愛に殉ずる聖焔の話(四)


ND2018,レムデーカン,レム,23の日。

ついに来た。

目覚めたルークはぼーっとする頭でそんな事を考えた。
今日は父と共に登城して議会に出た後、いくつかの案件を貴族院の若い派閥で話し合う予定だが、さてどうなるか。

くぁ、と一つあくびをしてから、昨晩中途半端に手をつけた案件を見る。
頭の中で利益を算出しながら着替えを終え、朝食を取ってから中庭で少し身体を動かす。
前回を知っている分、ヴァンの稽古だけは物足りないというのがルークの素直な感想だ。
故にこうして常日頃から体力づくりも兼ねて身体を動かしているわけだが、結構に身が引き締まるというもの。

そうしているうちに父と登城する時間になったが、メイドがクリムゾンからの伝言を持って来たために大人しく部屋へと戻った。
そしていくつかの宝石をポケットに隠し入れ、身分証明書になるものと隠し武器を服の下に仕込んでおく。
窓からガイが入ってこようとしたが、生憎と鍵がかかっているために阻まれたようだ。
いい加減学習しろと思うのはきっとルークだけではない。

そうこうしているうちにメイドが呼びにきたため、ルークは密かに準備を終えた状態で客間へと足を運んだ。
そこには前回と同じようにヴァンが居て、内心登城の邪魔しやがってと罵倒しながらも笑顔で慕っているふりをするルーク。
そして案の定導師イオンが行方不明であるという話をされ、その分稽古をつけてやろうというヴァンにルークは作りではない訝しげな顔をした。

「何言ってるんですか。導師イオンは教団の最高指導者にして平和の象徴とも言われるお方。
俺の稽古なんて良いですから、早く捜索に出てください」

「う、うむ。良いのか?」

「構いません。代わりの方を寄越してくれるのでしょう?
ヴァン師匠じゃないのは残念ですが、導師イオンをお守することこそ神託の盾の本分。
師匠が一刻も早く導師イオンを発見できるよう、ユリアとローレライに願っております」

「そうか…解った。私が来ない間にも基礎稽古を怠らないようにな」

「はい!早く見つけて帰ってきてくださいよ!」

「はは、解った解った」

一瞬詰まったものの、早く帰って来てくれとねだるルークに納得したヴァンは、少し雑談をしてからそれではこれでと言って席を立ち礼をする。
さっさと帰れと両親の目が言っていることに気付いていたルークも素直にさよならを告げたのだが、その時微かな歌声が耳に届いたのと同時にキン、と耳鳴りのようなものがした。

(ルーク……来たぞ)

(前よりちょっと早くね?)

久方ぶりのローレライの言葉に心をざわつかせながら、同時に聞こえ始めたガシャンガシャンという音に警戒して椅子から立ち上がった。
陶器の、ガラスの割れる音、鎧を着た騎士団が倒れる音。
目を細め、扉を見据えてシュザンヌを庇うように立つ。

「……父上」

「……うむ。ルーク、お前はシュザンヌを」

「はい!」

侵入者がいる。
その事実の元、ヴァンを除いた全員が動く。
段々明瞭となる歌声に警戒しながら母の手を取り、中庭を通って両親の寝室へと向かうために足を動かすルーク。あそこがこの家の中で一番頑丈な作りなのだ。
微力ながら護衛させて頂きますと言って付いてきたヴァンに舌打ちをしながらも、中庭に出た途端、屋根の上に立ち譜歌を歌い上げているティアを発見した。

「母上、お逃げくださ…っぐ」

「ようやく見つけたわ、裏切り者ヴァンデスデルカ!」

「やはりお前か、メシュティアリカ!」

……茶番だな。
内心吐き捨てながら、譜歌のせいで顔を青くし立てなくなったシュザンヌを庇うルーク。
シュザンヌを背中に庇ってはいるものの、まとわりつくような眠気とだるさ、そして痺れのせいでルークもまた膝をついていた。
ルークが邪魔することも無いので、ティアとヴァンのやりとりも以前より過激になっていく。

「く…っ、穢れを、浄化せよ…っ!リカバー!!」

それでも何とか第七音素を集め、眠気や痺れを振り払ってからシュザンヌを抱き上げた。
そして寝室へと移動しようとしたのがいけなかったのか。
ヴァンがティアの短杖を弾き返した瞬間、ティアがルークの身体にぶつかりそうになる。

(ルーク……!)

ローレライの声が響き、巻き込んでしまうと判断したルークは咄嗟にシュザンヌを手放す。
音素が共鳴し、不可思議な音を立てる。

「しまった、ルーク!!」

「きゃあああああぁぁあ!」

「うわああああぁぁぁあ!」

途端に溢れ出す、抗うことのできない、第七音素の奔流。
ルークは音譜帯に居た頃を思い出しながら、その激しい奔流に身を任せるのだった。





   □ ■ □ ■




次にルークが目を覚ましたのは、記憶にある通りタタル渓谷だった。
隣で未だに目覚めないティアに舌打ちをしつつ、痛む体を何とか起こす。

「どうせ寝るならルビィの隣がいいよなー…」

そしたら一晩中でも抱き潰してやるのに。
そんな事を呟きながらあくびを一つ零し、空にぽっかりと浮かぶルナに目をやった。
この時間帯ならば今から渓谷を降りれば辻馬車も拾えるだろう。
そう判断したルークはティアをあっさりと見捨て、さっさと渓谷を降り始めた。

稽古中でもなかったので木刀も何もないが、ルークの力量を理解している魔物達は襲ってこなかった。
当たり前だ。今のルークは以前ヴァンを殺した時よりも遥かに強い。
以前の生の際、ルークは国王となってからも剣の稽古は怠ることは無かった。

なので普通に渓谷を降りて、水を汲んでいた辻馬車の御者に一番近場の町へと頼む。
やっぱりぼったくられそうになったので服に着いていた飾りボタンを一つ渡し、そのまま馬車へと乗り込んだ。

純金のボタンにはファブレの紋章が掘り込んである。
これを売り払おうとすれば余程悪質なところでない限り、入手経路を問われるだろう。
タタル渓谷で王族を拾ったなどと誰も信じないだろうし、後々困るに違いない。
ルークなりのぼったくりに対する嫌がらせである。

ルークのそんな考えなど露知らず、売れば大枚になるであろうボタンに機嫌を良くしながら馬車を出発させた。
女の悲鳴が聞こえた気がしたが、ルークは綺麗に無視した。

それから一晩経ち、ローテルロー橋を越えてエンゲーブへと辿りついたルーク。
橋が落とされたことにより物価が上がるだろうなと思い内心眉を顰めながらも、御者にフードつきのマントを分けて貰いエンゲーブに降り立つ。
まず道具屋で宝石を売り払い、剣を購入してから宿をとった。
勿論普通に宿を取ったので、食料泥棒と間違えられることは無かった。

むしろルークは食料に関して褒めた。そしてそれを作っている村人達も褒めた。
相手の気分を良くさせればコチラも疑われることは無いだろう。という単純な理由だったが、自分たちの苦労を解ってくれるとエンゲーブの人々はルークを疑うことは無かった。
単純すぎるだろう、という突っ込みはしない。
民衆なんてそんなもの、というのが今のルークの考えだ。

それから宿屋で鳩を借りてグランコクマ、セントビナー軍基地、ケセドニア領事館へと事の経緯、犯人の指名手配、不法入国を詫び保護を願い出る旨を書いて飛ばしてもらう。
流石にバチカルに飛ばす鳩は存在しなかったので、以上の三箇所が限界だった。
だがルークはマルクトという国に対し不法入国について弁明を告げた。
これでジェイドがルークを不法入国者として捕らえれば、立派な開戦理由になるだろう。

「さて、と。迎えが来るまでのんびりするか、どうするか…」

林檎をしゃりしゃりと齧りながら考える。
ここで待っていても良いのだが、問題はイオンだった。
このまま放置すれば恐らく一人でチーグルの森へと向かう。
そうすればイオンが生き残れる確率は低い。

「んー…鳩を飛ばした以上、あんま勝手に動き回るのもなー」

頭をがしがしとかきながら考えるルーク。
ここで"導師イオン"に死なれるのは不味いし、イオンに死んで欲しくないというのがルークの本音だ。
なのであまり良い手とは言えないと解っていながら、ルークは食料泥棒が出ると聞いた、良かったら倉庫を見せてくれないかと申し出ることにした。
宿屋の主の案内で倉庫へと向かえば、案の定倉庫を調べていたイオンを発見し周囲にばれないよう一つため息をつく。

「…すまん、ちょっと二人で話させてくれないか?」

「お知り合いで?」

「そんなとこだ」

宿屋の主に頼み、席を外してもらう。
イオンはきょとんとした顔でルークを見ていたが、宿屋の主が出て行って周囲に誰も居ないことを確認してからルークはフードを取った。

「あの…どこかでお会いしたことがありましたか?」

不安そうな顔をするイオンを見て、ルークの胸の内に湧き上がるのは懐かしいという感情だった。
オリジナルと会ったことがあるのかとびくびくしているイオンだったが、ルークが首をふったのを見て少しだけほっとする。

「申し訳ございません。あのように言わないと、二人でお話しするのは叶わないと思いまして」

「え?あ…」

「導師イオンですね?」

「は、はい」

「私はルーク・フォン・ファブレ。キムラスカ軍元帥クリムゾン・ヘァツォーク・フォン・ファブレと王妹シュザンヌ・フォン・ファブレが嫡男。
どうぞルークとお呼び下さい」

「あ、はい…ルーク殿」

突然堅苦しい口調になり、会釈するルークにイオンは明らかに緊張していた。
それに内心苦笑を漏らしつつ、ルークは頭を上げてから堅苦しい空気を霧散させる。

「と、まぁ堅っ苦しいのはココまでにして、だ。別に呼び捨てでいーよ」

「…え?あ、の…?」

「ンだよ、もしかしてイオンは普段から堅苦しい喋り方のが良いのか?ならそうするけど…」

「いえ!そうじゃないんです!ちょっとびっくりしちゃって…その、ルークとお呼びしても良いんですか?」

「良いって言ってんだろ?俺もイオンって呼んでるし。
あ、でも公の場では無理だぞ。公私を使い分けてこそ、ってな」

お茶目に言うルークにイオンはやっと笑顔を見せた。
イオンは多少気安すぎる方が警戒心を解いてくれるだろうというルークの思惑は見事に当たったのだ。
最も、イオンに対していつまでも敬語で居たくない、というルークの願望もあったのだが。

「で、イオン、ココで何してたんだ?」

「あ、はい。エンゲーブで食料泥棒が起きているとお話を聞きまして、調査のために見せていただいたんです。そしたらこれが…」

「これは…チーグルの毛だな」

「はい。食料泥棒が人ではないと判明したのはエンゲーブの人々にとっては僥倖でしょうが、チーグルは教団の聖獣です。
このままでは放っておけないと…」

「…で、チーグルの森に行くつもりだったのか?」

「え?はい。そうですけど」

イオンの言葉にルークは深々とため息をつき、イオンはきょとんとした顔を浮かべた。
数百年以上の時を越えて再開した友が相変わらず世間知らずだったのだ。ため息の一つや二つ、つきたくもなる。
ルークはどうしたもんかなーと呟きながら腕を組んだ後、よし、と一つ呟いてから、

「こンの、バカタレ!」

イオンに思い切りチョップを落とした。
勿論それほど力を込めていないので痛みは殆ど無いだろうが、初めて振るわれるであろう突っ込みという名の暴力と突然のルークの奇行にイオンは頭を抑えながら目を白黒させていた。


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