弐・秘密ト三人四脚
騙したな桂花さん!と叫びながら潜書していく秋声から責められながら彼女は手を振る。
疲れてるところ申し訳ないが、秋声には有魂書に潜書して貰わなくてはならなかった。

館長から渡された一冊の本。この本は4人の文豪の何れかへとなり得るという。
誰を選ぼうと大して変わらないが桂花はある人物が来ることを願っていた。


「どうも……堀辰雄と言います……!よろしくお願いしますっ……。」
「待っていたよ、堀先生。」

秋声が連れてきたのは、彼女が望んでいた文豪だった。
どこか幼さを感じさせる、『可愛い』部類に入るであろう彼を、やはり彼女は気に入った。

「ふふ、たっちゃんって呼んでください。」
「ではたっちゃん、改めて宜しく。」

桂花が差し出した手をにこやかに笑みながら握り返した堀。
彼の人に好かれるであろう柔らかな笑みはどこか眩しい。



さて、館長曰く此処までが初任者指導らしい。
これからはもう桂花は曲がりなりにも『一人前の』司書扱いとなるそうだ。

「そこでだ。私の仕事について話しておくべきだと思うんだ。」
「桂花さんのお仕事、ですか?」

辰雄が首を傾げたのも当然だ。
彼女は特務司書。それ以外に何があるというのか。つられて怪訝そうな顔をした秋声の相変わらずな顰めっ面に、彼女は可笑しそうに笑った。

桂花の父親は軍人だった。
少し前に殉職した彼のツテのせいで、彼女は新米でありながら全圖書館の中心ともいうべき帝國図書館に配属されたという。
また、司書になる以前も軍の暗部に所属していたという異色の経歴も加わり、様々な業務と特権が与えられているのだ。

「だから、他の図書館がやらないようなこともやる必要がある。
みんなにはそれに協力してもらう。」
「具体的には、どのようなことでしょうか……?」

辰雄が問うたその時、桂花のポケットが震えた。軽く2人に断りを入れ、バイブ音を鳴らし続ける端末を手に取り、スピーカーモードにしてから応答する。

『2人と顔合わせは済んだか?」』
「はい。ちゃんと特殊任務があるってところまでは伝えましたよ。」
『までって、その先は伝えてないのか……。』
「館長さんがちょうどいいタイミングでお電話なさいましたから。」

揶揄を含んだ口調に館長も溜息を堪えられない。どうやら彼女は素でこの性格をしているらしい。

『まあいい。取り敢えず2人を連れて来てくれ。場所は今送る。』
「わかりました。急ぎます。」

通話を切れば、位置情報が添付されたメールが来る。地図と、その他の内容を頭に入れてから、ポケットにそれをしまった。

「ごめん。さっそくで悪いんだけど、今から違う図書館に行く。念の為その本だけ持って一緒に来て。」

言うが早いか、彼女は鞄を肩に掛けて裏口の方に向かった。秋声も辰雄も慌ててさらに続けば、その先には現代人には見馴れた極々一般の――彼らにとっては奇妙にも思える、黒のファミリーバンが止まっている。

「1人はこっち、もう1人は此処に座って。あ、ちょっと待って。」

2人を座らせたあとシートベルトを締める。事故はないにせよ、警察に捕まれば厄介なことこの上ない。

「今から向かうのは同じ国定図書館なんだけどね。そこの司書が本業の方で大怪我したらしくてさ。んでもって休業申請が遅れたんで、文士の生活がエライことになってるらしい。」
「つまりは、その世話を焼けと。」
「ま、簡単に言ったらそう言うこと。」

車を運転しながらの説明に、後部座席に座った秋声は面倒臭さそうに答える。

「こんなんはまだ軽い方。取り敢えずまあ最初のお仕事ってことで頑張って。帰りに飯奢ってあげるから。」
「まあ、美味しいものも待っていることですし、最初のお仕事頑張りましょう!徳田先生!」
「はあ、わかったよ。」

不恰好で凸凹した3人の四脚。
楽しそうな前列の桂花と辰雄を見て、秋声は最早癖になった溜息をまた一つついた。
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