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真選組色


近藤局長と土方副長は、
松平長官の家から帰ってすぐ、局長室にこもった。

その動向が不自然に見えるのは当然で、

「おい山崎、ちゃんと耳をそばだてろィ。テメェそれでも監察か。」
「やってますってば。でも全然聞こえないんですよねェ…。」

沖田隊長と山崎さんは、局長室の隣の部屋からどうにか盗み聞こうとしていた。

「おかしいな…なんでこんな聞こえにくいんだろう?もしかして筆談してるのかな。」
「そこまで言えねェ内容なら、なおさら気になるってもんでさァ。なァ?紅涙。」
「それはそうですけど…やめておいた方がいいんじゃないですか?後々怖いですし。」
「心配しなくても俺が言い逃れてやりやすよ。」
「キャー☆沖田隊長ステキ!」
「黙れ山崎。テメェはもっと壁にめり込むように仕事しやがれ。」
「ギャッ!痛い痛い!沖田隊長っ、『ように』じゃなくて、めり込んじゃってるから!」
「あの、あまり大きな声を出すと…」

――ドンッ!

「「「!!」」」

鈍い音に壁が振動する。
まるで向こう側から叩かれたみたいに。

「こ、これってまさか…、」
「バレ…ちゃってます?」

「バレてるに決まってんだろォが。」

「「!!」」
「ふ、副長…。」

恐る恐る振り返る。
そこには咥え煙草で仁王立ちする土方副長が立っていた。

「テメェら、こんなとこで何やってんだ。」
「い、いやぁ〜ちょっと俺達で壁の耐震チェックを実施してまして。ね、沖田隊長?」
「山崎が聞きてェっつーから悪いんでさァ。」
「ちょっ、この人、最低なんですけど!」

山崎さんは目を三角にして沖田隊長を指さした。

「主犯はこの人ですよ!この人が俺と早雨さんを引っ張り込んだんです!」
「俺と紅涙は悪くありやせんぜ。ここの部屋でイチャコラしてただけさァ。」
「おっ沖田隊長!?」
「お前らなァ…」
「副長!悪いのは沖田隊長です!」
「山崎でさァ。」
「もういい。ギャギャーとガキかテメェらは。」

眉間を押さえ、眉を寄せる。

「だが今のは総悟が一番悪いな。」
「なんでですかィ?」
「テメェの胸に聞け。…バカが。」
「……。」

僅かな沈黙の後、沖田隊長が目を伏せた。
しかし「聞こえやせんでした」と肩をすくめる。

「俺が何も悪いことしてないって証拠でさァ。」
「…言ってろ。一人で言ってる分には害はねェ。」
「……。」
「……。」

土方副長と沖田隊長がにらみ合う。
どことなく険悪になりつつある空気を、

「え、えーっと。」

山崎さんが控えめに砕いてくれた。

「結局のところ、とっつぁんからの呼び出しは何の用だったんですか?」
「ああ…そうだったな。その件でお前らに言っておくことがある。」
「何です?」

ポケットから携帯灰皿を取り出し、土方副長が煙草の火を消す。

「明日から、俺と近藤さんは任務に就くことになった。」

え…、

「しばらく空けるから、そのつもりでな。」
「二人で…ですか?」
「ああ。誰も連れて行かない。つーか、行けねェから。」
「何の任務でさァ。」
「極秘だ。」
「極秘任務なんて珍しいっすね…。」
「まァな。だから任務についてはこれ以上詮索するなよ。」
「……。」

沖田隊長が目を細める。

「…なら、近藤さんと土方さんが抜けてる間はどうするつもりですかィ?」
「いつも通り回しとけ…じゃなかった。ちょっと待て。」

懐に手を差し入れ、ポケットから紙切れを取り出す。
中を確認すると、土方副長はそれを沖田隊長に突き出した。

「お前らはここに書いてある場所で将軍様でも見張ってろ。」
「『将軍様でも』って…」

こっちも十分、重要な任務だと思うんですけど…。

「俺達だけでいいんすか?なんか手薄感が否めないんですけど。」
「ンなことねェよ。とっつぁんも快く許可してくれた。」
「そりゃ変ですねィ。」
「…何が。」
「将軍様と言えば、とっつぁんの大親友。それを俺達だけに”快く”任せるとは思えやせん。」
“ましてや、毒殺されかけた人なのに”

つい先日のことだ。
征夷大将軍の徳川茂茂は、湯飲みに毒を塗られて暗殺を企てられた。
再招集された御庭番衆が阻止して事なきを得たが、幕府周辺には緊迫した状態が続いている。

「いくら重要な任務が入ったとしても、この状況で局長と副長の二人を不在にさせるなんて、普通はしやせんよ。」
「…『普通は』だろ。今は普通じゃねェんだよ。」
「どう違うんでさァ。」
「極秘だっつってんだろーが。」
「チッ。」
「ったく。油断も隙もねェな。」

土方副長が煙草を取り出す。
箱を叩きながら、「そういわけだから」と私を見た。

「お前の件もまたしばらく保留だ、早雨。」
「私は…どうしていればいいですか?」
「他の奴ら真選組を守ってくれ。」
「え、でも…」

私が、真選組を裏切るとは思わないの…?
もちろんそんなことはしないけど、
仮にも今は、疑いの目を掛けられている最中なのに。

「まだ…、…真選組の隊士でいていいんですか?」
「なに勝手に辞めてんだよ。」
「だって私は…」
「お前の進退は俺達が決める。今のところ、それが迷惑料だと思え。」
「土方副長……、」
「んな顔するな。今はお前一人でも多い方がいいんだ。な?近藤さん。」

土方副長が廊下の方へ目を向ける。
そこから近藤局長が恥ずかしそうに頭を掻きながら出てきた。

「いやいや、すまんな。入るタイミングを逃しちゃって。」
「アンタからも言ってやってくれ。俺達がいなくても、しっかり働けよって。」
「悪いね、早雨君。キミも気持ちが切り替えづらいかもしれないが、もう少し力を貸してくれるとありがたい。」
「私は大丈夫ですけど…」
「なら問題ねェな。とりあえず今後は山崎の下に就け。」
「俺のとこでいいんですか?」
「隊に所属させるとややこしいからな。お前が面倒みてやれ。」
「よろしくお願いします。」
「こ、こちらこそ!」

頭を下げると、山崎さんが背筋を伸ばして敬礼した。

「つまんねー。一番隊にしてくだせェよ。その方が紅涙も安全ですぜ。」
「全然安全じゃねーよ。こういう判断になるのは、お前の行いが悪いからだぞ。」
「言われてる意味がわかりやせん。」
「なら日本語の勉強をし直して来い。」
「なら土方さんは一回死んで、人生をやり直してくだせェ。」
「どさくさに紛れてとんでもねェこと言ってんじゃねーよ!」
「まァまァ落ち着いてください、二人とも。」

柔らかな笑みを携え、山崎さんが二人の間に割って入る。

「俺がしっかり早雨さんを監督しますからご安心ください。ね?」
「……山崎も一回死ね。」
「ええェ!?なんか俺、とばっちり…」
「まァこれでしばらく問題ねェな。」
「いつまでもこの件をとっつぁんに報告しないわけにはいかないがな…。」

近藤さんが重い溜め息を吐く。

「会った時に言ってこなかったんですかィ?」
「ああ…言えなかった。」
「つか、言えるわけねェよ。ただでさえ将軍がどうのって時に、『うちの隊もゴタゴタしてまして』なんて。」
「三番隊も解散したし、早め伝えなきゃいけないってのは分かってるんだが…どうもな。」
「そうですよねぇ。話せば必然的に、早雨さんの進退も関わって来ますし。」
「…ちょっと待ちなせェ。」
「なんだ、総悟。」
「山崎も紅涙の件を知ってたんですかィ?」
「はい、副長から聞きましたので。」

そうだったんだ…。
こういう伝達の早さはさすがだな。

「……ふーん。山崎までね。」

沖田隊長は頭の後ろに手を組み、片眉を上げる。

「俺が何ですか?」
「別に?土方さん、どうぞ話を続けてくだせェ。」
「何様だよ、テメェは。」
「とりあえず、俺とトシが行くまでに三番隊解散の件だけでも話しておいた方がいいよな。」
「原因は何て言うつもりなんだ?」
「いや、こう…馬が合わない的な。」
「半年も存続させといて、その理由は無理があるだろ…。解散させるほどの理由でもねェし。」
「うーん…下手にごまかすと怪しまれるか。とっつぁん、目ざといからなー。」

確かに、あのグラサンの奥に薄らと見える目は怖い。
対面して話すと、到底嘘なんて吐き通せなくなる。

「どうしたものか…。」
「紅涙のことだけ伏せて話すのはどうですかィ?」

えっ、
それはさすがにマズイんじゃないのかな…。

「なんだ総悟。お前も早雨から話を聞いてたのか。」
「聞いてやせんよ。けど、今回のゴタゴタに関係してるってんなら、言わなくてもいいんじゃねェかと思いやして。」
「まァ一番の原因は殺された隊士だが…。」

近藤局長がアゴをさする。
同じように思案していた土方副長が、「そうだな…」と頷いた。

「近藤さん、早雨のことは伏せよう。三番隊の解散もナシにする。」
「えっ、」

ナシって…。

「えエェェ!?それはさすがに今さらすぎるよ、トシ!俺、もう皆を帰しちゃったし、人いないよ!?」
「必要ねェよ。終だけで三番隊を存続させるんだ。」
「終兄さんだけで?」
「ああ。三番隊に属するのは終ただ一人。だが、はたから見れば三番隊は存在している状態だ。」
“中身まで知られるようなことはないし、当面しのげるだろ”

土方副長の大胆すぎる提案を、皆が納得するとは思えなかった。
けれど、

「よし、それで行こう。」

近藤さんは、悩むことなく頷いた。

「元々、終兄さんは一人で十分な力を持ってやすからねィ。」
「俺、出来るだけフォロー入るようにします!」
「よしなせェ。邪魔するだけでさァ。」

沖田隊長と山崎さんも、
不安の色ひとつ見せず、反対しなかった。

どう考えてもリスクが高い。
密偵の件を話してしまえば、管理不十分だと責められる程度で済むはずだ。

私を切り離しさえすれば…それで済むのに。

「あ、あの本当に大丈夫なんですか?もし松平長官に嘘がバレたら、真選組に罰が…」
「かもしれねェな。」
「じゃあっ…」
「早雨、最後に確認させてくれ。」

土方副長は真っ直ぐに私を見た。

「お前は、俺達を信じてるか?」
「え…」
「どうなんだ。」
「…もちろん、信じてます。」
「ならいい。俺達も、お前を信じる。個々の感情は抜きに、真選組としてな。」
「!」

やんわりと緩められた土方副長の表情に、私は目を見開いた。
近藤局長や沖田隊長、山崎さんまでも、優しく私を見ている。

「どうして…」

どうしてここまで私を信じてくれるんだろう…。

信じてほしいと願っているのは私の方なのに、
無条件に信じてもらえるほど、どんどん申し訳ない思いが募る。

「もっと、調べてからじゃなくて…いいんですか?」
「構わねェよ。組織なんてそんなもんだ。他人が集まって成り立つには、互いの信頼関係で築いていくしかない。」
“たとえ根拠がなくても、相手が信じてくれてるなら、こっちも信じてやるのが筋ってもんだろ”

土方副長はフッと笑い、近藤局長を見た。

「これが、うちの大将の生き方でもあるからな。」
「自ずと真選組も、ハッピーな隊になるってもんでさァ。」
「何それ、褒めてんの?けなしてんの?」
「褒めてやすぜ。広い意味で。」
「絶対褒めてない言い方だ…。」
「あー。山崎は真選組をバカにしてるそうですぜー。」
「ちょっ、今日の沖田隊長って、やたらと俺に冷たくないですか!?」

騒ぎ立てる沖田隊長と山崎さんの声に紛れ、

「早雨、」

土方副長が私を呼んだ。

「コイツらだけじゃ頼りない部分が多すぎる。骨は折れるだろうが、面倒みてやってくれ。」
「そんな…私の方が足手まといになると思います。」
「そうでもないよ。」

近藤局長が微笑む。

「現状を維持するのは、実力が全てじゃないから。」
「お前に備わってるのはソコだ、早雨。」

二人が私を見る。


「俺達のいない真選組を、頼んだよ。」


二人が、私の背中を押してくれる。

「はい…!」

始まりはどうあれ、
私は真選組の隊士であること、強く、誇りに思った。


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