25


転機


「お前だとアイツを幸せにできない。」

始まってもないものを、始まりから否定されると腹が立つ。

それは心が狭いせいだ、
と言われればそれまでだが、納得できないんだから仕方ない。

「…理由を聞かせろ。」
「それはダメ。俺、まだ質問の答えを聞いてねェもん。」
「……。」

俺の、早雨に対する気持ち。

「…わかんねェよ。そんなもん。」
「分からない?何言ってんだ、ガキじゃあるめェし。」
「……。」
「……。」
「……。」
「…おい。まさか、さっきので俺の質問に答えたつもりか?」
「当たり前だ。次はお前の『幸せにできない』理由を言え。」
「バッ、甘えんじゃねェよ!分からないは答えじゃねェだろ!」
“俺が小学生の時でも分からないなりに何か言ったっつーの!”

それはお前の勝手な努力だろうが…。

「とにかく、俺にこれ以上何か言えっつっても無理なもんは無理。」
「なら、無理なりに何か言え!」
「だからそれが出来ないって言ってんだよ。」
「じゃあいい。俺から聞いてやる。」
「だったら、先に俺の質問に――」
「言っとくけど。」

坂田の声が、俺の声をねじ伏せる。

「これは質問の数にカウントしねェから。」
「はァ?ズルいだろ。」
「ちゃんと答えないお前が悪ィんだよ。じゃ、1つ目。」
「はァ〜…。」

自分のペースで話を進めようとする姿勢に溜め息がこぼれる。

ジャリジャリと山道を歩く足音はうるさいし、
3バカを乗せて担ぐカゴは嫌になるほど重い。

早くどこかで休憩できねェかな…。

「紅涙のこと、大切か?」
「…決まってんだろ、大切だ。」
「守りたいと思うか?」
「それは…アイツが望まない。」
「どういう意味だよ。」
「早雨は自分の足で歩くことを望んでる。俺が出来るのは、せいぜい傍で見守ってやることくらいだ。」

いわば、俺はアイツの保険なんだ。
何かあった時に助けてやる存在。

「これは他の隊士にも思ってる。…総悟は別だが。ああ、あと山崎も。」
「そこ、どうでもいい。」
「…そうかよ。まァそういうわけだから、俺の中で早雨が特別な存在ってわけでもねェんだよ。」

…あれ?
今、答えが出たんじゃね?

「…そうだ、俺は早雨のことを好きでも嫌いでも――」
「いーや、違うね。」
「…何が。」
「お前、好きだよ。紅涙のこと。」
「!」
「十分、特別視してる。」

俺の背中に、「本気で分かってねェんだな」とあざ笑う声がぶつかる。

「恋愛のスペシャリスト坂田銀時さまが教えてやるよ。」
「…将軍の肩書は捨てたんだな。」
「ご心配なく。そっちは副業だから。」

将軍が副業かよ!

「いいかな、土方クン。キミは既に考える基準からズレている。」
「…あァ?」
「紅涙への気持ちをベースに話してるって言ってんだよ。」

「わかる?」と憎たらしい口調が続く。

「お前は、傍で見守ってやることを他の隊士にも同じだと思ってる。この言い方自体、紅涙を基準にしてるだろ。」
「…流れでそうなっただけだ。早雨の話をしてたから、そんな言い方に――」
「黙って聞け。」
「……。」
「そもそもお前、紅涙のこと見すぎなんだよ。」

な…!?

「見てねェよ!つーか、いつお前がその状況を確認したって言うんだ!」
「なに動揺してんだよ。俺が言ってんのは、紅涙の内面を見すぎだって話だ。」

あ、ああ…そっち。

「お前と紅涙は副長と隊士。普段、そう接触することもないはずだろ?」
「まァ…そうだな。」
「じゃあ、なんでそこまでアイツのことを知ってんだよ。」
「…たまたまだ。たまたま落ち込んでる時に遭遇することが多かった。だから話を聞いたりして…知る機会があったんだよ」
「お前、隊士全員にそんなことしてんの?」
「……。」

…してない。
気付いても、様子を見る。
隊長クラスの奴から声を掛けさせたりもあるが…
わざわざ副長室に呼んで、俺から相談にのることはない。

ましてや、茶請けの菓子を用意するなんて…。

「……、」

目を逸らしていたことを、直視する時なのかもしれない。

「認めろよ、自分の気持ち。」
「…、…俺は……」

俺は、早雨を…


「……、大切に、想ってる。」


何よりも…誰よりも。
大切に、想ってる。


「……、…はァァ!?だからそうじゃなくて!」
「いや、そうなんだよ。これ以外の答えはない。自分のためにも、早雨のためにもな。」
「…。」
「辞めさせたくねェんだよ、アイツを。どういう理由で入隊したかは知らねェけど、すげェ頑張ってるから。」

まだ、真選組にいてほしいんだ。
お前の成長を、傍で見守らせてほしい。

「だから、俺は早雨を大切だとしか言えない。」
「……やっぱお前じゃ紅涙を幸せに出来ねェな。」
「……。」

止まって振り返りたくなる。
どうにか「お前が答える番だぞ」と口にすれば、少し気が紛れた。

「土方さァ、お前は『見守ることが愛だ!』くらいに思ってるだろ。それ、間違いだから。」
「間違い?」
「見守るだけじゃアイツは守れねェ。幸せになんてしてやれねェよ。」
「…矛盾してる。」
「そう聞こえてるうちはダメだな。」

呆れるような溜め息が聞こえる。

「恋愛ってのはね、無理矢理にでも引っ張る時だって必要なの。見守って、傷ついてから助けても傷の治りは遅い。」
“それよりも、『行くな』って止めてやれ”

坂田の声は、どこか遠い。

「行くなって言っても無駄なら、その時は行かせりゃいい。戻ってきた時に慰めてやりゃァいいんだから。」

俺に言ってるようで、
誰か違う奴に向けて言ってるのかも知れない。

「紅涙が選ぶ道を否定しろとか、そういう意味じゃねェんだ。ただ…」

数秒、坂田は黙り込み、

「もっと…」

重く、低く、

「もっと自分がどれだけ大切に思ってるかってことを言ってやんねェと…アイツを幸せにすることなんて出来ねーよ。」

細く吐き出すように、そう言った。

「…万事屋、」
「んー?」
「お前…早雨のことが好きなのか?」
「…言っただろ。」

フッと鼻で笑い、

「好きだよ。紅涙に限らず、女性はみーんな。」

適当な答えを返す。
今ほど、振り返れないのが残念なものはない。

コイツがどんな顔で言ったのか…興味あったのに。

「銀チャーン。読書で頭を使ったら、腹減ったアル。」
「だな。じゃあ団子屋に寄ろうぜ。おい家来クン。」

副業に戻ったわけね…。

「何か。」
「ただちに団子屋に着け。」
「色々無理すぎるだろォが!この重さで走れるわけねェし、団子屋自体ねェし!」
「何言ってんの、そこをどうにかするのが仕事でしょーが。」
“ほれ、急げ”

閉じたセンスでカゴの側面を叩く。
これが一番見下されてる気分になって、実に腹立たしい。

「…こんな奴、とっとと襲われちまえばいいのに。」
「何かなァ〜?将軍の悪口かなァ〜?」
「チッ。…いーえ、なんでもありません。」

重いカゴを担ぎ直す。
耳を澄ませば、後方で近藤さんの笑い声が聞こえた。

楽しそうにしてるな。
不気味なくらい平和だ。

今頃、本物の将軍も空路で京へ向かってる。
このまま何事もなく終えれば、早く帰れるんだが…。

「…はァ。」

早雨の話をしたせいか、顔が見たくなってきた。
…なんて、普通に思うようになったらヤバイだろ。

「身体、動かしてェな…。」

一度、頭の中をスッキリさせたい。
あちらさんも、のんびりしてねェで早く出て来いよなァ…。


そんなことを考えていた罰か、
団子屋に辿り着いたのを機に、状況は一変した。

将軍の暗殺を企む連中の襲撃後、
船で移動しているはずの将軍が、俺達の引き連れている忍に紛れていたことが判明。

伊賀の忍に狙われながらも無事守り抜くことは出来たが、息つく間もなく鬼兵隊と第七師団からの攻撃。
立て続けに春雨と天導衆まで来たが、これには鬼兵隊と第七師団も驚いた様子だった。

その絶望的な状況で、新たに何隻もの船が飛来。

だがそれは、

「待たせちまったな、将ちゃん。」

とっつぁんと、

「俺達真選組がいる限り、この国は簡単にとれねェよ。だろ、近藤さん、土方さん。」

どこで聞きつけたのか、真選組の奴らだった。
総悟と山崎、終。
アイツらの顔を見て、これほど救われたことは過去にない。

早雨の姿がなかったことにも、ホッとした。
この状況はあまりにつらい。
俺が守ってやると言えるほど、身体は丈夫な状態じゃなかった。

そうして辛くも窮地を残り越えた俺達は、江戸へ帰艦。
しかし、
とっつぁんの船で京へ向かった将軍は、かつての忠心の手によって毒殺された。

この戦いが失ったものは、あまりに大きく。
俺達は、徳川喜々が治める江戸で、茂々様を偲ぶ。

転落する、その未来を知らずに。


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