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将軍警護


「じゃあ行ってくる。」

翌日の朝礼後、近藤局長と土方副長は屯所を後にした。
任務なんて雰囲気は全く感じさせず、自然に、ひっそりと。

「それじゃあ早雨さんは俺達と一緒に行きましょうか。」

解散したばかりの広間で山崎さんが私に紙を手渡す。

「これが今日の配置図です。外周警備なので、とにかく人を寄せ付けないようにお願いします。」
「わかりました。…将軍はこの中央の屋敷に?」
「ええ。周りは塀があるし、襲撃を掛けられるのは正面くらいの簡単な場所ですよ。」

山崎さんの指が配置図をなぞる。

「俺と沖田隊長は両サイドを、早雨さんは側面から後方をお願いできますか?」
「はい。…頑張ります。」

小さく頷くと、山崎さんは「心配いりませんよ」と笑った。

「他の隊士もいますし、おそらくとっつぁんも隊を出してると思いますんで。」
「そうなんですか?」
「じゃないと、俺達だけでいいなんて言うわけありませんって。」
“配置を考えた副長が、斉藤隊長を屯所待機にするくらいですしね”

山崎さんは確信を得ているかのように、うんうんと頷く。

「というわけですので、気楽に…と言うのは変ですが、いつも通り行きましょう。」
「…はい、ありがとうございます。」
「いえいえ。では、じき出発となりますので。」
「わかりました。すぐに準備して向かいます。」
「よろしくお願いします!」

ダダッと駆け出す山崎さんの姿は、
あっという間に、散り散りに歩く隊士の波に消えた。

その時、ふと中庭が目に留まる。

あそこは、
あの蔵は…、


『お前と同じく、依頼を受けてここにいるんだよ。』


隊士が、何者かに殺害された場所。
私と同じ…雇い主を持つという隊士が。

「…やっぱり、私も殺されるのかな。」

依頼の失敗がこの結果を招いたのだとすれば、可能性はある。
でも私の依頼は『ただ隊士として過ごし、月に一度の報告』だけ…だから。

「…そうだ、」

確認してみよう。
向こうにこんな事件があったって報告して、出方を見る。
もしかすると、相手を特定する手掛かりを得られるかも…。

私は早速携帯を取り出し、メールを起動した。
ひとまず『真選組にて事件あり。伝えたいことがあります』とだけ書いて送信する。

が。

「…え、」

私のメールは、宛先不明で戻ってきた。
いつものアドレスなのに。
先月の報告分はちゃんと送れていたのに。

これは…つまり、

「姿を、くらました…?」

必然的に、私と彼の依頼主が同じということになる。
もうただの偶然だけじゃ片付けられない。

「…、…はぁ…。」

終わりだ。
真選組にいる理由が完全になくなった。
…まぁ、ここ最近は依頼をこじつけていたような気もするけど。

「今回の任務までかな…。」

将軍警護が終わって、
近藤局長と土方副長が帰って来たら…

ここを出よう。

「何が“今回の任務まで”なんですかィ?」
「っ!!」

振り返ると、障子に寄りかかるようにして沖田隊長が立っていた。

「さっきの独り言、もういっぺん言いなせェ。」
「…いつもすごいタイミングで出てきますよね。」
「そりゃァ聞き捨てならねェな。ちと違いやすぜ。」
「違う?」
「俺はずーーーーっと紅涙を見てるんでさァ。だからタイミングがどうのって話以前の問題。」
「それは…私を監視してるから?」
「いや?ただの趣味。」
「しゅ、趣味…?」

首を傾げる私に、
沖田隊長はこれ以上話すつもりはないといった様子で服を整えた。

そして帯刀していた刀を腰から引き抜くと、

「これ、使いなせェ。」

あろうことか、私に向かって投げる。
もちろん鞘付きで。

「へ!?」

慌てて手を出し、受け取った。

「それ、紅涙に貸してやりまさァ。」
「え!?い、いいですよ。自分のがありますし…」
「あんなガキが振り回すみてェなもんじゃ、将軍は守れやせん。」
「でっでも」
「いいから使え。」

言うや否や、沖田隊長は私に背を向け立ち去った。

「貸してもらっちゃって…いいの?」

手元に目を落とす。
普段から沖田隊長が気に入って使っている刀の一本だ。

「そこまで私の刀ってヒドイのかな…。」

あれでも一応、
師匠から「いいんじゃね?」って合格を貰った刀だったんだけど。

沖田隊長の厚意だけ受け取って、部屋に置いて行こうかな。

「…ん?」

遠くで「任務部隊は集合〜!」と叫ぶ声が聞こえる。

「やば…、早く行かないと。」

結局、自室へ戻る間もなく、
私は沖田隊長の刀を握り、任務へ出発することになった。



「えーでは各自、配置図通りの持ち場所に就いてください!」

山崎さんが声を張り上げる。
それを聞いていた沖田隊長が「くださいって」と鼻で笑った。

「仮にも支持役が“ください”はねェだろ。」
「仕方ないじゃないですか〜。今回は数班が集まってて、俺より上の方もいらっしゃいますし…。」
「だから“くださいませ”と言えっつってんの。」
「そっち!?」

「山崎ィー。この辺、人を増やした方がいいんじゃねェのかー?」
「あ、はい!今確認に行きます!」
“とっつぁんの部隊、ほんとに来ないのかよ〜…”

慌てた様子で屋敷の裏側へと駆けて行く。

「なんだか忙しそうですね。」
「要領悪いだけじゃねーですかィ?」
「そんなことは…って、どこに行くんですか?」

頭の後ろに手を組んだ沖田隊長が、来た道を戻るように歩き出す。

「持ち場所に就くんでさァ。」
「沖田隊長の持ち場所は反対側ですけど。」
「じゃあトイレ。」
「じゃあって…」
「そこまで気になるなら一緒に来やすか?俺ァ構いませんぜ、見られても。」
「いっいえ…結構です。」
「そりゃ残念。」

沖田隊長はニヤッと口元を歪め、軽く手を振り、歩いて行った。

「どこに行くんだろう…。」

その姿は次第に小さくなり、完全に消える。

「い、いいのかな…。」
「はぁはぁっ、早雨さん!持ち場の方へお願いしま…、あれ?沖田隊長は?」
「それがトイレだって言って、向こうの方へ…。」
「ほんとあの自由人は…」

やれやれと溜め息を吐き、首を振る。

「まァすぐに戻ってくると思いますんで、俺達は予定通り警護に就きましょう。」
「わかりました。」


…しかし、
沖田隊長は10分経っても、30分経っても戻って来ず…

「どこ行ってんだよ、あの人!」

山崎さんは苛立った様子で携帯を握り締めた。
何度かけても繋がらないらしい。

「いつも隊長なんて名ばかりで!ちゃっかり責任だけは俺に押し付けて!」
“局長達が戻ってきたら絶対言いつけてやるからなァァ!!”

ここにはいない人へ叫ぶ声は、静かすぎる場所に恐ろしく響き渡る。

「や、山崎さん…」
「はあ〜ちょっとスッキリ!」

爽やかに微笑んだ彼だったが、

「うるせェぞ山崎!」
「言うなら本人の前で言いやがれ!」

離れた場所から、殴りつけるようなヤジが飛んでくる。

「ヒィッ!ああいう人達がいるってこと忘れてた!」
「あと、将軍のことも忘れてませんか?」
「…。…しまった!」

屋敷の方を振り返る。
開かずの扉は固く閉じていて、まるで誰もいないみたい静かだった。

「ど、どうしよう。俺、失礼しましたって、謝りに行った方がいいかな?」
「そうですね…。外から声だけでも掛けておけば、後々安心かと思います。」
「ですよね!じゃあ謝りに…、…んん?あれはもしかして…」

山崎さんが私の後方を見て目を丸くする。

「斉藤隊長?」

こちらに向かって歩いて来る人影が、少しずつ大きくなる。
それは確かに、屯所で待機中の斉藤隊長で。

「…。」

私達の前に立つと、懐からスケッチブックを取り出した。

「す、すごい…。」
「ほんと、とても忍ばせているようには見えませんよね。」

驚く私と山崎さんを横目に、斉藤隊長は文字を書く。
書き終えたそこには、またひとつ驚く内容が書かれていた。

『総悟くんが局長達のところへ向かった』

「え…」
「えェェェ!?」

山崎さんの声が私の声を掻き消す。

「山崎さん、ボリューム下げないと!」
「す、すみません。あまりに驚いたもので。でもどうして局長達のところになんて…」
「…、」

斉藤隊長がまたスケッチブックに文字を書く。
そこには、『極秘任務に参戦するためだ』とあった。

「あの人、どうやって内容を把握したんだよ…。」
「それも参戦って…その任務、それほど大変な内容ってことでしょうか?」
「…。」

コクりと斉藤隊長が頷く。
ゆっくりと気だるげな視線を上げ、建物を指さした。

「将軍?将軍が何です?」
「…。」

『俺もよく知らないが、関係してる…らしい』

極秘任務が、将軍と関係してる?
それってどういう任務なんだろう…。

スケッチブックを見ながら、山崎さんも「うーん…」とうなる。

「今回の任務って、いつものバカみたいな任務だったのかなァ…。」
「バ、バカみたいな任務?」
「ええ。市民の声を聞くためだとか言って、皆でキャバクラ行くとかね。」
“もちろん、将軍も一緒に”

えー…。

「けど副長の話がそんな軽い感じに聞こえなかったし、そもそも将軍はここにいるはずだから…、…あ。」
「どうしました?」
「俺、わかっちゃったかも。」

山崎さんが屋敷を見る。

「あそこにいる将軍、影武者だ。」
「影武者!?」
「だから警護が薄くても平気なんですよ、本当の将軍はここにいないから。」
“あ〜我ながらナイス閃き!”

手を打つ山崎さんの前で、斉藤隊長がスケッチブックに文字を書く。

『一体どんな任務だろうか』

「そこまでは俺も想像つきませんねェ。けど、今までとは少し違う気がします。」
「悪い方に…ですか。」
「ええ。…悪い方に。」

どことなく重い空気が漂う。
話が急に方向転換したような、そんな気分だった。

「…俺、聞いてきましょうか。」
「え、聞くって…」
「あそこにいる将軍に。どうせ大声の件を謝り行くところでしたし。」
「でも、あそこにいるのは影武者なんですよね?だったら…」
「ですね。極秘任務のことを知らなくて、聞き出せないと思います。けど、影武者かどうかの確認は出来ますよ。」

…なんだか、

「頼もしいですね。」
「何がです?」
「山崎さんが。なんだか普段と違って積極的だなと思いまして…。」
「やだなァ〜早雨さん、俺はいつもと同じですよ。いつもワ・イ・ル・ドな男です☆」
「い、いや…ワイルドとは…」
「じゃ、行ってきまーす!」

山崎さんは意気揚々と屋敷に向かう。
スッと差し出されたスケッチブックには、『すまない、悪い奴じゃないんだ』と書かれていた。

「ふふ、そうですね。真選組の皆さんは、いい人ばかりです。…本当に。」
「……。」

斉藤隊長が筆を持ち直す。
けれど書き出そうとした手を止め、顔を上げた。

「?」
「…、」

斉藤隊長の手が口布に掛かり、それをゆっくりと引き下げる。

「えっ…」

初めて見た素顔に、思わず目を瞬かせた。

「カッ…コいいですね、斉藤隊長。」
「!…、…。」

慌てて口布を上げようとしたが、やめる。
代わりのように私を見ると、
斉藤隊長は、ためらいがちに口を開いた。

うそ…
初めて、声が…

「そんなァァァ!!」
「「!!」」

後方から聞こえた声に、ビクリと肩を震わせる。
振り返れば、山崎さんが頭を抱えていた。


「中に…っ、中に誰もいない!!」


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