タイムリープ?



風呂から出て、時刻は午後十時半。マルはいつでも平気と言っていたから、そろそろええかなと思って、通話ボタンを押す。
待機してくれていたのか、一回目のコールで出た。律儀やなぁ。


『もしもーし。どうしたん? 大倉がこんなことするの珍しいなぁ』

「せやなぁ。こういう電話は初めてやね」

『だからちょっと……。……どうしたん?』

心配そうなマルの声。なんやかんや寒いギャグばっかかと思いきや、いつも周りのことよく見てくれてる。

「……マルってオカルト好きやろ? ちょっと聞きたいことあってん」

『聞きたいこと?』


ああ、でもこういうんってわかるんかな、と思いながらも、とりあえず聞いてみる。


「タイムリープ、のことなんやけど」

『タイムリープ……? えっ、大倉タイムリープしてん?』

「えっ? あ、いや、してないで? ちょっと面白そうな話読んでん、興味持って……」


なるほどなぁ!とマルは明るい声で納得したようだった。ほんまは図星刺されてぐさっと来たし、ナチュラルに嘘ついてもうた。仕方ないことだけど、と思いつつも、心の中でマルに謝る。


『タイムリープか……。また珍しいのに興味持ったなぁ』

「そうなん?」

『おん。タイムトラベルとかならよぉ話聞くけどな』


ああ、タイムトラベルとは違うって、名前は言っていたな。どんな違いがあるかは聞いてないから、一応聞いてみる。


『タイムトラベルは過去と未来に行き来する……いわゆる時間旅行ってやつやね。体と記憶、両方を別の時間に飛ばすことができる。物理的には可能なんやけど、莫大なエネルギーが必要で、まぁ……基本は何らかの機械を媒介にして移動する感じやなぁ。
んで、タイムリープはまたそれとはちゃうねん。記憶だけが飛んで、過去や未来の自分に乗り移んねん。やから、基本的に自分の生きてる間の移動が可能っちゅーこと。そこが、タイムトラベルとの違いやな。タイムトラベルの場合、体も記憶も一緒に移動するから、いつでも行けるし、例えば、自分が生きてる時間に移動すれば、その世界に自分が二人いるって感じになってまうねん。でも、タイムリープは記憶だけが生きてる間の自分の中に入っていくから、その世界に時間違いの二人の自分が存在するってことはない』


確かに、そうやな。これがタイムトラベルの場合、八月九日の俺と、八月十五日の俺が二人いることになってまうけど、実際それは起てない。つまり、俺たちが体験してるのは記憶だけの移動、タイムリープってことや。


「タイムリープの原因って何があるん?」

『うーん……実際、タイムトラベルは実例があるけど、タイムリープの実例って、ない気がする。基本、物語の中だけで』

「えっ……そうなん?」

『基本、な。信憑性あるかわからんものなら、あるで。例えば、明晰夢やな。夢の世界に意識を置き去りにして、現在の体は眠ってる状態。まぁ、これが成功するとなると、パラレルワールドの存在みたいのが出てくるんやけど……』

「うーん……でもそれって結局は夢やろ?」

『せやねん。だから、信憑性がない。
……あとはー、あれやな。死に戻り。よく物語とかで見るで』


死に戻り……。


『タイムトラベルとかタイムリープってさ、何らかの原因によって起こるものだと思おんや。その一つが死ぬこと。死ぬことである地点まで戻ってくる。簡単に言うと、セーブポイントみたいな感じやね』


つまり、名前のセーブポイントは八月九日。


『これ、セーブポイントやから、基本的に自分で自由に好きな場所に戻るってことは出来ひんの。死に戻りって、一回死ぬわけやし、自由にできない制約みたいな感じなんかなって思うんけど』

「……そん中でさ、なんか、同じ時間を繰り返すやつ……──ループになるものってのもあるん?」

『ループもの? んー、あるよ。
じゃあ、大倉に問題です! ループになる条件って何かわかる?』

「えっ、なんやろ……? ……例えば、死に戻りでいうと、死なないようにするため、とか?」

『うん。そうやなぁ。死に戻りの場合はそれが正解やな。ゲームに例えると、死ぬことがゲームオーバーやねん。だからゲームオーバーになったら、またスタート地点、今はセーブポイントやっけ。それに戻ってまたゲーム再開って感じ』


思い浮かぶのは配管工のあのおっさん。それだけ聞くと、なんか軽い気がするけど、実際どうなんやろ。


「死に戻りってさ、なんかそんな簡単なもんなん?」

『……いや、それはないと思うで。実際、人の命がエネルギーにされてるわけやから……。だから、多分やけど、死に戻りって神様てきな大きい存在によって、やらされてる可能性のが高いと思う』

「神様?」

『おん。だって、人の生死って自由に決められるもんやないやん。だから、何らかの目的のために、命を引き換えにループしてるわけやろ? その命を扱えるのって、森羅万象ごときでは扱えん気がすんねん』


なるほど、だから、神様か。マルって意外とこういう難しいこと考えてんねや。オカルト好きが昂じたんかな。


『……でもな、神様って、ちゃんと乗り越えられる試練しか与えないと思う』

「どうして?」

『言葉にするのは難しいけど、……なんやろな、試練だけやないと思うねん。神様がくれるのって。どこかしらになんか乗り越えられる方法も用意してくれとるんちゃうかな?』

「……せやな」

『…………大倉、ほんまにどないしたん? なんかあったなら聞くで?』

俺じゃ頼りないかもしれへんけど、とマルちゃんは自虐的に笑った。
そんなことないで、マルがこうやって話してくれるだけで、色々わかったし、ちょっと希望が見えそうな気ぃするもん。
そんな気恥ずかしいことは言えなくて、ありがとうな、とだけしか言えへんかった。


「ちょっと面白そうやなって思ってたから、調べたくなってん。なんかまたおもろい話読んでみようかなぁ」

『そうなん? じゃあ、今度おもろい本とか映画持ってくわ!』


ごめん、マル、読まれへんわ。