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一目惚れ


やっぱりだ。

「隊士志願者の方はこちらにお並びくださーい!」

やっぱり、この面接…

「俺は居合斬りに自信があるんだ。」
「今度教えてくれよ。俺、足は速いんだけど剣術はからっきしでさ。」

男しか受けに来てない!


『あなたの気持ちと努力があれば、必ずや入隊できますよ』


いや、いやいやいや。
受かる気がしませんよ、依頼人さん。

あ、もしかして“気持ちと努力”って、
男装くらいして行けよって意味だった…とか?

「ま、まさか…ね。」

肯定するかのように真選組屯所に延びるのは、男だらけの長蛇の列。

おまけに、
そのほとんどの人達が、腰に刀らしきものを提げていた。

「もしかして実技試験もあるの!?」

聞いてない!
いや、待て待て。

このご時世、一般人の帯刀は法律違反。
おそらくあれは護身用の偽物で、剣術を扱える証的なもの…だと思いたい。

「…とりあえず並ぼう。」

でも受からなかった時のことも考えておこう。

私は携帯を取り出し、メールを起動した。
結果が分かり次第、すぐに連絡できるよう下書きを作っておく。

「ご依頼人様へ、っと。」

ちなみに、依頼人の名前や電話番号は知らない。
だが月に一度、現状報告するためのアドレスだけは聞いていた。

「はぁ…」

良い仕事だったのに。
すっかり落ちた気分で下書きを作成し始めた、

その時。

「おいおい姉ちゃん、ここで何してんだよ。場違いじゃねェ?」

いかにもガラの悪い連中に絡まれてしまった。

警察組織の異例とも言える大規模な求人募集。
あわよくばと、似つかわしくない人も紛れている。

「姉ちゃん、名前なんて言うの〜?」
「番号教えてくれよー。」
「……。」

私は口を閉ざしたまま携帯をしまう。
履歴書を手に持ち、一度も男達と視線を交わすことなく、列の先を見た。

「ヒャハハ!無視だってよー。」
「つーか、聞かなくても履歴書見れば分かるくね?」

え、まさか…

「もーらい。」
「っ、ちょっと!」

私の手から、履歴書が奪い取られる。

「返してください!」
「名前と番号見るだけだって〜。なになに、早雨…」

「早雨ではない。桂だ。」
「へ?ギャァッ!」

突然、男が鼻を押さえて屈んだ。
私の手元に、ひらりと履歴書が戻ってくる。


「女。」


顔を上げると、長髪の男性と目が合った。

…うん?
この人、どこかで見たことがある。

「ここは幕府の犬になりたいと志願するドMの列だ。並ぶところを間違ってはいないか?」
「あ…いえ、大丈夫です。合ってます。」
「…なるほど。時代とは、例外なく変わりゆくものだな。」

男性は黒い髪をなびかせ、うんうんと頷く。

「どうだ。こんなところで犬になり下がるくらいなら、俺の元で新しき日の本を――」
「桂ァァァ!!」

ドォォンという地響きと共に、砂煙が上がる。

「な、何!?」
「チッ、気付かれたか。エリザベス、行くぞ!!」

長髪の人が声を上げると、どこからともなく白い物体が出てきた。


「女。次に会う時が敵でないことを祈ろう。」
“さらばだ!”


ダッと駆け出して行く。

…ああっ!そうだ、思い出した!
あの人、攘夷志士の桂小太郎だ!

「でも、どうしてここに攘夷志士が…」
「アンタも仲間ですかィ?」
「え?」

声に振り返ると、バズーカーを抱えた隊服の男が立っていた。

この人は知っている。
真選組 一番隊の沖田総悟だ。

「答えろ。返答によっては女だろォと手加減しやせんぜ。」
「え、あの、何の話を…」
「だから、アンタが桂の仲間かどうかって聞いてるんでさァ。」
「なっ仲間!?とんでもないです!私は面接の列に並んでいただけで――」

「その女、攘夷っす!」
「!」

割り込んできた声に目を見開く。
見れば、先程の連中が私に指をさしていた。

「俺達の後ろに並んでたから、桂と話してんのとか超聞こえてたし!」
「マジっすよ!つーか俺達、桂を追い出そうとしたら斬りつけられたみたいな?」
「そうそう!ココっす!」

男の一人が自分の顔を指さす。
薄らと鼻の上に一文字の傷があった。

「超イテェし。つか攘夷志士、超うぜぇ!」
「俺達が真選組に入って壊滅してやるからなァァ!!」

男達は桂さんが走り去った方角に向かって叫ぶ。
そんな連中の傍へ、

「なかなか良い夢を持ってるじゃねーですかィ。」

沖田さんが歩み寄った。

「けど、それは叶わない夢ってやつでさァ。」
「えっ。叶わないって…なんでっすか。」
「そりゃァもちろん」

男の肩にポンと手を載せ、にっこり笑う。


「お前ら、不合格だから。」


それからは凄まじかった。

不合格を言い渡された男達が暴れ始め、
ごく普通に列へ並んでいた男達が正義感から刀を抜く。

「お前らみたいなのがいるから江戸の治安がっ…!」
「テメェが偉そうに言うじゃねェぞコラァァ!」

もはや乱闘騒ぎと化した真選組屯所。
しかしそれを…

「これだから単細胞ってのは読み易くていけねェや。」

沖田さんは僅か数秒で、あっさり鎮めた。
一瞬にして、30人近くの男が地面に寝転がる。

「すごい…!」

真選組って、こんなに実力あるの!?

これは何というか…、
もう私は受からないと思います。すみません。


「さてと。これで全部ですかねィ。」

刀を鞘に収めた時、二つの足音が近付いてきた。

「ご苦労さん!総悟。」

一人は真選組局長 近藤勲。
もう一人は、

「ンだよ、せっかくの段取りが総崩れじゃねェか。」

真選組副長の土方十四郎だ。
煙草を片手に、地面に突っ伏している男達を見回す。

「おい、山崎。2分でコイツらを片付けろ。」
「え!?いくらなんでも2分はちょっと…」
「“ちょっと”なんだ?」

そう言って煙草を咥える。
気だるそうに煙を吐くと、見下すように目を細めた。

「むざむざと桂を屯所に踏み入れさせたのは、お前のせいじゃないって言うんだな?」
「い、いえそれは…」
「周辺警備を任された監察のお前に責任はないって言ってんだよなァ?」

徐々に眉間へ皺を寄せる。
それを見て何かを察した山崎さんが、シュバッと敬礼した。

「すみません!全て俺の責任であります!ただちに片付けます!」
「よし、行け。」
「うっす!」

早速、突っ伏している男達を数人担ぎ、小走りに立ち去る。
土方副長は煩わしそうに煙草を咥え直した。

「ったく。よりにもよって、攘夷志士が紛れ込むたァな。」
「まァそう言うなよ、トシ。こちらでわざと小競り合いを起こす手間がなくなったじゃないか。」
「そりゃそうだが…、」

…え?
それって、どういう意味?

「たまにアンタの能天気な性格が羨ましくなるよ。」
「よせやい、褒めるな。」
「いや、今のは怒ってもいいところだと思うが…、…ん?」

不意に、私と土方副長の視線が絡んだ。

「アンタ、さっき桂と一緒にいた奴だよな。」
「えっ、あ、はい」

…じゃない!
つい威圧感から頷いてしまった。

「あああの、一緒っていうか、偶然一緒になっただけです!」
「偶然?巻き込まれたっつーことか。」

土方副長が私の真ん前に立つ。

「ふーん……」

じっと私を見る。

「あ、あの…?」
「……。」

これはもしかして…、
私の話、信じてもらえてない?

「ほっ、本当に私は攘夷ではなくて…」
「悪かったな。」
「え?」
「こっちの不手際で巻き込んじまった。」
「い、いえ…。」

なんだろう、心臓が…

「怪我はないか?」
「あ、はい…大丈夫です。」

心臓がドキドキする。

「どこか痛いところが出てきたら言ってくれ。」
「わかり…ました。」
「あと、頼みがあるんだが」
「頼み…?」
「ああ。」

じっと私を見る。
深い瞳に、吸い込まれそうだ。

なんか、この眼…やばいかも。

「アンタの…」

手を伸ばし、おもむろに私の髪に触れる。

「っ!?」
「アンタの名前、教えてくれ。」
「な…名前?」
「あと、住所も。」

な、に?
今って…どういう状況!?

「教えてくれ。」

こ、
これはもしかして、


「アンタのことが、知りてェ。」


私…っ、
一目惚れされた!?

本編 START


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