参謀総長のご飯事情(最後の晩餐)


栄光の大地──エルドラント。
リグレットが敗れたのを遠目で確認しながら、刻一刻と近づいてくる死の足音を尻目に僕は何故かとても落ち着いていた。

心のどこかで解っていた。ヴァンについていった時点で、僕らは世界の敵。
レプリカ大地計画なんてうまくいく可能性など万分の一でしかなく、失敗すればこの身体は呆気なく音素に溶けて消えてなくなると。
それでも、その万が一の可能性に縋ってしまいたくなるほど僕の中のどろどろとした黒いものは酷くこびりついていて、コレを押し込めて普通の生活を送るなんて到底できなかった。
だから現状に後悔はない。失敗すると解っていて、それでも僕は内側から湧き出る衝動に突き動かされるままに進んできたのだから。

睨みたくなるくらいの青空の下、廃墟の中で僕は一人だけれど、周囲は全てレプリカ。僕と同じモノだ。そのせいだろうか、寂しいという感情は感じない。
頬を擽る風を感じながら白い石造りの椅子にどかりと座り、過去の遺産をコピーしたテーブルで僕は最後の晩餐を始める。
ぱん、と手を合わせた。

「いただきます」

この環境でコレだけのものを作るのにどれだけ苦労したことか。
心の中で愚痴を零しながら、まず箸をつきたてたのはプルプルの半熟卵に覆われたチキンカツだ。
僕好みの砂糖控えめの味付け。さくり。衣までしっかりと出汁が染みたそれはご飯と食べると最高に相性がいい。重厚で歯ごたえのある肉からじゅわりと染み出すのだ。
しっかり固めのお米は噛み締める度にもっちりとした食感で僕を楽しませてくれるし、醤油ベースで味付けされた卵に乗った三つ葉が僅かに香りを主張する。
米の甘み、出汁の香り、醤油の味、すべてが『美味しい』。
料理をしようと思い立った時とは大違いの味だなあと思いながら、一度も箸を止めることなく完食した。

どんぶりを投げ捨て、僅かに蜂蜜を入れて作った茶巾絞りを口に入れる。三つしか作っていないそれはあっという間に腹に収まった。
敢えて荒くマッシュしたおかげで時折小さな塊が残っているそれは芋と蜂蜜のさっぱりとした甘さが舌を楽しませてくれた。
昔は蜂蜜をこんな使うようになるとは思っていなかったなと過去を思い返す。
甘味に飢え、蜂蜜をそのまま舐めていたのは黒歴史だ。思い出したくなかった。

小皿を横に放り、少し冷めた紅茶を啜る。缶を見ればセントビナー産の高級茶葉だと解るだろう。
馥郁豊かなそれは僕の秘蔵の品の一つだ。ストレートのダージリンか濃い目のアッサムでロイヤルミルクティーにするか、最後まで迷ったが結局ストレートが勝った。
音を立てずに紅茶を飲み干し、同じく秘蔵の品である最後のクッキーをかじる。相変わらずココのクッキーは美味しい。
濃厚なバターの香るバタークッキーは匂いだけで食欲をそそる至極の一品。粉々になるまでしっかりと咀嚼し味わった後、ダージリンを飲み干して舌をリセットさせる。

最後の一滴まで注ぎ終わったティーポット。投げ捨てる。
まだ中身が残っている茶葉の缶。中身をぶちまけ、空へと投げる。
空になったクッキーの缶。瓦礫の山に捨てる。
飲み干したティーカップとソーサー。割り捨てる。

「……ご馳走様でした」

最後の最後で自分の満足のいく食事ができたことに満足し、立ち上がる。
もっと美味しいものが食べたかったなあと思わなくもない。
けれど『美味しい』を求めてご飯を自分で作るようになって、思ったのだ。

自分で作り、自分が食べる。
自分だけで完結する小さな世界。

何かを生み出すというレプリカのみにはおこがましい事をしながらも、僕は誰とも解りあえなかった。
解りあえないまま終わった。いや、終わることを選んだ。

自分で作り、自分だけで消費する。
閉じた世界。自分だけの世界。

それを分け合うことができたらきっともっと違う世界を見れたのだろう。なんて今更ながらに思うけれど、別に後悔してるわけじゃない。
この誰も知らないちっぽけな自分だけの世界を持って、きっと僕は死ぬけれど……誰かの糧になるでもなく、第七音素に溶けて消える自分には、きっとこれ位が丁度いいのだ。

舌なめずりをしてやっと来た正義の味方に向かい合う。
僅かに残るダージリンの香りに、自然と頬が緩んだ。

さあ、殺し合いを始めよう。
お前等に僕の小さな世界は渡すつもりはない。
けれどせっかくココまでこれたんだ。もっと大きな世界が選ぶ結末を、奪い合ってやろうじゃないか。

そしてもし、万が一、僕が勝ち残ることができたなら。
またラーメンでも湯がいて食べようか。


終わり。


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