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事の前・中


総悟が、早雨のことを好き…?

「それは同じ真選組の仲間として…だよな?」
「そうですぜ。でも女としても好きでさァ。」
「!」
「キャー!!」

山崎が女みたいに黄色い声をあげる。

「いつからですか!?」
「わかんねェ。気付いたら好きだった。」
「なんか堂々としててカッコいいー!」

興奮する山崎の隣では、終も微笑ましく目を細めていた。

そりゃそうだ。
総悟も山崎も終も、
早雨に関して色事が禁止されていることを知らない。

既に想いを募らせている奴がいるかもしれないとは思っていたが、
まさかこんなところに潜んでいたとはな…。

「総悟、悪いがそういうのは――」
「ここで話すことじゃない、だよな?トシ。」

近藤さんが俺の言葉をねじ曲げた。
困ったような微笑みを携え、僅かに首を振る。

…言うなってか。
確かに、このままだと話は逸れる一方だな。

「本題に戻すぞ。」

すっかり吸い忘れていた煙草を軽く灰皿に叩く。

「既に話した通り、終は例の隊士を重点的に、山崎は終をフォローする形で三番隊の常時監視とする。」
「了解しました!」
「……。」

山崎の隣で終が頷く。
コイツらの目があれば、三番隊は大丈夫だ。

「トシ、俺達はどうする?」
「そうだな…、とりあえず近藤さんは――」
「逮捕履歴のある攘夷浪士から順に洗い出していくか?」
「いや、それは俺がする。アンタは真選組の全体把握に努めてくれ。」
「全体把握?普段と大差ない気がするが…」
「それでいいんだ。」

局長自らが動けば目立つ。
俺ですら、書類上の捜査に留めるつもりだ。

「何も分からないに等しい今、下手に動いて勘づかれるわけにはいかねェんだ。堪えてくれ。」
「…そうだな。……しかし、」

心苦しそうに目を伏せる。

「局長の俺が何も出来ないのは…歯がゆいな。」

こういうところは、本当に近藤さんらしいと思った。

「大将はどっしり構えてりゃいいさ。」
「だが…」
「気にするなって。」

どこまでも偉ぶらず、常に仲間と共にある心。
心配になるほど柔軟な考えと、筋の通った強い意思。

全てがこの人の人望となり、惹かれ、俺達は集った。

「アンタは真選組の旗だ。そこに居てくれ。」

近藤さんがいなければ、団結心が消える。
散り散りになって、壊滅する。

大袈裟なんかじゃない。
近藤さんがいなければ、真選組は成り立たない。

何より、


「誰にも壊させやしねェよ。真選組も…アンタも。」


俺が護る。
ここまで築き上げたものを、護ってみせる。

「トシ…。」
「だから、アンタが動くのは最終手段だ。いざという時まで堪えてくれ。」
「…ああ。わかった。」

「あのー。」

起伏のない声で総悟が手を上げる。

「BLフラグの邪魔をしやすが、ちょっといいですかィ?」
「っはァ!?どこにそんなフラグが見えてんだバカ!」
「目の前でさァ。」
「トシ…言ってくれれば俺だって考えたのに。」
「何を考えるんだよ!…ったく。」

何なんだ一体。
真剣に話したら脱線する法則でもあるのか?

「はァー…。で?何だ、総悟。」

煙草のフィルターに口を付け、視線を向ける。
総悟は特に顔色を変えず、「俺は」と言った。

「俺は紅涙の監視って話でいいんですかィ?」
「……、」

…そうだった。
そういう話をしてたな。

「いいんですかィ?」

同じ声色、同じ声量で言葉を重ねてくる。
俺は細く息を吐き、

「…それでいい。」

頷いた。

だがこれは、監視を付ける理由に納得したからだ。
早雨に対する総悟の気持ちを汲んだわけじゃない。

「沖田隊長〜、監視とか言ってイチャつかないでくださいよ〜?」
「まだ告ってもないのに未来の話をするんじゃねーやィ。でもいずれイチャつき倒す。」
「キャー☆」

……。
"条件"、早く伝えてやらねェとな。
遅くなると、その間も気持ちが膨らみ続けちまう。

コイツにしては稀な感情だったが…
どうしても、実らせるわけにはいかない。

次の市中見廻りの時にでも話すか……。



それから数日も経たない内に、

「待たせたな。」

俺は玄関前で待機していた総悟に声を掛けた。

「ありゃ?今日の見廻り相手は原口ですぜ。とうとうボケやしたか。」
「ボケてねェよ。代わったんだ。」
「なんで。」
「体調が悪いんだってよ。」

適当な嘘を吐く。
本当は俺が代われと言っただけだ。

総悟が口を尖らせ、「面倒くせェ」と言った。

「土方さんが相手なら、今日の運転係りは俺ってわけですかィ。」
「…いや、運転してやる。」
「どういう風の吹き回しでさァ。」
「そういう気分なだけだ。あと、」

俺は持ってきた“激辛せんべい”を総悟に差し出す。

「これもやるよ。」
「…なんですかィ、これ。」
「激辛せんべい。」
「そうじゃなくて。なんで激辛せんべいを俺に?」
“つーか、さっきから何ですかィ?不気味で仕方ねェや”

総悟は怪訝な顔で激辛せんべいのパッケージを確認する。

俺がそれを持ってきた訳は2つだ。
1つは、コイツの姉が好きだった物だから。
このせんべいなら、総悟も支えられるような気がした。

もう1つは、俺もそれを食って耐えたから。
色んなもんを…、

今のコイツと似たような想いを。

「…お前と違って毒なんか仕込んでねェから、安心して食えよ。」
「そうは言っても、姉弟揃って辛いもんが好きというわけじゃねェんですが。」
「知ってる。だが俺の話を聞いたら食いたくなる。…たぶんな。」
「どういう意味でさァ。」

一瞬で総悟の顔つきが険しくなる。

「まさか姉上に関する話でもする気ですかィ?」
「違ェよ。俺が言いたいのは…、…。」

思いのほか、言葉が喉につっかえた。
なんとなく煙草を取り出し、口に咥える。

「随分と勿体ぶりやすね。」
「そういうわけじゃねェが…そうだな、とっとと言った方がいいよな。」

自答して、煙草をひと吸いした。

「総悟、」

丸い瞳が俺を捉える。
胸につかえる物を掻き分け、俺は純粋な恋心を抱くコイツに…


「早雨は、諦めろ。」


残酷な言葉を言った。

「…あき…らめろ?」
「…ああ。」

総悟が目を見開く。
ほんの数秒、時が止まったように動かなかった。

少しして、

「…なるほど。」

ぼそりと呟き、

「そういう手で来やしたか。」

あざ笑うように、顔を歪めた。

「土方さん。今度は地位を使って、紅涙を独り占めしようって魂胆ですかィ?」
「…違う。これはアイツがここにいるための条件だ。」
「条件?」
「『早雨に関して、隊内で色事に発展したら即解雇』、とっつぁん直々のお達しだ。」

口にして、つくづくふざけた条件だと思った。
色事で解雇なんて、横暴すぎる。

「冗談にも程がありまさァ。こじつけたいなら、もっとマシな嘘にしなせェ。」
「だな。だが冗談でも何でもねェよ。近藤さんも…今では早雨自身も知ってることだ。」
「……。」

総悟が睨みつけるようにして俺の目を見る。

逸らす理由なんてない。

その目を見据えると、

「……、…最低だ。」

総悟はギュッと眉を寄せ、目を伏せた。

「…いつからでさァ。」
「早雨の入隊をとっつぁんに報告した時だ。」
「始めから?…どうして俺達に言わなかったんですかィ。」
「早雨のため…のつもりだった。女であることを変に周囲に意識させないようにってな。」
“結果として、やり方は間違ってたんだがよ”

煙草から煙が流れる。

「…だから総悟、」
「……。」
「お前には酷な話だが…諦めろ。いや、諦めてやってくれ。」

俺の煙は風に乗って、総悟の元まで届いた。
そして、


「…嫌でさァ。」


消えた。
まるで、何事もなかったみたいに。

「テメェ…」
「俺の気持ちですぜ。土方さんの指図を受けてどうこう出来る問題じゃねェ。」

総悟が拒む。

想定外だった。
好きな女のためなら諦めると思っていた。

…信じていた。

「なんでだよ……、」

拳を握り締める。

「なんで…ッ、わかってやらねェんだよ!」

殴ってでも、コイツの気持ちを曲げるしかない。
睨みつける俺とは反対に、総悟の目は酷く冷めていた。


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