12


半歩進む


松平長官達と別れた後、私達は三人で屯所へ戻った。
空にはすっかり月が浮かんでいる。

「…すまなかったな、早雨君。」
「何がですか?」
「とっつぁんのことだよ。」
“ひどい言い方だっただろ?”

ガシガシと後ろ頭を掻く。
土方副長は疲れた様子で溜め息を吐いた。

「あの人の育て方はライオンと同じだ。崖から突き落として、テメェで這い上がらせようとする。」
「言われると…そんな感じですね。」

思い返してクスッと笑った。

「とっつぁんは何かと雑な人だけど、あれでも相手を思っての行動なんだ。早雨君も分かってくれると嬉しいよ。」
「はい。」
「あと、入隊条件のことだが…」


『愛だの恋だの、色事に発展したら早雨ちゃんを即解雇。それがオジさんの出した条件だ』


「…はい。」
「今まで伏せていて、すまなかった。」

近藤局長が頭を下げる。
私は慌ててその肩を掴んだ。

「そっそんな!頭を上げてください!」
「だが俺達は…」
「謝っていただくようなことじゃありませんから。むしろ、迷惑をかけているのは私の方ですし…」
「迷惑じゃねェよ。」

土方副長がこちらを見ずに懐を探る。

「お前が来て、確かに真選組は変わった。でもそれは悪い意味じゃない。」

煙草の箱を取り出し、私を見る。

「お前は迷惑なんかじゃねェよ。」
「土方副長…」

近藤局長も、「そうだよ」と頷いた。

「心なしか、終だって楽しそうにしてるしな。」
「斉藤隊長が?」
「ああ。任務の振り分けとか、毎度かなり頭を捻ってる。」
「それって楽しくないような気が…」
「まさか。毎日生き生きしてるよ。なにせ終にとっては初めての隊長らしい仕事だからな。」
「斉藤隊長って、“隊長”になってまだ日が浅いんですか?」
「いや、真選組発足当初から三番隊を任せてる。」

それなのに…『初めての隊長らしい仕事』?


「今までの部下は、育ちきったヤツらしかいなかったんだ。」


まるで心を読んだように、土方副長が言った。

「アイツは今回みてェに大量の新人を抱えた経験がねェんだよ。」
「そうでしたか。じゃあ私達の先輩にあたる方々は、今どちらの配属に…?」
「それはまァ……、…もっと楽な場所だろ。」
「?」

濁す表現に首を傾げる。
土方副長は私から視線を逸らし、煙草を1本取り出した。

「簡単に言やァ全員逃げ出したんだ。これまでの三番隊は特殊任務ばかりだったからな。」
「そう、なんですか。」

特殊任務?
他の隊とは少し違う存在だったのかな。

「終の話はそこまでにしよう。」

近藤局長が弱く眉を寄せて笑んだ。

「とにかく、今回のことは本当に反省したよ。変にややこしくして、すまなかった。」
「ですから謝っていただくことでは…」
「いや、謝らせてほしい。一人の隊士として平等に扱おうって決めたのに、間違ってたんだから。」
「俺達は早雨に伝えちまったら、逆に意識して動きにくくなるんじゃねェかと思ってた。」
“お前のことなのに、何勝手に考えてんだって話だよな”

苦笑して、土方副長が煙草を咥える。
私は、自分だけのためにここまで考えてくれた二人に胸を打たれていた。

「ありがとうございます…近藤局長、土方副長。」
「礼を言われるようなことはしてないよ。」
「いえ、私が過ごしやすいようにと気を遣って頂いたことですから。」
“心情を聞けて、すごく嬉しかったです”

近藤局長は少し意外そうな顔をした後、「そうか」と微笑んだ。

「少し理不尽な条件は残ったままだが、これからも真選組で早雨君らしく頑張ってくれ。」
「はい。」
「何も心配すんな。お前が隊に居たいと望む限り、俺達は周りに目を光らせる。」
“変な虫が付かないようにな”

フンと鼻で笑って、ライターを取り出す。
けれど火を点けようとしてやめた。

「なんだ、トシ。吸わないのか?」
「うるせェ奴がいたのを思い出した。」

私をチラッと横目で見る。

「そんな不満そうな顔しないでくださいよ。常識です。」
「ああそうかよ。」

口に咥えた煙草を退屈そうに揺らす。
近藤局長は、ガハハと声を上げて笑った。

「これも早雨君が来て変わったことの1つだな!」
「悪い方の意味でな。」
「何言ってるんですか、全然悪くな――」

「あぁー!いたいた〜。」

屯所の方角から、2人の隊士が走って来る。
一緒に捜索任務に出た三番隊の隊士だ。

「早雨、はっけーん。局長、副長、お疲れさまでーす。」
「お疲れさん。」
「お疲れ。…お前は入隊した時から変わらずユルいな。」
「ありがとうございまーす。これでもやる時はやる男っすよん。」
「“よん”ってお前…。」
「早雨、連絡つかないから心配した。」
「あっ、ごめん!」

すっかり頭から抜け落ちていた。
携帯を見ると、2人の隊士から数件の着信が残っている。

「あれ…?」

それとは別に、未送信になっているメールもあった。
タイトルは、『今月の近況報告』。

「…あ!」
「どうした?」
「い、いえ何も。」

これ、依頼人宛てのメール!?
送れてなかったんだ…!

すぐに送信ボタンを押す。
すると、傍でバイブ音が聞こえた。

「え……?」

携帯を取り出したのは、


「……報告か。」


何食わぬ顔で操作する、

土方副長だった。


「あ…の……、」
「なんだ。」

感情の読めない視線が私を捉える。
“あなたが依頼人だったんですか?”とは聞けない雰囲気を感じた。

「な、なんでもありません。」
「…変なヤツ。」

ふっと笑い、土方副長は携帯をしまう。

『悪いが、お前は真選組に――』

あの時そう言ったのは、
やっぱり依頼を取り消そうとしてたんだ。

だけどさっきは『心配なく続けろ』みたいなことも言ってたし…。

もしかして…
首が繋がったってこと?

「どうかしたかい?早雨君。」
「あ、いえ…」
「とこでさー、屯所からの連絡で知ったんだけど、早雨が猫を捕まえたんだってねー。」
「え…うん。ごめん。」

色んな事が頭に駆け巡る中、かろうじて返事をする。
すると、のんびりした隊士が「何それ」と笑った。

「ごめんって、手柄を取ってごめんって意味ー?」
「っえ!?ち、違うよ!捕まえたのに連絡しなかったから…」
「うそうそ冗談。早雨がそんな風に言わないのは知ってるから。ねー?」

面倒くさがりな隊士に話を振ると、首を傾げる。

「わかんねぇ。俺、あんまコイツのこと知らねぇし。」
「うっ…」
「お前さー、言い方考えろよなー。」
「い、いいの。本当にそうだと思うし。」
「けど、わかったこともある。」
「?」

つまらなさそうに下がっていた口角が、ゆるやかに上がり…


「中々やるじゃん、お前。」


初めて、私を認めた。

「あ…ありがとう!」
「何についての礼か分かんねーんだけど。」
「え、えっと」
「気にしないでいーよ、早雨。」
「うん。…でもね、捕獲は土方副長にも手伝ってもらったんだ。」
「それでも早雨も捕まえたんなら、今回はお手柄ってことでいいんじゃねーの。」
「……そっか、」

嬉しい。
すごく…

「ありがとう。」

嬉しい!

「よかったな。」

土方副長の手が、ポンと頭にのる。

「次からも頑張れよ。」
「…、…はい!」

確信した。

依頼人は、土方副長だ。
近藤局長が関わっているのかは、まだ分からない。

だけど今回の件で、
もうしばらく真選組で過ごせるのは確かだ。

これから少しずつ他の三番隊隊士にも認めてもらって…


…なんて、
思っていたのに。


「そ、んな…っ、私っ…!」


のちに自分の勘が、
何一つ当たっていなかったことを、私は知る。

そして崩れ、失っていくのだ。

起 end


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