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土方副長が私の髪を撫でる。

「アンタのことが、知りてェ。」

ああっ、
まさか面接を受けに来た先で一目惚れされるなんて!
それも真選組きっての人気者、土方副長に…!!

「どうした、どこか痛くなってきたか?」
「いっいえ!違います。」
「そうか。なら、いい。」

土方副長は懐から警察手帳を取り出した。

「それじゃあ名前と住所を言ってくれ。」

な、なんか堅苦しいな。
さすがはお堅い仕事って感じ?

「名前は、早雨 紅涙です。」
「早雨 紅涙な。次、住所。」
「は、はい。えっと…」

土方副長がメモを取り続ける。

…って、うん?
そう言えばこういう時って、
住所より電話番号を知りたいものじゃないの?

「あの…」
「悪い、ちょっと待ってくれ。」

手帳を片手でまとめ、土方副長が手を伸ばす。
その手は私の頬に辿りついた。

「!」
「これでいい。」

ゆっくりと撫で、僅かに微笑む。

「っ、まま待ってください!」
「ん?」
「い、いくらなんでもこれは…っ」

接触しすぎだと思います!
これから働きにくくなると思います!
ま、まぁ悪い気はしませんけど。

…なんてことを言おうとすると、

「いつまで恋人同士みてェな絵を俺達に見せるつもりですかィ?」
“いい加減、反吐が出まさァ”

沖田隊長が盛大に溜め息を吐いた。

「ナンパなら、よそでやってくだせェ。」
「ナンパじゃねェよ!被害者の確認だ。」

…被害者?

「確認とか言って、本当は軒下にでも隠れてストーカーする気なんじゃねェんですかィ?」
「近藤さんと一緒にすんな。」
「トシひどい!俺ストーカーじゃないもん!」

近藤局長が顔を手で覆って首を振る。

「俺は四六時中、自らの意思で好きな人を守ってるだけだもん!」
「大体はそれをストーカーっつーんだよ…。」
「土方さんも似たようなもんですぜ。」
「どこがだ!俺は真面目に仕事してんだろォが。」
「よく言いまさァ。髪とか頬とか触っておきながら。」
「あれは汚れてたんだよ。」
「え、汚れ?」

思わず、話に割って入る。

「汚れって、私にですか?」
「ああ。ほら、まだ付いてる。」

そう言って、土方副長が私の髪に触れた。

「砂ぼこりみてェだし、おおよそ桂の時に汚れちまったんだろ。」
「あ、ああ……そうだったんですね。」

なんだ…、
一目惚れして、私の髪を撫でたわけじゃなかったのか。

「俺ァまだ納得できやせんねィ。住所や名前を聞く必要性は?」
「あれは桂の件で報告書を作成するためだ。」
“誰かさんが一般人を巻き込んだせいでな”

土方副長が沖田隊長を見る。

「お前が派手にぶっ放さなけりゃ、報告書なんて書かずに済んだんだがなァ?」
「それに関しては土方さんにも責任がありやすぜ。」
「はァ!?なんでだよ!」
「俺をこの役に選んだのは土方さんでさァ。」
「……チッ。」

バツが悪そうに視線を逸らす。
そんな土方副長の肩を、近藤さんが叩いた。

「まァまァトシ。思ったよりも隊士が残ってくれたし、良かったじゃないか。」
「多すぎだ。あと5人は削る。」
「いや、十分だよ。」
「本気か?」
「もちろん本気だ。」

近藤局長がニッと笑う。
土方副長は仕方ないといった様子で息をついた。

「わかった。アンタがそう言うなら。」

新しい煙草を取り出し、火を点ける。

私も含め、
そこに立つ全員が、よく分からない状況にポカンとしていた。

そんな私達を、土方副長は煙草をひと吸いして見回す。


そして、


「今現在、ここに残っている志願者についての合否を言い渡す。」


いきなりそう言った。
というか、面接もまだ…


「全員合格。」
「「!」」


突然の発表に、屯所内がザワッとする。

「俺達が合格?」
「何もしてねェけどいいのか?」

困惑する志願者の声に、近藤局長は大きく頷いた。

「間違いなく、キミ達は本日付で真選組の隊士だ。」
「試験も面接もなくていいんすか?」
「いや、実は既にどちらもさせてもらった。」


近藤局長が言うには…
先程の乱闘騒ぎが全てを決めるものだったらしい。

『状況に応じた判断をし、次の行動に移れるか』
攘夷志士のおかげで少し予定は狂ったそうだが、そういう段取りだったそうだ。


「でも俺、何も行動してないのに…。」

気弱そうな男性の声に、『俺も』と声が続く。

「なァに、“行動しない”というのも行動だ。」
「動かないことが…?」
「ああ。中には何も考えてなかった奴もいるかもしれないが、それもまた必要な行動の1つ。」
“全員が同じ考えでは、生き残る術も1つしか浮かばないからな”

近藤局長は「しかしながら、」と人差し指を出した。

「考えは違っても構わんが、気持ちは同じでなければならない。」
「気持ち…」
「なに、単純なことだ。我々は日々、人々が江戸で幸せに暮らせるようにと行動している。」
“だから、そこを分かり合えないなら真選組には必要ない”

はっきりと言い切る表情は、凛としている。
そんな人の隣で、土方副長は細く煙を吐いた。

「お前らの中で、出来が悪くて引け目を感じている奴がいるなら気にすんな。俺達も優秀な方じゃねェから。」

そう言って、小さく笑う。

「ただここまでの話で、少しでも自分には無理だと思った奴は立ち去れ。」
“楽な仕事じゃねーから、無理強いはしねェよ”

直後、後ろでガタンと音が鳴った。
振り返ると、屯所の門番が扉に手を掛けている。

「3分後、あの扉を閉める。その時ここに残っていた奴は、俺達の同志だ。」

土方副長が辺りを見て、クイッと親指を後ろにさす。
すると真選組の隊士が全員、建物の中へと入って行った。

残されたのは、志願者の私達だけ。

「俺、どうしよう…。」
「悩むなら辞めといた方がいいんじゃねーか?」

ぼそぼそと交わす会話が聞こえる。
私も、正直迷っていた。

あんな話を聞いて、仕事のために潜入することが心苦しい。
真剣に未来を見て戦っている人達をけがしてしまいそうな気がする。

「…でも、」

私が帰れば依頼人を裏切ることになる。
依頼人の目的は、真選組隊士を増やすこと。

つまり、

「…やろう。」

心苦しいのは私の問題であって、断る材料にはならないということだ。

どんな生活になるか分からない。
だけど、入るからには一生懸命したい。

自然と、そんな風に心変わりしていた。



そして3分後。



「全員残ったか。」

私達は誰一人帰ることなく、屯所の門が閉められた。

「トシ、良かったな!」
「そういう喜びは陰でしろって。初めが肝心だって言ったのはアンタだろ?」
「そ、そうだな!よしっ、」

近藤局長が咳払いをする。
途端に顔が引き締まった。

「これより配属先を発表する。終(しまる)、こちらへ。」

呼ばれて出てきたのは、口布で顔を半分隠した明るい茶髪の男性。

「彼は三番隊隊長、斉藤終だ。」
「……。」

紹介を受け、黙ったまま頭を下げる。
ふわふわと柔らかそうな髪が揺れた。

顔つきといい、髪型といい、ちょっと師匠に似てるかも。

「今回入隊した諸君は、全員この三番隊へ入ってもらう。」
「全員っすか?大所帯だ…」
「そうでもないさ。今は終以外に隊士がいないから。」
「「え!?」」

隊士がいない隊って…どういうこと?

「ともかく。終は真選組で一、二を争う腕の良い男だ。ぜひ鍛えてもらってくれ。」
“少々無口だがな”

再び斉藤隊長が頭を下げた。

「……。」
「終、何か話すことはあるか?」
「……。」

首を振る。

「そうか。では彼らを三番隊の部屋へ案内してやってくれ。」
「……。」

斉藤隊長が頷く。

近藤局長…、
少々無口というか、今のところほぼ無口ですけど。

「……。」

斉藤隊長は、こちらをチラッとだけ見て歩き始めた。

あれは、ついてこいってこと…だよね?
何となくそれを感じ取った全員が歩き出す。

そこを、


「早雨 紅涙さんは待ってくれ。」


土方副長に呼び止められた。

もう名前を覚えてくれたんだ!
なんて少し感動していると、土方副長が門の方をアゴでさした。

「出口はあっちだぞ。」
「…え?」
「ついて行こうとしてたみたいだが、あれは新入隊の奴らだから。」

…え、えっと。

「私もですけど。」
「何が?」
「私も、新しく入隊する隊士です。」
「……、…ごめん。ちょっと電波悪いみてェだわ。」
「電話なんてしてませんけど。」

冷たい視線を送ると、土方副長が頬を引きつらせる。

「いや、え、マジで言ってんのか?」
「はい。」
「あー…、辞めといた方がいいだろ。」
「どうしてですか?」
「綺麗な仕事じゃねェし、色々と精神的に来るものあるだろうしよ。」
「わかってます。私も帰ろうか悩みました。でも、近藤局長と土方副長の話を聞いて気持ちが固まったんです。」

ここへ来た時は、報酬のためだけだった。

けど、今は違う。

「私、頑張ります。」
「アンタの気持ちは有り難いが、女を取る気は…な。」

そんなことだろうと思った。
男限定の募集じゃなくても、暗黙の了解があるものだ。

しかしそれも想定内。
私は土方副長を見据え、強気で出た。

「真選組ともあろう人達が、男女差別をするんですか。」
「!…い、いや違う。これは気を遣って言ってるだけであってだな、」
「それなら必要ありません。私を他の隊士と同じように扱ってください。」
「そうは言っても…」
「全員合格って言いましたよね。私も合格のはずです。」
「ぐっ…、」

もうひと押しだ。

「まさか真選組が嘘なんてつきませんよね?」
「て、めェ…」

土方副長の眼がギラッと光る。

「随分と図々しい女じゃねェか。」

怒ったのかと思ったけど、どうやら違った。


「…上等だ。」


土方副長は右の口角を上げて笑う。

「あとで泣いて、帰りたいつっても知らねェからな。」
「のぞむところです!」

よし、これで入隊は決まった…!
そこへ、

「トシ〜?送ってってやるのか?」

のんびりと近藤局長がやって来た。
私は頭を下げ、撤回されない内に履歴書を差し出す。

「本日より三番隊に配属された早雨 紅涙です。」
「え!?さ、三番隊って」
「志願者の一人だったんだってよ。」
「志願者って……」

やっぱりこの人も反対するよね。
どうにかして言いくるめなきゃ…なんて考えていたけど、


「ほんとに!?うちに女性隊士なんて初めてだよ!」


近藤局長は嬉々として笑顔を浮かべ、


「ようこそ、真選組へ!」


私の右手を取り、ぶんぶん振りながら握手した。


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