参・習フヨリ
着くや否や、桂花は足早に車を降り図書館に入った。2人もその後に続く。

その圖書館に配属されていたのは、ある大學生の女性だった。だが数週間前、彼女は交通事故に遭い重症を負った。本来であれば代理人を寄越すなどの処置を即座に行うのだが、事故の衝撃で携帯は大破し、身分証を持っていない上に意識を3週間ほど失い、漸く最近になって目覚めたのだとか。故に、彼女がその圖書館の司書だと分かるまでに20日以上かかり、その間ずっと圖書館は放りっぱなしだった。
もともと金銭的にも時間的にも余裕がなかったらしいその人は、補修部屋の寝台も一台しかなく、またその一台に空いた時間を利用して来るたびに1人ずつ補修していた。よって、絶筆の危険性はないとはいえそこそこに侵食されている文豪もちらほらいた。
また、残念ながら文豪たちは家事が苦手であったり、出来たとしても文明の利器についていけずにやり方がわからなかったりとで衛生的にもよろしくない。
そんなわけで、桂花の圖書館の最初の仕事は家事代行サービス的なものとなった。
勿論、こちらにもメリットがある。

まず、現在進行形で司書の助手になっている高村に頼んで、洗濯物を自室の前に置くように拡散してもらった。
その間に、大浴場へと向かい掃除する。毎日使われている筈だが、綺麗好きの誰かがこまめに掃除していてくれたのだろう。思った以上に早く終わった。
その後、部屋の前に置いてある洗濯物を車に積んであった大きなカートで回収して行くのだ。途中、面倒くさがって出すことを拒んだものには、身内の協力のもと身包み全て剥いで洗いたて湧きたての風呂に放り込んだ。

「高村さん、そこの青いボトル取っていただいてもいいですか?」
「これのこと?」

彼女はボトルを取り差し出して来た高村を無視し、自分がいた業務用洗濯機の前に彼を立たせた。

「それにギリギリまで入れて、ここを開けて、ここに入れてください。それをもう一杯お願いします。」

彼女は洗濯機の横に立ち、言葉で指示しているだけだった。すると彼女はこっそりと手招きをする。比較的司書寄りにいた秋声は、そっと聞き耳をたてる。

「2人もよく見ていて。あれ、うちの図書館と同じやつだから。」

成る程、彼女が2人を連れて来たのはただ人手が足りぬだけではなく、これからの生活で必要となることを覚えさせるためでもあったのだ。
高村は言われた通りに洗剤を入れ、言われた通りにスイッチを入れた。その間にも、今日は量が多いからこの時間、普段は何人くらいまでならこの量だ、と色々に説明を受けていた。


それが終わると、彼らは食堂に向かった。
多くの圖書館では、司書の錬金術で生み出された人形が食事を作っている。だが、司書が長期間いないここでは人形たちは力を失っていた。
高村の話によれば、文明の利器の使い方がわからない以上迂闊にここで調理出来ず、仕方なく庭で火を起こしてキャンプのようにしていたらしい。
確かに、コンロは火災の危険を減らすために誘導加熱――俗に言うIH。最近になってから多く出て来たので、文豪たちには馴染みがない。

「うーん、全員分時間やるのはかかるから、誰か手伝ってくれそうな人連れて来てもらっていい?」
「わかったよ。」

高村はそのままスタスタと放送室に向かった。
彼女はその隙に鞄から大量の赤燐燐寸箱を取り出し、食堂脇の棚の上に積み上げて置いた。

「どうして燐寸箱ですか?」
「彼ら火起こしして調理していたと言っただろう?
さっき喫煙室に入った時、洋燈が置いてあったんだ。多分、あれを火種として共有して使っていたんだろうな。ゴミ箱には燐寸は数本しかなかった。」
「あ、つまり、愛煙者の方々が使っている燐寸を日々の火起こしに使っていたということですね。」
「そうだ。燐寸を出来るだけ長く長く持つように洋燈を使ったんだろう。」

しかも、それは非喫煙者の知らぬところで。
そうなれば、彼らのしたことを大々的に言うこともないので、さりげなく燐寸箱をプレゼントすることにしたのだ。
もっと言えば、彼女は彼らが屋外自炊しているという情報を受け、愛煙者たちの行動を予想したらしい。結果は当たりだ。

「お待たせ、連れて来たよ。」

高村が連れてきたのは小林と中野。2人はよく司書の配膳を手伝っていたため、どれくらい皆が食べるか熟知しているそうだ。

「今日は手っ取り早く出来るからカレーにしよう。
そんでもって、はやく勝手になれる。いいね?」

小林と中野は大きく頷いた。きっとよく食べる彼らはこのところみんなに気を使ってあまり食べられなかったのだろう。楽に炊事ができれば彼らもよく食べられる。


そうして、司書と文豪のお料理教室は行われた。
この面子だった故か、可もなく不可もなく、特筆すべき事柄もなく終わってしまった。
その久しぶりの楽な飯に、文豪たちは大層喜んだ。
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