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護ること


「影武者すらいないなんて…俺の閃きは何だったんだ!」

うなだれる山崎さんを横目に、私と斉藤隊長が屋敷の中を改める。
そこには、将軍がいた気配すらなかった。

「つまり、最初から誰もいないところを私達は…」
「警護させられてたってことですよね…。」
『それは違う』

斉藤隊長が私達にスケッチブックを見せる。

『ここには影武者がいた。だが既に正体がバレ、その姿を解いている』

「どうして…断言できるんですか?」
「その文面からすると、全部知ってたみたいに思えますね。」
「……。」

少し迷うようにして斉藤隊長が筆を走らせる。

『すまない。全てじゃないが、総悟くんから聞いた』

「沖田隊長が…」
「ほんと、あの人の情報網ってどうなってんの!?」
『いや、おそらく予想から導き出した答えだ』
「…まァここの影武者さえ見抜ければ、自ずと極秘任務に結び付くとは思いますけど…」
“いつの間に見抜いてたんだよって話だよなァ…”

ふむ、と山崎さんがアゴに手を当てる。
そこへ周辺警護に就いていた他の隊士達がやってきた。

「さっきの叫び声はなんだよ、山崎。」
「え、あー…アレは…」
「つーかよ、この部屋に将軍いるんじゃなかったのか?」
「いねェじゃん!どこ行ったんだよ、これヤバくねェの!?」
「いや、これはー…えっと、」

歯切れの悪い回答に、ぞろぞろと他の隊士も集まって来る。
将軍がいないことを知ると、みんなして「クビだ」「処刑だ」等と騒ぎ出した。

「だァァーもう!静かにしてください!」

ドンッと足を踏み鳴らし、山崎さんが拳を握る。

「こうなったら俺も行きます!」
「どこに?」
「極秘任務に発った局長達の元!どうせ斉藤隊長は沖田隊長から行き先を聞いてるんでしょう!?」
「!」

隊士達からも驚きの声が上がる。
おそらくそれは、近藤局長と土方副長が極秘任務に就いていた、という方だ。

「斉藤隊長…沖田隊長の行き先を知ってるんですか?」
「……。」

私の目を見て、しっかりと頷く。

『それを伝えに来た』

スケッチブックの文字を見せる。
斉藤隊長が書いた行き先は、『西』だった。

「西…。アバウトですね。」
『すまない』
「い、いえ。斉藤隊長が謝られることでは…」
「十分ですよ、その情報で。」

山崎さんが携帯を取り出す。

「ここから西ってことでしょう?なら方角的に捜す範囲は4分の1で済みますよ。」
「でも、西と言っても真っ直ぐ進むわけじゃありませんし…」
「ですね。陸では手間が掛かり過ぎます。だから俺は――」

携帯を耳に当てる。
ニヤッと浮かべる笑みは、

「空から捜すんですよ。」

沖田隊長にとてもよく似ていた。


その後、
私達は一度屯所に戻り、緊急会議を開いた。
非常に厳しい状況かもしれないということを想定し、大部分の隊士が西へ向かう。

山崎さんは、言葉巧みに松平長官を説得し、船を手配。
「ならば艦隊を出す」と、警察庁からの数隻と一緒に、出動することになった。

「山崎さんに話術があったなんて知りませんでした。」
「ちょ、早雨さん、それ悪口だよね!?」
「そんなつもりは…」

「話を早く進めろ山崎ィィ!」
「そうだぞ、局長と副長に何かあったらテメェのせいだからな!」

「わ、わかってますよ!えーっと、じゃあ屯所に残る組を発表します。」
“まず勘定係、次に一番隊から…”

屯所には、各隊2名ずつが残されることになった。
通常通り江戸を守る役割があるので、こちらもおろそかに出来ない。

選ばれた隊士もそれを分かっているせいか、
残念そうにしながらも、誰も文句を言わなかった。

「…です。あと、早雨さんも残ってくださいね。」
「えっ…」
「ではターミナルに移動!無事に局長と副長を連れて帰るぞォォ!」
「「「おオォォ!!!」」」

地鳴りを起こしそうなほど覇気ある声を出し、隊士達が部屋を出て行く。
私は、一緒になって出て行こうとした山崎さんの袖を掴んだ。

「あのっ、私も連れて行ってください!」
「え、あーそれは…出来ないかな。」
「どうしてですか!?私も近藤局長と土方副長を助けたいです!」
“あの二人には、たくさん助けてもらったから…”

目を伏せると、袖を握る私の手に山崎さんが手を重ねた。
やんわりと私の手を掴み、優しく解く。

「早雨さん。ここを守ることも、二人を守ることと同じですよ。」
「わかってます!だけど私は直接っ」
「ごめんなさい、もう行かないと。」
「山崎さん!」
「…はァァ。」

背を向けた山崎さんが、肩を揺らして溜め息を吐く。

「早雨さん、自分が返事したことには責任もってくださいよ。」
「え…」
「二人から言われてたじゃないですか、ここを頼むって。」


『俺達のいない真選組を、頼んだよ。』


「局長と副長が帰ってくるこの場所を…真選組を、早雨さんが守ってください。」
「だけど…、」
「大丈夫です、俺達がちゃんと二人を連れて帰ってきますから。」
「山崎さん…」
「お願いしますね。」

僅かな微笑みを携え、山崎さんは背を向ける。
私はそれを、引き留めることが出来なかった。


『お前は、俺達を信じてるか?』


土方副長の声が、頭に響いて…


『ならいい。俺達も、お前を信じる。個々の感情は抜きに、真選組としてな。』


この場所から、動けなかった。


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