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望むもの


無事に入隊を果たして1週間。

「早雨〜、見廻りの時間だってよ〜。」
「はーい!」

私は隊服を身にまとい、
三番隊の隊士として日々を過ごしていた。

けれど、順風満帆というわけではない。

「えっと、刀は持ったし、携帯もあるし…」

身支度を確認しながら廊下を歩いていると、後ろからドンッと押される。

「いっ…、」

よろけて振り返ると、同じ三番隊の隊士が私を見下ろしていた。

「邪魔。歩くの遅いんだけど。」
「…すみません。」
「特別待遇だから協調性が足りないんじゃねェの?」

反論したい気持ちを押し留める。
隊士はフンと鼻を鳴らして歩いていった。

「特別待遇…か。」


『他の隊士と同じように扱ってください』


あの日、
私はそう言って真選組に入れてもらった。

けど、やっぱり全てが“同じように”というわけにはいかなくて。


「早雨君の部屋は別にしよう。」
「だな。さすがに、他の隊士みてェに大部屋へ入れるわけにはいかねェ。」
「そんなお気遣いはいりません!」
「いやいや、これは皆のためでもあるんだよ。何せ、男所帯の中に女性が一人なわけだから。」
「隊士といっても、完全に欲を抑えられるとは限らねェからな。問題が起こってからじゃ遅い。」
「…わかりました。」


私だけ小さな個室をあてがってくれたり、


「早雨、これからは一番風呂に入れ。」
「えっ、いえ…私は最後で大丈夫ですよ。」
「やめとけ、最後とか壮絶だから。見たくねェもん見て、トラウマになるかもしんねェから。」
「い、一体何があるんですか!?」
「色々。まァお前がどうしても最後がいいって言うなら、それでも構わねェが。」
「……一番風呂をいただきます。」


私の一番風呂が決まったり。
なんだかんだで、“女”の部分が『特別待遇』を生む。

それは過ごしやすく、快適なものだ。

一人部屋であれば、
着替えも、依頼人へ送る報告メールも人目を気にせず出来る。
一番風呂であれば、
熱い湯船に浸かれて、ビチャビチャに濡れた床を踏むこともない。

快適。本当に。

だけど…
居心地は、良くない。


「なんで何も言わなかったんだよ。」

廊下でぼんやりしていた私に、声が掛かった。

「土方副長…、」
「さっきの奴、早雨が邪魔でも何でもねェのに、わざと当たって行ったんだぞ。」
「見てたんですか?」
「偶然な。」

土方副長が、廊下の先を見る。

「アイツ、お前と同じ三番隊だよな。あとで俺から言っとく。」
「いっいえ!結構です。」
“特別待遇なことは本当ですし…”

注意なんてしてもらったら、
それすらもまた『特別待遇』だと言われかねない。

「これからは、あんな風に言われないくらいキビキビ動きます。だから平気ですよ。」
「……。」

実際のところ、
三番隊の中で私を仲間だと認めてくれている人は少ない。

ひがみ、ねたみ。
ただの偏見もあるかもしれない。

何にせよ、
泣いて逃げ出したり、誰かに甘えるのは嫌だから。

「それでは市中見廻りがあるので、失礼します。」

私は、私自身の力で立ち向かう。
たとえ、実力不足でも。



それからしばらく経っても、
真選組に大きな任務は入らなかった。
三番隊の仕事も、主に市中見廻りだけ。

「早雨 紅涙、ただいま見廻りから戻りました。本日も異常ありません。」
「……。」

いつものように斉藤隊長が頷く。

この人は相変わらず無口だ。
入隊してもうすぐ1ヵ月だけど、まだ声を聞いたことがない。

「では私は道場で稽古して来ます。何かあれば呼んでください。」
「……。」

再び斉藤隊長が頷くのを見て、部屋を出た。

その直後、

「お前さァー、」

苛立ちをはらんだ声に足を止める。
声の主は、わざとぶつかってきたあの隊士だった。

「斉藤隊長に気に入られようとしてんのか知らないけど、自分の手柄みたいに報告すんなよ。」
「そんなつもりは…」
「そう聞こえたっつってんだよ。」
「……そうですか。」

謝る気にはなれなかった。
相手にする気もなくて、立ち去ろうとすると腕を掴まれた。

「決闘しろ。」
「えっ…、」

『決闘』
揉め事が話し合いで解決しない場合、真選組は度々それで解決している。
…と言っても刀で戦うのではなく、竹刀だけど。

「俺と決闘しろ、早雨 紅涙。」

入隊してからも、3回ほど道場で行われていた。
意見の不一致が多いのか、大勢の前で実力を見せたいだけなのかは分からない。

「…決闘はしません。」
「はァ?ビビってんのか。」
「…心配しなくても、私にはアナタほどの実力はありませんよ。」

しまった。
少しイラッとして、イヤな言い回しをしてしまった。
案の定、隊士の表情には苛立ちが溢れている。

「俺と戦え!お前が負けたら真選組を辞めろ!」
「どうしてそこまで…」

“私を追い出したいんですか”
その言葉は声になる前に、消えた。


「辞めるのはお前だ。」


土方副長の声で。

「ど、どうしてっすか!俺は何もっ」
「決闘の有無は自由だ。ただし、決闘の結果に真選組を辞めさせる権限はない。」
「っ…!」
「お前、局中法度を読んでねェだろ。『隊長クラス以下の者は、進退を条件に決闘してはならない』。」

土方副長がゆったりと隊士の前に立った。

「あんま好き勝手やってると、本当にクビにすんぞ。」
「くっ…、」
「必要なら、俺が決闘を受けてやってもいい。いつでも言え。」
「っ、し、失礼します。」

隊士が悔しそうに唇を噛んで立ち去る。

「ったく。女みてェな性格だな、アイツ。」

私は複雑な気持ちだった。

追い払ってくれて、嬉しい。
でも、余計なことをされたという気持ちも重なってる。

「…お手数おかけしました。だけど――」
「わかってる。」

土方副長が懐から煙草を取り出す。

「口を出してほしくなかった、だろ?」
「…はい。」
「俺も見て見ぬふりをして部屋に戻るつもりだった。」
“けど、あれは釘を刺しとかねェと危ない奴だ”

煙草に火を点け、煙を吐いた。

「いつどんな風に暴れて、真選組を引っ掻き回すか分かんねェからな。」
「……つまり、」
「ああ。さっきのはお前を守るために口を出したわけじゃねェってことだ。」
「そう…だったんですね。」

チクッと胸が痛む。
まるで、私のためじゃなかったことに傷ついたみたいに。

「…失礼します。」

傷つくなんて、変だ。

「早雨、」
「…まだ何か。」

土方副長の声に、足を止める。

「…心配、すんなよ。」
「……え?」
「俺達はお前を入隊させた。その時点で、お前は同志だ。」

この人は…、

「早雨が望んだ通り、他の面では皆と同じように扱ってるから、」

この人は不思議と…、


「周りなんて気にせず、頑張れよ。」


私の欲しい言葉をくれる。

「土方…副長、」
「ん?」

私がここにいるのは、長くて2年。

けれど、
その日が来るまで、

「ありがとう…ございます。」

私は、真選組であろうと思った。


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