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犬猿のカゴ


「ああァァァッやっぱ無理!腹立つ!!」

ガコンッと音を鳴らし、俺は肩に担いでいたカゴを地面に落とした。
中に乗っている奴が「イデッ」と声を上げる。

「お、おいトシ〜。中には将軍様が乗ってるんだぞ?そんな雑にカゴを下ろすと…」
「何が将軍だ!こんな甘いもん食い過ぎで脳ミソ湧いてる将軍見たことねェよ!」
「ちょ、声デカイって!」
「うるせェ!近藤さんもこんなバカの言いなりになることねェよ!」

「ほほーう。だーれが『こんなバカ』だってェ?土方クン。」

カゴのすだれを捲り、中の奴が顔を出す。
そこには、死んだ目の銀髪男が座っていた。

「俺言ったよねェ?ちょっとでも揺らしたら打ち首な、って。」
「だから揺らさず落としてやったんじゃねェか。あァ?」
「ンだとコラァァ!」
「やんのかコラァァ!」

腕をまくり上げ、坂田が外に出ようとする。
俺も刀に手を掛け、一戦交えてやろうとした…直後。

ザクッ

「ぅおわ!」

カゴにクナイが突き刺さる。
投げた相手は分かっていた。猿飛だ。

「いい加減にしてくれない?銀さんに構ってもらいたいのはアナタだけじゃないのよ?」
「構ってもらいてェなんて一言も言ってねェよ!」
「そういうツンデレなとこが銀さんの好きなツボなの!ツンツン突かないでよ!」
「知るか!つうか、誰がツンデレだ!1ミリもデレてねェだろ!」
「デレてるじゃない!しかめっ面の下でイジってくださいってオーラが…」

ザクザクッ

「「!!」」

俺と猿飛の間にクナイが走った。
それもまたカゴに刺さって、鈍い音を鳴らす。

「ちょっとアナタ達〜。話しはそこそこにして、カゴ運んでくれな〜い?」
“これじゃあいつまでも将軍様が進まないじゃないのよん”

身体をくねらせながら話す女は、猿飛の仲間だ。
コイツも御庭番当時からの仲間らしい。

「あんまり投げさせないでちょうだいよね。クナイも消耗品なんだからん。」

話しながら、女がカゴに刺さったクナイを引き抜く。
その刃先を見て、「あら」と目を瞬かせた。

「また刺さっちゃってるわ。大丈夫〜?将軍様ァ〜?」

ペロッとすだれを捲ると、額から血を流す坂田が「大丈夫大丈夫」と笑う。

コイツ、また刺さってんのかよ。
…ざまァねーな。

「ほんと、どうしようもない家来だから苦労が多いのなんのってね。」
「でも血が出てるわよん?」
「え、マジ?じゃあお姉さん、カゴの中で手当てしてくれない?主に俺の股…」

ザクッ

「ブフッ!」
「手当なら私がしてあげるわ銀さん!こんなに出血して可哀想に。」
「い、いや、これは今お前が投げたヤツ…」

「うるさいアルよ銀ちゃん!」
「そうですよ!テラフォーマーズ待ちでベルセルク読んでるんですから!」
“話し声があると世界感に入り込めません!”

あー…そうだった。
カゴの中にはコイツらも乗ってたんだっけか。

「ちょっと〜、いつまでもグダグダさせないでちょうだいよん。とっととカゴ、運んじゃって〜。」
「…チッ。」

分かってんだよ。
結局、俺達が担ぐ羽目になることは。

これも全て…将軍が暗殺されねェように、京へ逃がすためだからな。

とっつぁんから「影武者に仕えろ」なんて言われた時は、
まさか、万事屋の3馬鹿を担がなきゃいけねェことになると思わなかったが…

「トシ、担ぐぞ。せーのっ」
「っ、重…。」

「勘弁してよ〜、今超揺れたんですけどォ〜。」
「衝撃で読み終えた本が崩れたアル!」
「どこまで僕が読んだか分からなくなったじゃないですか!」

「お前らなァ…っ」
「落ち着けトシ。相手は“将軍サマーズ”だぞ。」
「くっ…、」

サマーズって何だよ!
変なとこで一くくりにしたら、あっちの人に迷惑かかるだろォが!

…だがこれも、

「将軍様を護衛するため…っ。」

耐えろ、俺。

「はァ〜…。」

選りすぐりの手練れを集めたって話だったが、
コイツらより、うちの隊士の方が使えたんじゃねェのか?とっつぁんよォ。

「…ったく。」

こんなとこ、早雨が見たら、なんて言うだろうな…。

あー重い。
3人乗せて山道歩くとか、どんな拷問だ。

「…おい、そこの家来。」

担ぐカゴの中から声がする。
おそらく、前方のすだれを開けて、格子の隙間から話しかけているんだろう。

だが俺は知らん。
相手にしたら、また面倒だ。

「……。」
「なァ。なァってば。」
「……。」
「うちの家来は頭だけじゃなく耳まで悪いのかなァ〜?」
「……。」

こういう奴は、無視し続けていれば大人しくなる。

「おいって言ってんだろ。返事しろ土方。」
「……。」
「ンだよ…、」
「……。」
「……。」

ほらな。
静かになっ――

「紅涙のこと、聞きたかったんだけどな…。」
「!?」

今…なんて言った?

「…おい、万事屋。」
「……。」
「おいって言ってんだろ。」

もう奥に引っ込んだのか?
くそ、歩きながらだと後ろの様子が見れねェ。

「話、聞きてェなら返事しろ。」
「言葉遣いが悪いなァ〜。ここには万事屋なんていないんですけどォ?」

コイツ…!
…、…はァ。

「…将軍サマ、先程は誰の名を仰いましたか。」
「まァヨシとしてやる。紅涙だよ、早雨 紅涙って知ってるだろ?」
「どうしてお前が…じゃなかった。なぜアナタが早雨のことをご存知で?」
「そりゃァ…、…ノーコメント。」
「あァ?なんでだよ。」
「お前如きが将軍様に質問できると思うんじゃねーよ。つーか、言葉遣い。」
「あーはいはい。左様でございますね。」

アイツ、万事屋と知り合いだったのか?
どこで繋がってたんだ…。

あーあれか。
あの隊士の一件であった、『依頼』ってヤツか。

確か、終から受けた報告では、
早雨も、誰かから依頼を受けて入隊した…んだよな。
それも、殺された隊士と同じ依頼主らしいじゃねェか。

あっちは真選組の機密書類を盗む目的で潜入、早雨の目的は…まだ分からねェ。
終によると、盗み目的のような依頼は受けてなさそうだって話だがな。

「…い、」

アイツの普段の行動を見ても、何かしてやろうなんて雰囲気はない。
消された隊士から揺すられた時も、真選組を守るような発言をしてたらしいし。

おおかた、早雨は万事屋に仕事を紹介されて、
その相手がヤバイ目的の持ち主だった、ってとこだろ。

「…、…い、」

万事屋が絡んでる可能性も否めないが、
いい意味でも悪い意味でも、コイツは真選組に興味ないはず。

ここまで考えて、実は早雨は裏切り者でした、なんてことになったら…

「ふっ、」

さすがに俺も、真選組副長なんて名乗れなくなるな。

…いや、待てよ。
そういう話以前に、
あの隊士が消された今、早雨の身も危ねェんじゃねーのか?

アイツ…大丈夫かな。

「おいって!」
「?…なんでございますか、将軍サマ。」
「なんでございますかじゃねェよ!人が何回呼んでも無視しやがって!」

呼んでたか?
言われれば、なんとなく聞こえたような気も…しねェな。

「まァいいわ、ンな話。それよりも俺が聞きてェのは紅涙のことだから。」
「…早雨の何を?」
「そのー…ほら、元気にやってっかなァ〜みたいな?最近、あんま顔見ねェからよ。」
“まァ俺が来るなとか言ったんだけどさ…”

…なんだその言い方。
コイツに聞くつもりはなかったが…気になるじゃねェか。

「お前と早雨の関係は?」
「だーかーらー。将軍様への質問は…」
「いいから答えろ。じゃねェと教えてやんねェぞ。」
「ぐっ…テメェ、汚ェヤツだな!」
「お前より清い印象で売ってるから。で?関係は。」
「…別に。ちょっと親しくしてただけだ。昔の話だけど。」

親しく?

「…どう親しくしてたんだよ。」
「一問一答。先にお前が俺の質問に答えろよ。」
「早雨は元気にしてる。真面目に働いてるよ。…誰よりもな。」
「ふーん…。」

坂田が黙ると僅かな沈黙になる。
だが実際は、俺より前を歩いてる奴の足音だってあるし、
近藤さんが担いでる後方では、話し声なんかが聞こえたりする。

なのに、すごく静かな気がした。

「…万事屋、俺の質問に答える番だぞ。」
「どう親しくしてたかってヤツ?デリカシーねェな、お前。男と女なんだから、聞かなくても分かるだろ。」
「あァ!?どういう意味だよ、はっきり言え!」
「ンな興奮すんなよ〜。またクナイが飛んでくんぞ?俺の御庭番から。」
「ッ、……俺は極めて冷静だ。」
「よく言う。」

短く笑い捨てる息が耳につく。
俺は突き飛ばしたいような気持ちを抑え、「答えろ」と言った。

「早雨とはどういう関係なんだ。」
「はァァ〜…。お前が心配するような関係じゃねェよ。ちょろっと剣術を教えるとか、面倒見てやっただけ。」
「面倒…」

そう言えば、早雨のやつ…
入隊した頃、世話になってた奴から『来るな』って言われて落ち込んでたよな。

あの時の相手が…コイツか?

「お前、まさか早雨の師匠か?」
「…ふっ。アイツまだそんな言い方してんの?呼ぶなって言ってんのに…仕方ねェ奴だな。」

どことなく嬉しそうな声に、思わず眉間を寄せる。
なぜかは分からないが…面白くねェ。

「おい土方。次は俺からの質問だぞ。」
「…なんだ。」
「お前さァ、紅涙のこと好きだろ。」
「!」

な、にを…。

「…バカ言ってんじゃねーよ。」
「言ってねェよ。どうなんだ?ちなみに俺は好き。」
「はァ!?」

こいつも総悟みたいなタイプか…。

「ま、俺は世の中の女性みーんなを愛せるし、愛される銀さんだけどね。」
“紅涙に限らず、みんな好き”

なんだ、このハッピー野郎。
どこぞの自称イケメンの方がよっぽどマシだな…。

「それでェ?どうよ、家来クン。」
「…生憎、愛だの恋だの言う前に、うちは恋愛禁止ですので。」
「何それ!自分らがアイドルだとでも思ってんの!?」
「とっつぁんからのお達しだ。早雨を隊士として残らせたいなら、色事のウワサを立てるなってな。」
「はは〜ん、なるほど。そういうシガラミがあるわけねェ。」
「…しがらみ?誰に。」
「ユーだよ、土方クン。」

フフンと鼻で笑う。

「大変だねェ〜組織に属してると。」
「…何様だよテメェは。」
「将軍様でーす。」

いちいち腹立つ野郎だな…っ!

「まァ結果的に良かったんじゃねェの?」
「何が。」
「好きって気持ち。お前が紅涙を想うなら、そのまま胸に留めとけよ。」

別に言うつもりねェよ。
つうか、好きとか…言ってねェし。

けどコイツに言われると、従いたくなくなる。

「なんでお前に言われなきゃなんねェんだよ。」
「俺くらいしか言えるような奴がいねェからだよ。」
「……。」

坂田の言葉に迷いがない。

「いいな?紅涙は諦めろよ。」

コイツはいつだってそうだ。
無遠慮に、妙な自信で俺にぶつかってくる。


「お前だとアイツを幸せにできない。」


だから、嫌いなんだ。


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