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事の前・序
「土方さーん、もういいんじゃねーですかィ?」
「まだだ。見ろ、ヌルッと滑るだろうが。」
廊下を足で擦る。
先ほど早雨達がやり合った場所は、俺と総悟と終の3人で片付けた。
他の隊士を挟むとややこしいし、
女中を呼んで倒れちまっても困る。
何せ、廊下に血が延びてたから。
「終、さっきの奴は目につかない場所に置いてるか?」
「……。」
コクりと頷く。
「やったんですかィ?」
「……、」
首を左右に振った。
「よくやった。野郎には山ほど聞きてェことがある。」
「最期は俺に止めを刺させてくだせェ。紅涙に手をあげた罰を取りてェんで。」
総悟が楽しげに頬を緩ませる。
「……、」
終は静かに血の跡が消えた廊下を眺めていた。
「…終、」
「?」
「……、…いや、」
労いも謝罪も違うような気がして、言葉を探す。
三番隊は今までも何度となく謀反者を斬り、改編を迫られてきた。
それを斬新に新人隊士のみで編成し直し、
真っ白な奴らで一から作り上げていこうとした結果がこれだ。
「…また、三番隊を作り直さねェとな。」
「……、」
面倒ではない。
ただ、終の心情が計り知れない。
「…お前も風呂に入れよ。服、汚れてるから。」
「……。」
頷き、立ち上がる。
口布のせいで、表情が窺えるのは目くらいだった。
今のところ、特に変わった様子はないが、
さすがにまた隊を潰すとなると…思うところがあるはずだ。
「……。」
立ち上がった終は俺達に背を向け、歩き出す。
…って、
「おい、まさか今から入る気か!?」
「…?」
「今は早雨が風呂に入ってるだろうが!」
「!」
思い出したのか、再び歩みを戻す。
こういうところ、たまにあるんだよな…。
「終兄さん、いけねェや。わざとじゃねーですかィ?」
「っ!」
「バカ。野蛮なお前の考えと一緒にすんな。」
「どうだか。こう見えて、なかなか攻める男ですぜ。ね?」
「っ…、……。」
「終、相手にしなくていい。」
「……。」
「総悟、困らせんなよ。固まっちまったじゃねーか。」
「違いやすぜ、土方さん。これは…」
「ZZZZZ…」
「「寝てる。」」
…ほんと、こういうとこあるんだよな。
終は元からどこででも眠れる男だ。
だがまァ今回は、ここ数ヵ月、ろくに休みを取れなかったせいもあるのだろう。
それもこれも、全ては今日のために。
実のところ、俺達は三番隊の内部で何かが起きていると気付いていた。
2ヵ月くらい前、
ちょうど猫の一件が終わって、落ち着いた頃から。
『妙に結束が強まっている』と、終から報告を受けたのが始まりだった。
「良いことじゃねェか。ようやく仲間意識が芽生えたんだろ。」
楽観的に解釈した俺に、終が首を振る。
つらつらと何かを紙に書き、差し出したそこには、
『裏切りの臭いがする』
目を疑う文字が並んでいた。
「…まさか。」
寝耳に水。
「本気か。」
「……。」
静かに頷く。
煙草に火を点け、深く吸った。
「…根拠は?」
「……、」
首を振る。
普通なら、『寝言は寝て言え』と追い返すところだ。
だがコイツが言うなら…、
これまでの経験が教えているのなら…信じるしかない。
「…、……わかった。」
この件は極秘事項とし、
以後、近藤さんと総悟、山崎、そして終と俺だけが情報を共有することになった。
「それで、終兄さんが怪しんでる奴の様子はどうなんですかィ?」
「そういう言い方をするな、総悟。」
時間を見ては局長室に集まり、会議を重ねた。
近藤さんも俺と同じく…いやそれ以上に、仲間を疑いたくなかったはずだ。
「まだ例の隊士が何か決定的な動きをしたわけじゃないんだろう?」
「ああ。だな?終。」
「……。」
「まァ終兄さんに目星を付けられた時点でクロに決まってまさァ。」
「やっぱり攘夷派の密偵ですかね。」
「だろうな。大面接会にも紛れ込もうとしてたし。」
「それにしては…、うーん…」
山崎が唸りながら逮捕者履歴の資料をめくる。
「なんだ。」
「いやね、前例がないんですよ。桂一派が長期に渡って大人しく潜伏、なんて。」
「いくらなんでも毎度同じ手口で攻めてくるバカはいねェよ。」
「そりゃそうですけど…気長すぎて不気味じゃありません?」
「確かにな。」
近藤さんが、腕を組んで大きく頷いた。
「それだけ向こうも、本気で俺達を潰しに掛かっているという意味か。」
「え…だったら、他の三番隊隊士はどうなんですか?」
山崎が終を見る。
終が僅かに首を傾げた。
「どうって、どういう意味だよ山崎。」
「それだけの覚悟なら、密偵が一人だと少ないような気がしまして…。」
「つまり三番隊の中に、複数人潜伏してるかもしれねェってか。」
「はい。実は全員密偵でした!みたいな可能性も無くはないかと。」
「「「……。」」」
…コイツ。
「笑えねェこと言ってんじゃねーよ。」
「え」
「あったら大問題ですぜ。」
「いや例えばの話で…」
「そうなったら俺、とっつぁんに殺される…!」
「すすすみません!さすがに全員が密偵なんて、効率の悪いことしませんよね!」
「……。」
終が考え込むように目を伏せる。
「どうした、何か気になることがあるのか?」
「……。」
「…そうだな、俺もアイツのことは気掛かりだ。」
「ただでさえ彼女は以前から周りの隊士に目を付けられているからな。」
「もし野郎が敵なら、紅涙を利用する確率は高でしょうねィ。」
「ちょ、あのっ!」
山崎が軽く手を上げ、話を中断させる。
「なんだ?情報でもあるのか。」
「いえ、その…さっき斉藤隊長って何か話されてました?」
「さっき?」
「副長が『気になることがあるのか』って聞いた後です。」
“斉藤隊長は何も答えなかったのに、どんどん会話が続いて…”
頭を掻く山崎に、近藤さんは目を丸くしながら言った。
「答えてただろ?」
「本当ですか?俺だけ聞こえてなかったのか…。」
「何言ってるんでィ。終兄さんの言葉は聞くんじゃなくて感じるものだろうが。」
「えェ!?」
「局中法度3110条、終の考えを感じ取れない奴は切腹。」
「三千!?ってか難易度高すぎですよ!せめR2D2くらいピーポー言ってくれれば…」
「甘えんな。」
「だから山崎はフォースが足りねェんでさァ。」
「そう言ってやるな総悟。所詮、クローン兵士だから仕方ないんだ。」
「いい加減、宇宙戦争やめません!?」
「お前が振ったんだろうが。」
ったく、話が逸れる。
「とにかくだ。」
灰皿を引き寄せ、煙草に火を点けた。
「幸か不幸か、今のところ損害はない。だからと言って、放っておくわけにもいかねェ。」
「どうするんですかィ?」
「常時、監視態勢とする。」
仲間を疑いたくないが…万全を期すための手段だ。
「終。引き続き例の隊士を重点的に、三番隊の全体の監視を頼む。」
「……。」
終が力強く頷く。
「山崎、お前は終のフォローに回れ。」
「了解しました!」
「それじゃあ俺は紅涙の監視をしまさァ。」
“クイーンがジョーカーなんてことも、あるかもしれやせんし”
…何言ってんだ。
「ねェよ。ただお前が監視したいだけだろ。」
「単純な土方さんと一緒にしないでくだせェ。俺はもっと深い想いなんで。」
「あァ?なにワケわかんねェことを…」
「付けよう、トシ。」
「…近藤さん、」
いつもに増して、真剣な表情で俺を見た。
「早雨君にも監視、付けよう。」
「…アンタまで早雨を疑ってんのかよ。」
「そうじゃない。密偵かもしれないという可能性を消すためだ。」
“言わば保険だな”
近藤さんが苦笑する。
「結果的に、総悟の監視は早雨君の身を護ることにもなる。一石二鳥じゃないか。」
「…アイツは護られることなんて望まねェよ。」
入隊してからずっと、
俺達と肩並べて歩こうと頑張ってきたような奴だ。
もし護られることになったら、
その時きっと、早雨は傷つく。
“自分が未熟だから総悟を付けたのか?”
“自分の力は周囲に認められてないのか?”
仲間に、俺達に疑念を抱いて、
せっかく育っている芽を摘んじまうことになる。
だから触れないことも必要なんだ。
折れちまいそうな時に手を差し出してやるのが一番なんだ。
「早雨のためにも、特別扱いはやめてやってくれ。」
俺が見守ってる。
それだけで十分だ。
「…忘れたのか、トシ。」
「何を。」
「俺達の"特別扱い"は間違ってるって、とっつぁんに言われただろう?」
“トシの発言は、あの頃と何も変わってないぞ”
それはつまり、
間違ってるのは…俺の方だと?
「早雨君に総悟を付ける目的は護衛じゃない。」
「…んなこと分かってる。」
いや…分かってねェのかな。
俺は早雨が襲われた時のことしか考えてない。
だってそうだろ?
早雨が密偵なわけないんだから。
「紅一点の彼女は特異な環境なんだ。部屋も含めて、他の三番隊隊士と共同部分が少ない。」
「…一人で何してるのか分からない、そう言いてェのか。」
「ああ。」
「やっぱり、アンタも早雨を信じてないじゃねェかよ。」
「だからそうじゃなくて…」
「独りよがりな考えも大概にしろや土方コノヤロー。」
「総悟…」
「おお沖田隊長、抑えて…っ!」
山崎が総悟の腕を掴む。
総悟はそれを払いのけ、「いいか」と俺を睨みつけた。
「信じる信じないの論争なんて、意味ねェんだよ。」
「…なんだと?」
「信じるっつーのは確証がねェもんに使う言葉ですぜ。要は、アンタが一番"信じて"ねェってことだ。」
「!」
……クソ。
「俺も近藤さんも、紅涙の曖昧な可能性を消して、真っ白にしてやろうっつってんでさァ。」
“それを独りよがりな感情で口挟んでんじゃねーよ”
言い返せない。
総悟の言っていることは至極当然で…正しい。
「ちょっと頼られてるからって自惚れんのも程々にしなせェ。」
「…自惚れてねェよ。」
早雨が俺を頼っているとは思わない。
むしろ、もっと頼ればいいと思ってるくらいだ。
それを口にしないのは、早雨を思ってのこと。
「俺は余計な手を出したくねェんだよ。出来るだけ見守って、アイツのために…」
「テメェだけが紅涙のことを考えてるみてェに言わないでくだせェ。」
“紅涙はアンタだけのものじゃない”
その言葉には少し驚いた。
早雨を取り合うみてェな展開にもそうだが、
それよりも、今まで総悟がこれだけ真面目に誰かの話をすることはなかったから。
「お前…もしかして、」
早雨が好きなのか?
そう声にしようとする前に、
「俺は紅涙が好きでさァ。」
総悟が言った。
『ほォら見ろ。初めにお前らが忠告しなかったからだぞ』
とっつぁんの声が聞こえたような気がした。
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