30


策に出会う


「土方副長が戻って来たんですか!?」

私の声が決して広くない建物に響き渡る。
無意識にも、他の隊士が振り返るほど大きな声になった。

「す、すみません…。」

山崎さんは目を瞬かせた後、クスッと笑う。

「会いたいんですね、副長に。」
「え!?いっ、いや…えっと……」
「俺達も同じですよ。」
「…それって、」
「はい。」

弱く笑みを浮かべたまま、やんわりと頷く。

「戻ってません。副長も、沖田隊長も。」
“戻って来たら怒られるだろうなって話です”

そう、だったんだ…。

「大丈夫ですよ、早雨さん。」

山崎さんが私の肩にポンと手を置く。

「二人はすぐに戻ってきます。それまでに、局長を救出する策を練っておきましょう。」
“で、戻ってきた二人を驚せてやるんです!”

拳を握る姿に、思わず笑みがこぼれた。

そうだよね、
みんながいれば大丈夫。

みんなが、いれば……。


けれど。
2日経っても3日経っても、
土方副長と沖田隊長が戻って来ることはなく、

ただ隊士の数だけが、少しずつ変わり始めた。
次第に、人数が減っていく。

「心配ないですよ。みんな、自分に出来ることをするって、…少し出てるだけですから。」

山崎さんはそう言ったけど、実際は分からない。
もしかしたら将来を不安に思い、出て行ったのかもしれない。

時間が経つと心も離れる。
出来るだけ早く次の行動に移らないと、真選組は本当に……

壊滅する。

「早雨さん、万事屋って今日ヒマそうでした?」
「仕事は入ってたみたいですけど…何か用事ですか?」
「ええ。やっぱりちょっと力を貸してもらおうかなって。」

苦笑いを浮かべ、頭を掻く。

「いろいろ斉藤隊長と考えてたんですけど、何をするにも人数が足りないんですよね。」
「人数…?」
「真選組の隊士だけで幕府を敵に回すのは無謀なんです。だから、どうにか即戦力となる人材が欲しくて。」
「それで師匠を?」
「はい。腕に自信のある奴を知らないかなと。欲を言えば一人じゃなく、集団だと有難いんですが。」
「うーん…」

それはかなり…

「難しいですかね。」

山崎さんが苦笑する。
私も似たような顔をして頷いた。
 
「ですね。集団というと、攘夷浪士くらいしか思いつかなくって。」
「やっぱそうなりますよね〜。そりゃァ即戦力ですけど、さすがに真選組が反幕府と手を組む…のは……、…。」

山崎さんの表情が徐々に曇る。

「アレかな…。今は、ウチも似たようなものかな…。」

……、

「…そうですね。やろうとしていることだけを見れば…同じかもしれません。」
「俺達が反幕府か…。こんなことになるなんて、考えもしなかったな。」
「今と昔では環境が違いますから。」

好きで幕府に逆らうわけじゃない。
江戸のことを思ってないわけじゃない。

「真選組はこれまでと同じ信念の元、理不尽に連行された人を連れ戻すだけですよ。」

周りからどんな風に見られても、真選組は真選組。


『そんな奴がよくも偉そうに言えたもんだな』


…私に言う資格はないのかもしれないけど、

「大丈夫です。真選組を悪く言う人なんて、きっといませんから。」

少なくとも、それは確かだ。
山崎さんは「そうですよね」と口元に笑みを浮かべる。

「俺達は間違ってない。近藤局長を取り戻すことが、江戸の治安を護ることに繋がる、ですよね!」
「そう思います。」
「よし!なんか、早雨さんのお陰でモチベーションが上がりました!」

ぐっと拳を握り、意欲に燃える。
表情は目に見えて明るい。

「俺、早速話しに行って来ます!」
「えっ、行くってどこへ…」
「攘夷浪士のところです。これからを考えると、背に腹は代えられません。」

「それじゃ!」と山崎さんが軽く手を上げる。
私はその背を慌てて引き留めた。

「ちょ、ちょっと待ってください!一人で行くなんて、いくらなんでも危ないですよ!」

相手は今まで敵対していた攘夷浪士。
もしかすると弱味に付け込まれ、ここぞとばかりに潰されるかもしれない。

「私も一緒に行きます。」

力になれるか分からないけど、時間稼ぎくらいにはなる。
けれど、山崎さんは首を横に振った。

「早雨さんは他をお願いします。」
「他?」
「はい、他です。俺達には出来ないことです。」

それって…何だろう。

「私にしか出来ないことなんて…ありますか?」
「ありますよ。江戸に…真選組に、一番大切なこと。」

一番…大切……?

「だから俺の心配はしないでください。何度か潜入したこともありますし、斉藤隊長にも声を掛けて行きますから。」
“それじゃあ今後こそ行ってきます!”

山崎さんは私に答えを与えないまま立ち去る。

置き去りにされた私は、
当然、『一番大切なこと』に悩まされ…


「ぜんぜん分かんない……。」


ぼんやりと無意味な時間を送ってしまった。

仮の屯所を出て、街を歩いてみる。
行き交う市民は皆、どことなく暗い。

これも全て、将軍のせい。
権力で治めるようとする、喜々のせい。

「この江戸に…大切なこと……」

住民の生活を、茂々様が治めていた時と同じ水準にすること。

そのためにはまず、近藤局長を救出しないと始まらない。
だけどそれを成すために、山崎さんは攘夷浪士の元へ向かった。

なら次にすることは?

「みんなで攻め込むだけ……だよね。」

あとはもう、
真選組の皆で近藤局長のところへ行くくらいしか…

「…あ。」

そうか、分かった。

「山崎さんは、皆を集めろって…言ってたんだ。」

それも、私にしか出来ないというあの口振りは、


『他の奴らに見せられない部分も、キミになら見せられると思うんだ』


おそらく、近藤局長の言葉と同じ意味。

しかし私は土方副長に会えない。
土方副長が…望んでない。

「どうすればいいんだろう…。」

自然と溜め息が漏れる。
そこへ、


バサッ!!


「っわ!?」

目の前に、
ほんとに真ん前に、何かが降ってきた。

地面に落ちているその『何か』は、

「花束…?」

綺麗に束ねられた、花束だった。

「なんでこんなのが上から…」
「すまぬな。」
「!?」

どこから聞こえた声に、辺りを見回す。
建物を飛び移るような影が見えた。
かと思うと、ふわっと風が吹き、

「…えっ、」
「女、怪我はないか。」

目の前に、一人の男が立っていた。
黒く長い艶やかな髪。
この人…、

「桂小太郎!?」
「桂小太郎ではない。かつ…、…いや、合ってるな。」

桂小太郎はアゴに手を当て、「つまらん」と呟く。

「もう一度ボケるところからやり直せ。」
「何のために…って、それよりも!」

私は花束を強く指さした。

「これ!危ないじゃないですか!」
「安心しろ。今日で終わりにするつもりだ。」

桂小太郎が花束を拾う。
それを私に差し出した。

「お前にやろう。」
「え、いや…」

くれるって言っても、
上から落ちた衝撃でかなりクタってるんですけど…。

「遠慮するな。既に友には捧げ終えている。」
"あの世へ旅立った友へな"

余計に貰いにくいんですけど!

「あ、あの結構です。お気持ちだけで…すみません。」

花を突き返す。
すると、桂小太郎が顔を覗きこんできた。

「っ!?な、何ですか。」
「女…、どこかで会ったことはないか?」
「…ありますよ。真選組の…面接会で。」
「なに!?ならば貴様は真選組の隊士ということか!」

懐に手を差し入れ、何かを取り出そうとする。
私は特に焦ることもなく、「捕まえませんよ」と言った。

「むしろ、今は手を借りたいくらいですから。」
「手を?真選組がか。」
「はい。さっき、山崎さんも話に行きました。一緒に戦ってくれないかって。」
「…どういう風の吹き回しだ。」

怪訝な顔をする。
そりゃそうだ。

「私達だけでは人数が足りないんです。今の幕府を敵に回すには…もっと力が必要で。」
「幕府を敵に?…くく、そうか。」

桂小太郎は楽しげに腕を組んだ。

「お前達にしては、なかなか面白い決断をしたようだな。」
“いや、当然と言えば当然か”

浅く数回頷く。
見たところ、手応えがありそうに思う。

ここは思いきって真っ直ぐ頼めば、もしかするかも…。

「力を…貸してくれませんか?」

顔色を窺う。
桂小太郎は、「ほう」と片眉を上げた。

「共闘か。興味深い、よかろう。」
「っ、ありがとうございます!」
「しかし我らと手を組むとは、ヤツの判断にしては珍しい。」
「ヤツ?」
「土方だ。あやつは維持でも頼らぬと思っていたのだがな。」
「……土方副長は、いませんから。」
「まだ戻ってないのか。」

『まだ』って…

「知ってるんですか?」
「当たり前だ。江戸で知らぬことなどない。」

フフンと鼻を鳴らし、「ならば」と続ける。

「この策に土方は入っていないというわけか。」
「…今のところはそうです。私達は入ってもらいたいんですけどね。」

ちゃんと"真選組"で、近藤局長を迎えに行きたい。

「そのためにも、私が土方副長を説得しなければいけないんですが…、…。」
「なんだ。」
「二度と俺の前に現れるなって、言われてしまって。」

あの瞬間を思い出すと、胸が苦しい。
何度となく、夢なら良かったのにと思った。

「やっぱり、他の誰かに呼びに行ってもらおうかな…。」

私じゃなく、
他の隊士の誰かに、土方副長の説得を。

「やめておけ。」
「え?」
「ヤツを奮い立たせるなら、お前が良かろう。」

まるで確信しているかのように、しっかりと頷く。

「そう…ですか?」
「ああ。」

攘夷志士だし、大して知らない人だけど、
不思議と『この人が言うならそうかもしれない』と思わせる雰囲気を持っていた。

「ところで、女。名は何と言う。」
「早雨 紅涙です。」
「そうか。…紅涙、」
「はい?」

桂小太郎は私を見て薄く笑みを浮かべた。


「今夜、俺と共に来い。」
“お前に早速仕事だ”


- 30 -

*前次#