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別れのケジメ


『決闘』?
決闘って…真選組にいた時に聞いた、
揉め事が話し合いで解決しない場合に解決するっていう…

アレのこと?
私と…、…土方さんが?

「何…言ってるんですか…?」

そんなの、やるわけないじゃないですか…。

「これを使え。」

竹刀を差し出す姿に唖然とする。
向けられる眼は、真剣そのものだった。

「…どうして…、…。」

どうしてこうなった…?
私は『皆と同じように扱ってくれなかった』と言ったけど、
よりにもよって、決闘だなんて…。

「ほら、早くしろ。」

受け取れと、土方さんは竹刀を突き出し続ける。

「本気…ですか?」
「本気に決まってるだろ。時間ねェっつー時に、こんなことしねェよ。」
「……、」

竹刀を見る。
都合よく、そこにあった二本は、
もしかすると、こうなることを予想して用意していたのかもしれない。

そこまでして、私を連れて行かないための策を考えていた…ということなのかもしれない。

「遅い。」

土方さんが咥えていた煙草を踏み消す。
その足で私の前まで来ると、動かない私に竹刀を持たせた。

「出発前だからって手加減するなよ。」

長い指が手に触れて、

「遠慮なく来い。悔いが残らねェようにな。」

しっかりと私に竹刀を握らせる。
触れ合った手が、不思議なくらい温かく感じた。

「俺も加減しねェから。お前に言われた通り、他の奴らの時と同じようにちゃんと向き合う。」
「……、」

向き合ってくれるのは嬉しい…けど、
皆と同じように扱ってもらいたいと言ったけど…

「だからって…決闘なんてする必要…、…。」

…あれ?
でも待って。

「あの、土方さん。」
「なんだ。」
「決闘は隊士間の揉め事を解決する方法…ですよね。私、もう真選組の隊士じゃない…ですよ?」
「何言ってんだ。隊士だよ、お前。」
「え、」

いやいや…、

「違いますよ。実際、なんでも屋の私と契約したじゃないですか。」
「副業として"なんでも屋"を兼業するお前と契約したんだ。」
「なっ…、そんなわけ――」
「証拠1。」
「!」

唐突に、土方さんが懐へ手を差し入れた。
カサカサと音を鳴らして開いてそれは、一枚の紙。

「これはさっき、お前が受け取った解雇通知の複写だ。」

土方さんは私に書面を見せつける。

「この解雇通知には、早雨が今日付けで真選組を辞すると書いた。」
“今日付けっつーのは、今日が終わるまでな”

…うん、知ってる。

「だけどそれ…変だなと思ってたんです。私はもう辞めてるのにって。」
「辞めてないから解雇通知なんだよ。」
「だからそこがっ」
「証拠2。」

土方さんは解雇通知の後ろからもう一枚紙を出した。
また私に見せつけるその書面には、『協力依頼契約書』と書かれてある。

「なんでも屋の早雨と契約した時の紙だ。覚えてるな?」
「はい、…覚えてます。」
「ここに、お前が真選組へ再入隊する旨を載せてあった。」
「っえ!?」

まさかそんなっ…!

「みっ、見せてください!」
「どうぞ?」

土方さんが紙を差し出す。
私はすぐさま近寄り、その契約書を手にした。

「ココな。今度はよく見ろよ。」

指で示される。
長い文面の中に、その一文はあった。


『松平片栗虎、および近藤勲救出後は真選組に入隊する事』


「うそ…、」
「本当。お前はあの時、この契約書にサインしてんだよ。」

確かに私が書いたサインもある。
都合よく偽装したものには見えない。

「だ、だからって…」

『入隊する事』だなんて内容を…なんで?

「どうしてこんな内容をここに…」
「今みたいなことが起こった時のため。」

土方さんが手を差し出す。
見ている契約書を返せという意味だ。

「……。」

渋々、私は差し出された手に紙を返した。

「土方さんは…、…こうなることを予想してたんですか?」
「江戸を出るとまでは考えてなかったが、今まで通りの生活が出来るとは思ってなかった。」

懐に紙をしまい、代わりのように煙草を取り出す。
口に咥えて火を点けながら、「お前には酷な話だが」と言った。

「どんな処遇が下るか分からねェ状況で、無理矢理にでも納得させられそうな方法はコレしか思いつかなかったんだ。」

『無理矢理にでも』
そっか…、
土方さんは、始めから私を切り離せるように考えてたんだ。

「なんでも屋のお前と副長の名で契約したのは、入隊が絡む内容を含んでたから。」
“だから、早雨はまだ真選組の隊士であり…俺の部下なんだよ”

土方さんの頭の中で、私は…
私は皆と同じ隊士であって、皆と違う待遇の、
初めから、一緒に居られない存在だったんだね…。

「…お前が」
「?」
「お前が気付いてたのかは分からねェが、」

煙草を指に挟み、煙を吐く。

「一応のケジメとして、俺は早雨と契約を結んだ時から一度も名前を呼んでない。」

…あ。


『名前を呼ぶのは、俺が副長じゃない時限定だからな。そうしねェと周りに何言われるか分かったもんじゃねェ』


そういうこと…、言ってましたね。

「これが結構、大変だった。」

土方さんは肩をすくめ、小さく笑う。
私は、

「…真面目だなぁ。」

呆れに似た笑いが漏れた。
土方さんと同じ、小さな笑い。

「何もそこまでキッチリ守らなくても…。」
「そういうわけにはいかねェよ。俺は…、…副長なんだから。」

…ほんと、真面目な人だ。
私を切り離すために、ここまで考えてたなんて。

それが自分の幸せのためだと言いながら、
口から出る言葉は…、…私を想ってるだなんて。

始めから、私のことだけを考えてたなんて…、
土方さんらしくて…、
ほんと……、泣けますよ。

「どうする?」
「…え?」
「決闘、やめてもいいんだぞ。」
「……、」

そうですね…、
できることなら、したくないな。

「早雨が素直に見送ってくれれば、決闘なんてする必要ねェんだから。」

…けど、
嫌でも、勝てる見込みがなくても、
状況を変えるためには、受けるしかないじゃないですか。

「やめるか?」

土方さんの問いに、私は首を振る。

「…やります。」

握らされた竹刀を、自分の力で握り締めた。

「だって、…この機会を逃したら、次はいつ会えるか分からないから。」
「…大げさだな。」

…そうかもしれない。
一生会えないわけじゃないんだから。
もしかしたら、江戸を発った三日後に帰って来るかもしれないし。

だけど、反対だってあり得るんですよ。
たとえば十年後になったり、
タイミングが合わずに…一生、会えなかったり。

いつしか数えられない月日が経って、
江戸の思い出も薄れ、帰る気すら消えてしまうことだって、あるかもしれないんです。

だったら、
…そんなことを心配するくらいなら、

「このまま素直に見送って、私をなかったことになんて…させてあげません。」

あなたの中に、
『ああ、江戸には面倒な女がいたな』と、少しでも残せすために。

「受けますよ、土方さんからの決闘。」

私は、あがなえない壁に挑む。

「本気か?」
「…ふふ。土方さんがそれを言いますか。叩きつけてきたのは土方さんなのに。」
「いや、まァ…それはそうなんだが。」

私の態度が想定外だったのか、
土方さんは少し困惑した様子で竹刀に目を落とした。

おそらく、私の負けが目に見えているせいだろう。

「…大丈夫ですよ。」

私の声に、土方さんが顔を上げた。

「心配しないでください。私、勝ちますから。」
「フッ…。なんだ、その自信は。」
「彼女を負かす彼氏なんて、印象が悪すぎますし?」
「だから俺が負けてやるってか。笑わせんな。」

鼻を鳴らし、「言っただろ」と背中を向けた。

「やるからには、手加減なんてしねェよ。」

数歩離れ、私に向き直る。

「残念だが、俺も譲れねェんでな。」
「…、」

煙草を咥え直して、竹刀を構える。

「殺す気で来い。じゃねェと勝てねェぞ。」
「…そうですね。」

誰がこの瞬間を想像しただろう。
少なくとも私は、欠片も考えてなかった。

今こうして向き合ってることも、
思えば、土方さんと恋仲になることも。

「…未来って分からないもんですね。」
「なんだ?」
「何もありません。」

分からないから、この人にも挑めるんだ。
必ず勝つと、強く信じられる。

「始めましょう。」
「ああ。…だが怪我する前に諦めろよ。どうやっても俺には勝てないんだから。」
「勝ちますよ。」
「勝てねェよ。力の面でも技量の面でも、お前は俺より劣る。」
「だからって負けるかどうかなんて分かりません。」

竹刀を下に構え、腰を落とす。
実践で使わなかった師匠の教えが、こんなところで役に立った。

「行きますよ。」
「…ったく。」

土方さんが、仕方なしと言った様子で竹刀を構えた。

「なら、せめて俺に打たせるなよ。」
「だったら動かないでください。そうすれば、私が打ちます。」
「…そりゃ困るな。」

二人の間に、風が抜ける。
屋敷は異様なほど静まっていた。

でもきっと、どこからか見ているはずだ。
土方さんと同じくらい、心配性で…優しい皆だから。

「…いいか、早雨。」

竹刀を構えたまま、口を開く。

「約束しろ。」
「……。」
「俺が勝ったら、お前を置いていく。その時は潔く諦めろ。」
「…、…はい。」

負けられない。

「私が勝ったら、連れて行ってもらいます。土方さんも諦めてくださいね。」
「…ああ。わかった。」

絶対に、負けられない。

「約束だ。」
「…約束です。」

竹刀を強く握る。
二人の手に力が入り、握り締める音すら聞こえそうだった。

「行くぞ。」

――ジャリッ

踏み出した土方さんの足が、僅かな音を鳴らす。
その瞬間、もう目の前に竹刀が迫っていた。

「ッ!?」

身体を捻り、なんとか竹刀をかわしきる。

「よく避けたな。」

笑いを含む声が頭の隅に聞こえる。
顔を見る間もなく、次の振りが来た。

「っく、ッ!」

身を引き、避ける。

「どうした、逃げてばっかだと勝てねェぞ?」
「ッ、わかってます!」
「どうだか。すぐに終わらせてやるよ。」

勢いよく、私に目掛けて竹刀が振り下ろされる。
その一手を、

――ビシッ!!

自分の竹刀で受け止めた。

「へェ?やるじゃねーか。」
「このくらい…ッ私でも出来ます!」

だが打ち付けられた竹刀は、思っていた何倍も重く。
両手で支えていても、手がしびれて酷く痛い。

「無理すんなよ。」
「してませんッ!」

突き飛ばすように、土方さんの竹刀を押し返した。

「はァはァ…、次は、っ、私の番ですっ。」
「……。…言い忘れてたが、」

早くも息が上がる私を、涼しい顔が見下ろす。

「膝か背中が地面についた時点で勝負ありだからな。」
「わかってます、っ、よ!」
「おわっ!」

完全に隙を見せていた土方さんの足に蹴りを入れた。
カクンと膝が折れる。

「ッテメ…!」

僅かに状態が前へ傾いた隙に、
その肩へ向かって、勢いよく竹刀を振り上げ――下ろした。

「っと。」

が、そう上手くはいかず。

「今のは危なかったな。」

あっさりと土方さんに避けられた。

「ああっ惜しい!」
「あのなァ…、やり方が汚すぎるだろ。」
「勝てれば何でもいいんです!」
「おまっ…そういうとこも似てんのか。一体どんな風に坂田から教わったんだ?」
「え、…師匠?」

なんで今師匠の話が――

「隙あり。」
「ッ!!」

脇腹にビシッと竹刀が打ち込まれる。

「いッ…!」

始めは衝撃、続けて痺れ。
身体を守るものが服しかないせいで、手で押さえたいほどの痛みが走った。

「っ、く、ぅッ…、」
「大丈夫か?」
「大丈夫、…ッ、じゃない、かも…。」
「え、おい、まさか折れたとかじゃないだろうな?」

身を屈め、私の顔を覗き込む。
そこを、

「隙あり!」

狙わないわけがなかった。

「なッ…!?」

横から脇腹を狙い打つ。
土方さんの体勢からして、絶対に避けられない。

「ッく!」

けれど、土方さんは私の一撃を左手で掴んで止めた。

「うそ、受けられちゃうんだ…。」
「早雨…、」

文句を言いそうな険しい表情に、
私は余計なことを喋らせないよう、慌てて声を挙げる。

「むっムダですよ!『また汚い手を使って』とか言っても、やめませんから!」
「俺はそういう……」
「さっきも言いましたけど私は勝つためなら何でも――」
「コラ、聞け。」

握っていた私の竹刀を離し、土方さんが立ち上がる。
とっさに身構えたけど、特に仕掛けてくる様子はなかった。

「俺は『大丈夫なのか』って聞きたかったんだよ。」
「…え?」
「『え』じゃねェ。俺が打ったとこ、平気なのか?」
「あ……はい、平気…ですけど。」
「そうか。」

はぁぁと長く息を吐く。

「よし、じゃあ続けるか。」

……何、それ。
そこまで心配してくれるの?
私を負けさせるために打ったのに…?

「…土方さん、」
「ん?」
「……、」

やっぱり、最後は私を勝たせてくれるつもりなのかな。
土方さんは優しいから…、
自分の幸せより、私の幸せを優先してくれるのかな。

でも、それでいいの?
本当に…私はそれで……、…。

「どうした。」

…いや、悩むことないのか。

「すみません、なんでもないです。」

自分の気持ちのままに、挑めばいいんだ。

この決闘を終えた時が全て。
私達で出した結果に、従うだけだ。

「…始めましょう。」
「……ああ。」

どんな結果でも、
どちらかは受け入れなければならないんだから。

「…好きですよ、土方さん。」
「そういうのヤメろ。反則負けにするぞ。」
「ふふ。じゃあ…正々堂々と。」
「尋常に。」

互いの望む"終わり"だけを信じて、

「「勝負!」」

私達は、真っ直ぐに向き合う。
そこに去来する虚しさも知らず、ただ答えを出すために。


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