20


一番隊隊長


犯罪は、
たとえ自分の気付かない内に手を染めても、傷となって残る。

前科がつくとか、つかないとか、そういう話じゃない。

私を知る周囲の人々に、私という存在を信じてもらえなくなる。
少なくとも、すぐに以前と同じ目で見てもらうのは難しい。

でもそれはきっと、時間と共に変わる。
時間さえあれば、元に戻れる。

だから、

「今回の件で、三番隊を存続させることは到底できないんだ。」

今すぐ私を信じてもらえないのは…仕方ない。

「関わっていた者があまりに多くてな。人員不足ではあるが、再教育するよりも退職してもらう道を選んだ。」

しんと静まり返る局長室に、近藤局長の声が響く。

「既に広間に集めた隊士には話し、処理を済ませてある。無関係の…と言っても2人だが、彼らについては他の隊へ編入させるつもりだ。」
「そう…ですか。」

頷いて、目を伏せる。
伏せた視線は、畳を見たまま上げられなくなった。

…居たたまれない。

自分の関与した事で、隊が一つ潰れ、真選組が乱れた。
もう、私一人で責任を取れる問題じゃないところまで進んでしまっている。

「…早雨、」

土方副長の声に、ゆっくりと顔を上げた。

「お前をどうするかは、まだ検討中だ。」
「検討中…?」
「直属の上司である終の意見も参考に、処遇を考えさせてもらう。」
「あ…、」

一瞬、辞めないで済むのかと思ったけど、そうじゃない。

辞めるのは口にするまでもないことで、
どう罰するかを決め兼ねているという話だ。

「はい…わかりま――」
「わかりやせん。」
「沖田隊長…?」
「…何が分かんねェんだ、総悟。」

土方副長が沖田隊長を睨みつける。
沖田隊長は、ひょうひょうとした様子で言った。

「なんで紅涙の処遇だけ考えるんですかィ?」
“他の2人みたいに、別の隊へ編入すりゃ済む話のはずでさァ”

その言葉に土方副長が口を閉じる。
近藤局長も、「総悟…」と複雑そうに呟いて眉を寄せた。

もしかして、沖田隊長だけ私の事情を知らないの…?

「…総悟、その件については後で話す。」
「何の話ですかィ。」
「早雨のことだ。」
「紅涙?」

首を傾げ、私を見る。

「俺ァ紅涙を罰するなっつってんですぜ?」
「わかってる。だから話すんだろォが。」
「いやアンタ分かってねェし。その言い方だと、まるで紅涙に何かあるみてェに聞こえまさァ。」
“なァ?紅涙”

純粋に向けられる目を、私は見つめ返すことが出来なかった。
伏し目がちになると、沖田隊長は「まさか」と口にする。

「まさか…何かあるんですかィ?」
「……、」
「もういいだろ、総悟。後で話してやるから黙れ。」
「無理でさァ。紅涙が何なのか今すぐ教えろ。」
「今重要なのはそこじゃねェんだ。話の腰を折るな。」
「在庫のマヨネーズ、全部ぶち撒けやすぜ。」
「てめっ、マヨネーズを盾にっ、…はァァ…面倒くせェ奴だな。近藤さん、パス。」
「俺ェ!?まァ別にいいけどさァ…。」

近藤局長は頬を掻いて、どこか気まずそうな視線を私に向ける。

「まだ真相も突き止めきれてない状況で、責めるような言葉は控えたいんだが…。」
「近藤局長…」

こんな状況になっても、私の気持ちを汲んでくれるの…?
完全に信頼を失ったわけじゃない…のかな。

「責めるって何でさァ。」
「…あの殺された隊士、いただろ?アイツと早雨君は、真選組に――」

―――ピピピピピピ…

どこからともなく電子音が鳴り響く。

「俺か。」

近藤局長が懐から携帯を取り出した。

「もしもし?…ああ、とっつぁん。」

松平長官から…。

「え、今からそっちに?いや、まァ…」

視線が私を捉え、土方副長へと流れる。

「…急ぎの用事はないから大丈夫だよ。…ああ、わかった。すぐ行く。」

電話を切ると、近藤局長が苦笑いを浮かべた。

「よくは分からんが、俺とトシは至急とっつぁんの家へ来いってさ。」
「まさか、もう三番隊の件が…?」
「さすがにそれはないだろ。もし漏れてるなら、おそらく早雨君も呼ばれている。」
「確かに…そうだな。」
「というわけで今回の話はここまでだ。解散!」

近藤局長が膝を打ち、立ち上がる。
土方副長も「準備してくる」と腰を上げた。

「待ってくだせェ。紅涙の話がまだですぜ。」
「帰ってきてから話してやるよ。それまで待ってろ。」
「待てやせん。」
「知るか。」

短く吐き捨てると、土方副長は早々に部屋を出て行った。

「ひでェ上司でさァ。」
「すまないな、総悟。とっつぁんを怒らせると面倒なのはお前も知ってるだろう?」
「…ちぇ。」
「早雨君も、進退をすぐに判断できなくてすまないな。出来るだけ長引かないようにするから。」
「…はい。お待ちしてます。」


その後すぐ、近藤局長と土方副長は屯所を出発。

私は自室へ戻ろうとしたけど、
沖田隊長に「話がある」と言われ、二人で食堂へ向かった。


「あの…、お話と言うのは何でしょうか。」
「待ちなせェ。先に小腹を満たすから。」
「え、でも…」
「知ってやすか?食堂の裏メニュー『揚げオムボール』。」
「し、知りませんけど…。」
「なら食わせてやりまさァ。」

食堂の窓口から顔を覗かせ、沖田隊長が「すいやせーん」と声を掛ける。
時間外ということもあって、食堂の女中も二人しかいなかった。

「あら、総悟くん。どうしたの?」
「ちょっとオムボールが食いたいなと思って。今から出来やすか?」
「出来るわよ。どっちがいいかしら。」
「揚げで。あと、3つ頼みまさァ。」
「3つね。ちょっと待っててちょうだい。」

女中が調理場の方へ向かう。
沖田隊長は配膳棚にもたれ、「久しぶりだな」と笑った。

「何がですか?」
「揚げオムボール。最近はタイミングが合わなくて食えずじまいで。」
「そう、ですか…。」

戸惑いながらも相槌を打つ。

なぜ沖田隊長は普通に振る舞えるんだろう…?
先程の話の流れで、てっきり私を見る目が変わったと思っていた。

でも、何も変わらない。

「普通のオムボールって、丸くてケチャップライスを卵の薄焼きで包んだやつだろ?」
「は、はぁ…。」

本当に普通だ。
この人の考えが全く読めない。

「揚げの方は、同じケチャップライスでも真ん中にチーズが入ってるんですぜ。周りはカリカリでアメリカンドッグみたいな感じ。」
“それがスゲェうまい”

ああ…わかった。
沖田隊長も、近藤局長と同じなんだ。

軽く察しても、真相が分からない状態では私を責めたりしない。
ちゃんと話を聞いた上で、自分の考えを持ち、感情が露になる。
おそらくそこで、態度も変わるんだ。

だったら、

「…沖田隊長、」

そのタイミングは、遅くない方がいい。

じゃないと、沖田隊長は、
私に向けた優しさを、無駄だったと悔やむことになるかもしれないから。

「なんでさァ。」
「お話いただけないなら、先に…私が話してもいいですか?」

知らなかったとか、信じてもらおうとか、
そんな私情は抜いて、ただ私がしてきたことを伝えればいい。

それが私の持ってる真相だ。

「何の話ですかィ?」
「さっき、局長室で聞きそびれたことです。」
「……。」
「……私、」
「お断りしやす。」
「え…?」

断る…?

「聞きたくねェっつってんでさァ。」

先程までの和やかな雰囲気が一瞬で消え去る。
私を鋭く射抜く視線は、「分かったなら口を開くな」と言っているようだった。

「…でも、さっきは知りたいって」
「知りてェよ、今の今だって。」
「だったら…」
「それでも。」
「……、」
「知りたくても、本人から聞きたいとは思いやせん。たとえそれが、事の真相でも。」
「それって…どういう、意味ですか?」

まさか…

「真相には興味がない…、そういうことなんですか?」
「まァそんなところでさァ。」
「!」

まさか、こういう考えをする人だとは思わなかった。

「紅涙の話の真意なんて、元から興味ねェよ。」
「っ、」

息を呑む。
沖田隊長は動揺する私に呆れたのか、溜め息を吐いた。

「薄情だと思ったんなら、それでも構いやせんよ。実際、近藤さんや土方さんから聞く程度の内容でいいし。」
「くっ…、」
「俺ァ単に何が起きてるか知りたいだけでさァ。正しいとか間違ってるとかは、どうでもいい。」

「ただ、」と配膳棚から背を離す。

「俺は俺自身を、この上なく信じてる。テメェの目で見てきた紅涙は変わらないし、裏切らない。」
「沖田、隊長…。」
「だからどんな話も、適当に知れりゃいいんでさァ。それが俺にとっての紅涙に代わりねェんだから。」
「っ…。」

信じて…くれてた。
欠片も疑わず、始めから信じてくれてた。

なのに私は…。

「ごめ…なさい…っ。」
「あーそれ。」
「…え?」
「それが聞きたくねェからってのもあった。」

沖田隊長が気だるげにポケットへ手を突っ込む。

「いくらドSな俺でも、紅涙に謝られるのは好きじゃねェんでさァ。」
「そう…だったんですか。」
「そうですぜ。だから二人でいる時くらい、楽しくしやしょう。」

チャリッと音が鳴る。
ポケットから出した沖田隊長の手には、小銭が乗っていた。

まさにそのタイミングで、

「お待ちどうさん!」

女中が厨房の方から歩いて来た。

「揚げオムボール3つだよ。」
「ありがとうごぜェやす。じゃあこれ。」
「まいど!」

沖田隊長は女中に小銭を渡し、紙の包装紙に包まれたオムボールを受け取った。

「あっつ。おい、紅涙。ボーっとしてねェで早く取りなせェ。」
「取るって…何をですか?」
「オムボール。2個は紅涙の分ですぜ。」
「え!?」
「ほら、早く。」

わ、私…食べたいって言ったっけ?

困惑しつつ、オムボールを手に取る。
握り拳くらいの大きさが2つのそれは、中々ずっしり重い。

「あの、これ1つで十分…」
「ペロッと食えちまいやすよ。なんだかんだで昼飯も食ってねェんだし。」
「あ…。そう言えばそうですね。」

一度ならず二度までも、私はお昼ご飯を食べ損ねている。

「せっかく沖田隊長が運んでくれたのに…すみません。」
「楽しくない。」
「?」

沖田隊長はケチャップをかけ、オムボールにかぶりついた。
欠けた部分から湯気が立ち、トロッとチーズが糸を引く。

「さっき言ったとこですぜ。紅涙に謝られるのは嫌いだって。」
「あ、ああ…でも申し訳ないことをしましたし。」
「なら、俺が楽しくなるように謝ってくだせェ。」
「ええっ!?そんな無茶な…。そっそう言えば、沖田隊長が話したいことは何だったんですか?」
「俺の話を逸らすんじゃねーやィ。」
「うっ…。そちらの件は考えておきます。」
「考えなくてもいいからオムボールを食いなせェ。」
「はっはい、食べます!」

沖田隊長をマネて、オムボールにケチャップをかける。
カリカリに揚げられた表面に歯をつけると、熱気が伝わった。

「や、やっぱりもうちょっと冷めてからにしようかな…。」
「今食べるから美味しいんでさァ。」

目で『食え』と言ってくる。
私は意を決して、熱い塊に口を付けた。

「あっフ!あふいれす!」
「フッ…。」

沖田隊長が鼻で笑う。
うんうんと頷き、「許してやるか」と僅かに口の端をつり上げた。

この人、間違いなくドSだ…。

「俺の話したいことっつーのは、」
「はい。」
「特にありやせん。」
「え…ない?」
「こうでもしないと、何も食いそうにねェ感じだったから口実にしただけでさァ。」
“すべては飯のため”

そう言って、オムボールにかぶりつく。
私は呆気に取られたものの、彼の優しさをまた1つ知って、

「沖田隊長って、実は良いお父さんになるかもしれませんね。」
「試してやりますぜ。まずは俺の子供を産みなせェ。」
「それセクハラです!」

自分の立場も忘れ、二人で笑った。


そしてその日の夕方。

「ただいまー。」
「戻ったぞ。」

近藤局長と土方副長が松平長官の家から帰ってきた。

誰にも見せないように、
大きな大きな、秘密を抱えて。


承 end


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