早雨と恋仲にでもなりてェのか。」
「!」
「はァ!?誰もそんな話してねェだろ!」

ダンッと一歩踏み出す。
その時、「ニャア」と小さな鳴き声が聞こえた。

そう言えば捕獲した猫、まだ土方副長に抱かれたままだ。

「俺はただ、やるなら真選組と見廻組は同じように…」
「さすがに我々と真選組が同じ、というわけにはいきませんよ土方さん。」

佐々木さんが眼鏡を押し上げる。

「お忘れですか?あなた方は寄せ集め、私共は選りすぐりのエリートなんですよ。」

ひどい…!

「…隊の格が上なら、何してもいいってのか。」
「いいえ、信女に関してはご安心ください。一見して分かる通り、彼女は普通の女性ではありません。」
「殺されたいの?」
「見てください、土方さん。今も上司である私に刀を突きつけるような人間ですよ。」

佐々木さんの首元で鈍い光が反射する。
信女さんの表情がないせいか、本当にやり兼ねないように見えた。

「フンッ、どうせ口だけだろ。茶番に付き合う暇はねェ。」
「私は異三郎を殺せる。」
「だったらやってみろ。そうすればお前の特別扱いを認めてやる。」
「ト、トシ!何を熱くなってるんだ、その辺にしとけ。」
「近藤さんは黙っててくれ。」

強い眼差しが黒塗りの車へ向けられる。

「納得いかねェんだよ。真選組だけが…早雨だけが目ェ付けられるなんて。」
“昔の俺達を見てるみたいで、黙ってられねェんだ”

土方副長…。

「やれよ、佐々木を。」
「言われなくてもする。でもこれは、あなたに認められるためじゃない。」

信女さんの目が手元の刀に落ちる。

「私と異三郎の約束だからよ。」

約束…?

「まさかこんなところで死亡フラグが立つとは思いもしませんでした。」
「うそ。異三郎が何十年も前に立たせたくせに。」
「…そうでしたね。」

「っ、土方副長!もういいって言ってください!」

佐々木さんと信女さんの落ち着きが怖い。
二人の間柄はよく分からないけど、事を成してしまいそうな気がする。

「土方副長!」
「……。」
「トシ…、」

私達の視線を受けても、土方副長は険しい顔で車を見つめ続ける。
それを逸らさせたのは、

「トシよォ、」

のんびりと煙草を吸う松平長官だった。

「これだけ見てもまだ分かんねェのかァ?お前は。」
「…何がだよ。」
「見廻組の信女ちゃんは普通じゃない。総悟とやり合えるだけの腕もある。」
“お前もよく知ってるだろ”

信女さんと沖田隊長が同等の実力?
そんなに凄い人なんだ…。

「なら真選組の早雨はどうだ。普通だろォ?取り立てて腕が立つわけでもねェ。」
“少しばかり剣術に覚えがあるだけの普通の女だ”

胸に突き刺さる。
言葉にしていなくても、『隊士として使えない』と聞こえた。

「…そいつが異常なんだよ。」
「そうだ。異常だから、佐々木が引っ張ってきた時に文句なしで入隊を許可した。ようは、」

松平長官が携帯灰皿を取り出す。

「早雨は普通すぎるから条件を設けたんだ。そんな奴が普通に入隊すりゃァ普通に問題が起きるからな。」
「…そんなの分かんねェだろ。」
「だが、ないとも言い切れねェ。現に真選組は早雨が入ったせいで通常の状況とは違ってんだろ。」
「とっつぁん、それはどんな新入隊員が入っても同じだよ。育成期間も普段通りというわけには…」
「近藤ォ、書類棚のあった部屋を開けてまで個室を作ってやることが、どの隊員にも同じだってのかァ?」
「それは…、…。」
「お前らはそこまでして早雨を迎え入れた。条件の1つや2つで縛って、しっかり仕事してもらうのは当然だろォが。」

松平長官は至極当然の話をしている。

それが分かったから、
近藤局長も土方副長も、私も、

「……。」

打ちのめされたように、何も言葉が出なかったんだと思う。

「早雨、はっきり言ってやる。」

松平長官は私を見て、アゴをしゃくった。

「今のお前は役立たずだ。真選組に迷惑かける“お荷物”でしかない。」
「っ、」
「「とっつぁん!」」

近藤局長と土方副長が声を上げる。

「いくら何でも、アンタのそういう言い方は許せねェ。」
「俺達の意識が間違ってたなら正すよ。だから、早雨君の前でそんなことを言わないでくれ。」

真剣な二人の横顔に胸が熱くなる。

同時に、
私は心底、真選組のお荷物でしかないのだと思った。

「なら何か?出来てもねェのに、よくやってるって褒めろってか。」
「違う。とっつぁんは何も言わなくていいんだ。」

私…
このままで、いいのかな。

「俺達は早雨を望んで迎え入れた。その責任はこっちで取る。」

このまま、迷惑をかけ続けていいのかな。
いくら依頼人が真選組を思って頼んだことでも、裏目に出たら意味がないんじゃないかな。

「だから、とっつぁんは黙って見ててくれ。」
「いや、言う。お前らがそうだから俺が言わなきゃならなくなるんだ。」
「っ、いらねェって言ってんだろ!」

土方副長が車へ向かう。
私はその腕を引っ張って止めた。

「待ってください。」
「早雨…」
「松平長官の仰ったことは、その通りだと思います。」
「……。」

真選組にヒビを作り、手間を増やしているのは私。
真選組のためにならないのは……私。

だったら…、
長居しない方がいいに決まってる。

「これ以上迷惑をかけるようなら、私は辞めさせていただき…」
「おいおい、誰も辞めろとは言ってねェだろォ?」
「え…?」
「こんな状態で辞められると、オジさんが悪者になっちゃうだけでしょーが。」

松平長官が携帯灰皿を懐にしまう。

「辞めたいなら、一度くらい雇ってくれたコイツらに恩を返してから辞めろ。」
「!…そう、ですね。」

これはチャンスをくれたわけじゃない。
辞める前に一度くらい役に立て、そう言ってるんだ。

「そのために、早雨。お前に1つアドバイスしてやる。」
「…ありがとうございます。」

屯所に戻ったら、依頼人に連絡しよう。

『お力になれず申し訳ありませんでした』
『依頼いただいた内容は、私の力不足により達成できそうにありません』

先に連絡を送っておいた方が、相手の都合もいいはず。

「いいかァ?お前は普通の女だ。今さら剣術を習ったところで、信女ちゃんのようにはいかない。」
「…はい。」
「だがお前は普通であるが故に、男にない視点を持ってる。だからそれを養え。」

男にない視点…
つまり些細なことに気付くとか、そういうことだ。

「わかりました。」
「よろしィ〜。」

松平長官が満足げに頷く。
そして「早雨〜、」と私に指をさした。

「使いようによっては、お前は真選組の強みになる。」
「…え…?」
「自分が真選組の異質であると自覚して、これからは馴染んでいけェい。」
「……松平長官、」

それって…
“頑張れ”ってこと?

「とっつぁん。」

険しい顔をした土方副長が車に歩み寄る。

「なんだァ?可愛い部下をコケにされて、殴りにでも来たか。」
「年寄りを殴る趣味はねェよ。ただ…」

猫を差し出す。


「ありがとな。」


それが何に対する礼なのかは分からない。
けれど、

「…偉そうに。」

猫を受け取り、
ひと撫でした松平長官は、

「テメェらも…デカくなったもんだな。」

少し、笑っていた。


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