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気持ち


“依頼人さまへ。今日も真選組は平和で…”

「…って、これだと日記みたいか。」

夕方の自室。
寝転びながら、近況報告を作成する。
月に一度のメールも、かれこれ4回目となった。

でも返信が来たことはない。

「大丈夫…だよね?」

“長くて2年は働いてもらう”と言われている。
いつの間にか依頼は打ち切られていた、なんてことはないはずだ。

だけどどうして2年なのか。
“長くて”ということは、短くなる可能性も含まれているわけで。

「契約社員…みたいな感じなのかな。」

だったら、“短くなる”時はどういう時だろう。

私がいらなくなった時?
何か不祥事を起こした時?

どちらにしても、
依頼人が真選組に関わる人物であることは間違いないんだろうけど。

「……はぁ。」

考えすぎて疲れる。
これほどまで気になるようになったのは、入隊して3ヵ月を過ぎた頃からだ。

真選組の環境に慣れて、余計なことを考える余裕が出来ている。

相変わらず隊士との関係は良好じゃないけど、
僅かなりとも私を認めてくれている隊士がいるおかげだ。

「…とりあえず、報告しよう。」

放ったらかしにしていたメールの送信ボタンを押した、

その時。

ミシッ…

すぐ近くで、廊下の軋む音が聞こえた。

ミシッ…
ミシミシッ…

「?」

誰かが部屋の前を歩き回ってる?
まさか…依頼人が私の監視を!?

緊張をまといつつ襖に手をかけ、

「誰!?」

勢いよく開けた。

「え…」
「!」

驚いた様子の斉藤隊長と目が合う。

依頼人は…斉藤隊長?

「あの……」
「……。」

紙を差し出される。
それには『本日の任務』と書かれていた。

…これって、呼べなくて困ってただけ?

「……。」

斉藤隊長が『任務内容』と書かれた部分を指さす。

『任務内容:そよ姫様の赤猫を捕獲するZ』

…何、このZ。
いやその前に、赤猫?
赤い猫なんて見たことないけど……うん?

「そよ姫様って猫を飼われてるんですか?」
「……。」

首を振る。
私もニュース程度の知識だけど、城でペットを飼っていると聞いたことはない。

でも任務内容は『猫の捕獲』。

「一体どういう……、っあ!」

わかった。これ、隠語だ。
赤猫はアカネコ。つまり……放火魔!?

「ただちに出動します!」
「……。」

斉藤隊長が頷く。
私はすぐに準備して、他の隊士2人と一緒に街へ繰り出した。


…けれど。


「へ?」
「だから、俺達は猫を探すんだとよ。」

隊士の一人が面倒くさそうに話した。

「でっでも、そよ姫様は猫を飼ってないって…。」
「うん、そー。勝手に城へ出入りしてる猫らしいよー。」

間延びした口調の隊士が、うんと伸びをした。

「ようは、野良猫を捜してくれって話だねー。」

なんでも、『いつもご飯を食べに来る猫が、3日連続で来てないから心配』だとか。
“赤猫”というのも、単に全身が赤茶色の猫という意味で。

「なんだ…放火魔じゃないんだ。」
「城に放火?そんな一級犯罪を背負える輩なんていねぇよ。」
「たぶん斬首刑確定だもんねー。」

緊迫感が抜け、脱力する。

「よかった…。」
「よくねェし。俺に言わせりゃ、この程度で真選組使うなって感じだわ。」
「けどさー、この任務って松平長官から直々に入った任務っしょ?本当はすげぇ猫だったりするのかもよー。」
「それはねぇな。松平長官は将軍と仲いいから、妹君の悩みを解決してやりてぇだけだろ。面倒くせぇ。」

頭の後ろで手を組み、心底わずらわしそうに言う。

「お前が捜して来いよ、早雨。」

…はい?

「何言ってるのよ。」
「そうだぞー。任務なんだから、俺達も行かねぇとダメに決まってんでしょー。」
「んなこと言っても、首輪もない猫を見つけるなんて途方もねぇことを…」
「はいはーい。早雨、コイツは俺が動かすから先に周りを捜してきてー。」
「え、でも…」
「大丈夫だよー。必ず俺達も捜しに行くから。」

おっとりした彼が、ふにゃっと私に微笑む。

「仲間一人にだけ押し付けたりしないよー。」

『仲間』
そのたった二文字の言葉が、

「…うん、わかった。じゃあ東の方から捜してくる。」
「おう。よろしくー。」

すごく、嬉しかった。



そして2時間後。
そよ姫様がお探しの猫は…

「全然見つからない!」

ゴミ箱を見ても、路地を覗いても、
全身赤茶色どころか、赤茶色の毛並みを持つ猫は見つからなかった。

早くしないと夜になる。
そうなるともっと見つけづらくなって…

「何やってんだ?」

視界の端に、紺色の着流しが見えた。
この色と声を持つ人は、私の知る中で一人しかいない。

「お疲れ様です、土方副長。」
「お疲れ。落とし物か?」
「いえ、そよ姫様の猫を捜す任務中で。」
「ああアレな。」

軽く頷く。
黒い髪が微かに揺れた。

「…土方副長はどうしてこちらへ?」
「ちょっとコレ買いに。」

懐から煙草の箱を取り出す。
この人、二言目には煙草の話をしてる気がするな…。

「本当にヘビースモーカーですね。」
「そりゃどうも。」

ふっと笑い、買ったばかりであろう箱を開ける。

「ダメですよ。副長ともあろう人が、歩き煙草なんて。」
「歩かねェよ。ここで1本吸ってから帰るだけだ。」

そう言って、煙草を咥える。
マヨネーズ型のライターで火を点け、ふうと煙を吐き出した。

「…すごく気持ち良さそうですね。」
「そうか?」
「はい。癒されてるーって顔をしてます。」
「ふっ、かもな。」

煙草のフィルターに唇をつける。
遠くを見るように目を細める。

その横顔は、どこか艶っぽい。

「煙草、平気なのか?」
「っ、え?」

しまった。
つい見惚れて聞いてなかった。

「煙草の煙って嫌がるヤツが多いだろ?早雨はどうなのかと思って。」
“つっても、聞く前に吸っちまってるけどな”

正直、煙たいし嗅ぎ続けたい香りではない。

なのになぜか、
喉の奥が詰まって、「好きじゃないです」とは言えなかった。

「私は…その人のストレス解消になるなら、いいかと。」
「へぇ。屯所内では貴重な理解者だな。」
「そうなんですか?」
「ああ。アイツら、一時は禁煙令まで敷いて愛煙家を撲滅しようと企みやがった。」
「ふふっ、それは息苦しいですね。」

わだかまる疲れや嫌なことが、白い煙に乗って体外へ出て行く。

それはきっと、
ただ単に息を吐くより何倍もリフレッシュできる行為だろう。

「早雨は…息苦しくねェか?」
「私、ですか?」

急な問いかけに首を傾げる。
土方副長は、咥えていた煙草を手に持った。

「今まで真選組を辞めたいと思ったことはねェのか?」
「ない…ですよ。」
「本当に?」
「はい。」

この感じ…、
もしかしてまた土方副長を心配させてるのかな。

私は、依頼を受けて真選組にいる。
辞めたいという意思の前に、辞められないのに。

「すみません、いつもご心配をおかけして。」
「いや、心配は……、…そうだな。してる。」

手に持っていた煙草を咥え直す。

「だが俺が心配してるのは、お前を取り巻く環境だ。三番隊の中のな。」
「……。」
「まだ入隊した当初と変わってねェんじゃねーのか?」
「そう…ですね。でも、ちゃんと仲間だと思ってくれている人もいますから。」
「全員がそうじゃねーとダメなんだよ。」

目を細め、煙草を吸う。
ほんのりと先端が赤く灯った。

「隊っつーのは1つでもヒビがあると、どんどん割けちまう。」
「ヒビ…」
「ああ。終も色々考えているようだが、アイツは口下手だからな。」

三番隊のヒビは、私。
私がいることで、三番隊がまとまらない。

それでも私は辞められない。
けれど、もし…

「…辞めた方が、いいですか?」

依頼人が辞めてほしいと言ったら。

「早雨?」

こんなはずじゃなかったと、
今は辞めることを望んでいたら…


「真選組を辞めた方がいいと思いますか?」


私は即座に、
依頼人の答えを受け入れなければいけない。

「お前…、」

この質問は、半分賭けだった。

現状、私は真選組に害を生んでる。
だから、真選組を気に掛ける依頼人なら放っておくはずがない。

つまり、
私に『辞めてくれ』と言った人が依頼人だ。

「……。」
「……。」

土方副長が険しい表情を見せる。

「……わかった。早雨、」
「…はい。」

受け入れよう。
これは依頼だった。

ここを離れるのが寂しいなんて、気のせい。
土方副長と離れるのが悲しいなんて気持ちは…気のせいだ。


「悪いが、お前は真選組に――」


日が暮れる。
夜はもう、そこまで来ていた。


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