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副長の悩み


大面接会なんて、俺は反対だった。

「なら真選組に未来がないだけだぞォ?トシ〜。」
「…わかったよ、とっつぁん。」

隊士不足。
背に腹はかえられない。

それが女まで入れることになるとは、思いもしなかった。


『私、頑張ります。』


宣言通り、アイツは頑張ってる。
けど、環境は悪い。


「今日の見廻り、俺と早雨なんだよなー。」
「マジかよ〜。いいじゃん。」
「はァ?良くねェし。攘夷に襲われてでもみろ。ぜってェ足手まといになるっつーの。」
「え〜。でも野郎と行くより良くね?アイツ、なんか良い匂いするしよ〜。」
「ああそれ分かるかも。同じシャンプーなのに、女ってだけで不思議と――」

「おい、お前ら。」
「「!」」
「暇してんなら掃除なり何なり、やることあんだろーが。」
「は、はい…!失礼します。」
「ったく。」


早雨は頑張ってる。
頑張ってるからこそ、他の奴らと同じように過ごさせてやりたい。

そう思って、
ああいう話をしている隊士を見つけては蹴散らせた。

でも、このやり方にはリスクを伴う。
わざと早雨にぶつかった隊士も、過去に俺が注意した奴だった。

「…お手数おかけしました。だけど――」
「わかってる。」

わかってんだ。
お前に言わせれば、これすらも“不平等”な要因の1つだよな。

けどよ、
俺も副長として、何もしないわけにはいかねェんだ。

だからせめて、

「いつどんな風に暴れて、真選組を引っ掻き回すか分かんねェ。」

お前の重荷にならないように、
俺は、真選組のためだと言った。

それなのに。

「そう…だったんですね。」

早雨が、目を伏せる。

「…失礼します。」

頭を下げて、立ち去ろうとする。
その表情は落ち込んだみたいで。

「っ……。」

とっさに、コイツが行っちまう前に何か言わねェとって思った。
でも何を言えば分からなくて……、

「早雨、」
「…まだ何か。」

話す内容もまとまらないまま、俺はお前を呼び止めた。

「…心配、すんなよ。」
「……え?」
「俺達はお前を入隊させた。その時点で、お前は同志だ。」

余計なことして、悪かった。

「早雨が望んだ通り、他の面では皆と同じように扱ってるから、」

ありきたりなことしか言えねェけど、

「周りなんて気にせず、頑張れよ。」

その時に気付いた。
俺は、アイツの落ち込んだ顔が苦手だ。

どうにかしてやりたいけど、どうしていいか分からない。

だから、
暗い顔して玄関に立っていた時も、

「早雨。」
「…はい。」
「甘いもんは好きか?」

饅頭で釣ったんだ。



「今日ばかりは、鉄を褒めてやるか。」

カラになった皿を見ながら呟く。
先程まで載っていた饅頭は、2つとも早雨が食べて行った。

「にしても、アイツに師匠がいたとは…。」

『来るな』と拒まれて、あれほどまで落ち込む相手。
その原因は、早雨が師匠と犬猿の仲にある相手の世話になってるからだと言う。

「…なら、どうして真選組に入った?」

今も世話になってるんだろ?
ソイツの指示で真選組に入ることを決めたのか?


『よっぽど慕ってんだな、そいつのこと。』
『…そうですね。心のよりどころみたいな感じでした。』
『それって…、……。』
『なんですか?』
『…いや、なんでもねェ。』


「男……だよな。」

アイツの師匠ってどんな奴だろう。

あれだけ慕っていて、
あんなにも大切そうなことを言うなら…

「好き…なんだろうな。」
「好きですぜ。」
「!」

びくりと身体が揺れる。
振り返ると、襖の隙間からニヤニヤした目が見えた。

「ちなみに小姓の鉄も好きでさァ。」
「…何の話だよ。」
「甘いもんの話じゃないんですかィ?」
「お前っ、どこから話を聞いてやがった!?」
「人聞きの悪い言い方をしないでくだせェ。俺ァ饅頭が余るか期待してただけでさァ。」

こいつ…っ、
聞いてたんじゃなくて見てたのか!?
ま、まァ何もやましいことはねェけどよ。

「ところで土方さんは何を悩んでたんですかィ?」
「あァ?何が。」
「さっき。“好きなんだろうな”って、ぼうっとしながら呟いてたじゃねーですかィ。」
「…お前には関係ねェよ。そもそも悩んでねェし。」
「そうは見えやせんでしたがねェ…。」

意味深に細められた総悟の視線に溜め息を吐く。

「聞いてたんなら知ってるだろ。悩み事があるのは俺じゃなくて早雨の方だ。」
「副長っつーのは部下一人一人のお悩み相談までしなきゃいけねェんですかィ?大変でさァ。」
「おう大変だ。分かったなら、俺をねぎらって失せろ。」

総悟を手で払う。
そこへ、ドタバタと足音が近づいてきた。

「ふっ副長ォォ!!」

鉄が部屋へ駆け込んでくる。

「廊下を走るなっつってんだろォが!」
「すみません!でもお茶請けを間違えてっ…あれ?」

肩で息をして、首を傾げる。

「饅頭、食べられたんですか?」
「……あァ。」

早雨が食べたと言うと、アイツの悩みまで話さなきゃいけなくなる。
それを避けるために嘘をついたが、

「ププ。そうですぜ、鉄。土方さんはあの饅頭を食ったんでさァ。」

総悟は至極楽しそうに口元を歪めた。

「え?え?あの饅頭ってノーマル饅頭でしたよね?マヨネーズ饅頭とか、そんな感じのものじゃな…」
「っるせェな!食ったもんは食ったんだよ!」
「ひぃぃっ、」
「プププ。」
「総悟!テメェはとっとと部屋に戻れ!」
「いいんですかィ?俺ァ今から市中見廻りの予定なのに。」
「なら行ってこい!」
「へいへ〜い。」

頭の後ろで手を組み、ダラダラと総悟が歩いて行く。

「じ、じゃあ俺も失礼し――」
「待て、鉄。」
「はっはい!なんでありましょうか!」
「…総悟はもういねェか?」
「?いませんけど…」

いないように見えても、
アイツはどこかで耳をそばだてているようなヤツだ。

俺は耳を澄まし、気配を探った。
…よし、いない。

「あの饅頭だが、」
「はい。」
「たまになら…あんな茶菓子を持ってきてもいいから。」
「え!?副長、いつから甘党にっ」
「なってねェよ。甘いもんは食わねェけど…、たまにならって話だ。」
「は、はぁ。」

鉄が不思議そうな顔をする。

「だが、日持ちするもんにしろ。」
「日持ち…。置いておかれるんですか?」
「っ、食うに決まってんだろ!?詮索すんな!」
「わわわかりました!」



それから2週間後。

「副長!今日のお茶請けは“たまに甘い物”の日です!」
「バカッ、声がデケェよ!」
「すみません!」

鉄が持って来た茶菓子は、

「お、お前これって…、」
「はい!乾パンです!」
“ほんのり甘くて美味しいっすよ!”

いや、そりゃあ日持ちするもんって言ったけどよォ…っ、

「これは非常食だろォがァァ!!」
「ヒィィィッ!!」

ダメだ。
こんなもの…、

早雨にやれねェじゃねーか。

アイツがいつ来てもいいように、
甘いもんを部屋に置いておかなきゃなんねェのに。

「他の物を探してきます!」
「当たり前だ!…いや、もう今日はコレでいいわ。面倒くせェ。」
「すすすすみませんっ!」
「次からは、もっと普通に甘いもんを頼むぞ。」
「承知しました!」

鉄が頭を下げて部屋を出る。
俺はパサパサの乾パンをひとくち食べた。

「…やっぱ茶菓子には向いてねェな。」

これじゃあ早雨も喜ばない。

……“喜ばない”?
いや、喜ばせるために出すんじゃねェし。

「愚痴だ。愚痴を聞いてやるためだ。」

副長として、な。


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