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優しい味


「んで?仕事がないから、真選組のグッズコレクターに成り下がったと。」

ある休日、
私は万事屋の玄関先で、師匠に警察手帳を見せて入隊の報告をした。

が、一向に信じない。

「久しぶりに来たと思ったら、何してんだかな。」
「久しぶりと言っても、まだ1ヵ月程度じゃないですか?」
「!…2ヵ月だ、バカ。」
「えっ、もうそんなに経ってたんだ。」
「……。…にしても、」

師匠が私の手にある警察手帳へ顔を近づける。

「よく出来てんな〜、これ。」
「だから正真正銘の本物ですってば。」
「どこで偽装したやつか知んねェけど、捕まる前に処分しとけよ。」
「もうっ!」

師匠には、ちゃんと報告しておきたいなと思って来たのに。

「私、真選組に入隊したんです!」
「はいはい、わかった。それで“なんでも屋”は辞めたっていう妄想話な。」
「妄想じゃありませんから!訳あって言えませんけど、私は今も“なんでも屋”であってですね、」
「へェ〜…。」

もの言いたげに片眉を上げる。

「な、なんですか。」
「フフン。」

ニヤッとした笑みを浮かべ、細く息を吸い込んだ。

「街ゆく皆さーん!早雨 紅涙は公務員なのに副業してるんだってよー!」
「ちょっ、師匠!声が大きい!!」

何をするのかと思えばこの人はっ!
慌てて師匠の口を塞ぐ。

「そういうことを叫ばないでください!あと、私の名前も!」
「ふぁんへ?」

私の手の中で、くぐもった声を出す。

「今日は誰にも行き先を告げずにここへ来てるんです。真選組は万事屋と仲良くしちゃいけないそうですから。」
「……。」

過去に何があったのかは知らない。
だが、土方副長と師匠の仲は相当悪いらしい。

「ですから、できるだけコッソリしていただかないと…」
「ふぁっふぁら」
「え?」

塞いでいた手を放そうとする。
けれど、それよりも先に師匠が私の手首を掴んだ。

「…だったら、」

手首をギュッと握り、ゆっくり放す。
私を見る瞳は、


「うちに来るなよ。」


とても鋭かった。

「え…、あの」
「お前ら真選組の都合に、俺達を巻き込むな。」
「師匠…、」
「だから俺は師匠じゃないって。しつけェんだよ、お前。」
「っ…。」

初めて、本気で言われたような気がした。

「…もう来んな。」
「でっでも真選組と万事屋の仲が悪くても、私は」
「入隊したんだろ?ならお前との付き合いもこれまでだ。」
「そんな……。」
「帰れ。」
「っ、」

師匠は背を向け、部屋の中へ入って行く。

「し、…っ…」

『師匠』
呼ぼうとした声は、喉の奥で詰まって消えた。



「どうした。」

問いかけられ、ハッとする。
顔を上げると、土方副長と目が合った。

「え…、」

ここ…屯所の玄関?
私、いつの間にか帰ってきてたんだ。

「何かあったのか?」
「いえ…、」
「……。」

探るように、じっと見つめられる。
気まずくて視線を逸らした。

「早雨。」
「…はい。」
「甘いもんは好きか?」
「……え?」

顔を上げる。
土方副長は、アゴで屯所の中をさした。

「ちょっとツラ貸せ。」
「…はい。」



言われるままに、あとをついて行く。
土方副長は、副長室に入った。

「ここに座れ。」

煙草を机に置き、座布団を敷いてくれる。

「んで、これ食え。」

出されたのは、お饅頭2個だった。

「…これは?」
「こしあんの饅頭。」
「そ、そうじゃなくて。どうして私に…?」
「俺は甘いもん食わねェから。捨てるのは勿体ねェだろ?」
“いい加減、鉄も好みを覚えろっつーんだ”

『鉄』…、
ああ、土方副長の小姓だ。

「なんだ、お前も食えねェのか?」
「いえ、好きですけど……、」

皿に載ったお饅頭を見る。
おそらく、お茶請けだ。

これを食べさせるために、わざわざ私を部屋へ連れてきたの…?

「…もしかして土方副長、」
「なんだよ。」
「私を元気づけようとしてくれてるんですか…?」
「……、……別に。」

ふいっと顔を背ける。
机から灰皿を取ると、畳の上へ置いた。


「足りなかったら言え。持ってこさせる。」


うわ……、
この気遣い、なんか口元が緩む。

「…土方副長って、優しいですよね。」
「っ、はァ!?なんだよ、急に。」
「面接を受けに来た時から思ってたんです。真選組に入るか決める時も3分くれたり。」
「あれは事前に決めてたことだ。」
「その後ですよ。」
「あと?」
「はい。あの時、土方副長は隊士全員を屯所に戻しましたよね。」
“あれって、帰りやすい環境を作ってくれたんじゃないのかなって”

土方副長が少し視線を彷徨わせる。

「あれも…決めてたことだ。」
「それならどうして皆は自ずと戻らず、わざわざ土方副長の指示を待ったんでしょう。」
「……うるせェな。そういう段取りだったからだよ。」

懐に手を入れる。
だけど、すぐに小首を傾げた。

「あァ…?」
「煙草をお探しですか?」
「ああ。」
「さっき、机に置いてましたよ。」
「!」

気恥ずかしそうに机の上の煙草を取る。
手早く火を点ける様子は、照れ隠しに見えた。

「…ふふっ、」
「笑うな。」

やっぱり、優しい人だ。

厳しくても、素っ気なくても、
この人は常に誰かを想って行動してる。

「土方副長、」
「んだよ。」
「お饅頭、いただきます。」
「…おう。」
「あと、私の話…聞いてくれますか?」
「……。」

土方副長が、じっと見る。
私を探るその視線から、今度は逃げなかった。

「…早雨。」
「はい。」
「饅頭食いながらでいい。」
「…ふふっ。はい。」


私は土方副長に、師匠とのことを話した。
もちろん名前は出さなかったし、私が“なんでも屋”であることも話さない。

ただ、自分には尊敬する師匠がいることと、
師匠には、犬猿の仲の相手がいることを言った。

「訳あって、私がその相手にお世話になることになったんですけど…、」
「怒られたのか?」
「いえ、『もう来るな』って。」

私は弱く笑う。
土方副長は、少し眉を寄せた。

「師匠ってのは、剣術か何かか?」
「そう、ですね。剣術も生き方も…でしょうか。」

お饅頭をひとくち食べる。
こし餡の甘さが、やわらかに広がった。

「今までどんなことがあっても助けてくれた人だったから、すごくショックで…。」
「それ、師匠がヤキモチやいてるだけじゃねェか?」
「ヤキモチ?」
「ああ。早雨が、自分以外のヤツに世話になったってことに。」

土方副長が何本目かの煙草に火を点ける。

「今度会いに行ってみろよ。意外にコロッと変わってるかもしんねェぞ?」
「それは…ないと思います。私が別のところでお世話になっている限りは。」
「お前はそこで世話にならねェといけねーのか?」
「はい。」
「師匠のために?」
「いえ、依…、…自分のためです。」
「……。」

土方副長が灰皿のふちで軽く煙草を叩く。
私は、じわりと赤く燃える灰を見ながら自嘲した。

「暗い話をしてすみません。そもそも私、師匠に弟子と認めてもらってないんですよ。」
“だから、『いい加減にしろ』っていう意味で、拒まれたのかもしれません”

そうだよ。
こうして話してみて、気付いた。

始めから師匠は私を認めてなかった。
そんな私が、師匠の嫌いな真選組になったんだもの。

今まで以上に拒むのは、当然だ。

「よっぽど慕ってんだな、そいつのこと。」
「…そうですね。心のよりどころみたいな感じでした。」
「それって…、……。」
「なんですか?」
「…いや、なんでもねェ。」

土方副長が煙草をもみ消す。

「なんつーか…、的確なアドバイスらしいもんは思い浮かばねェけど、」

灰皿を机の上へ戻し、私を見た。


「また、甘いもん食いたくなったら来いよ。」


それって…、

「いつでも私の話を聞いてくれるってことですか…?」
「勝手に解釈しろ。」
「じゃあ、…そう思っておきます。」

こういうこと、他の隊士にもしてあげてるのかな…?

もし違うなら、
私だけなら……

ちょっと嬉しいな。


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