10,000hitリクエスト

早起きは三文の徳とはよく言ったものだ。素晴らしい。
自分にしては珍しく4:55という早朝に目が覚めた峰田実はそう噛みしめた。生きててよかった。ヒーロー科に入ってよかった…と。
何故彼がそんなに身を震わせながら喜んでいるかというと、それは共同ロビーのソファーの一角。寝息を立てながら横たわる赤黒名前の姿があったからだ。最初に投げ出された脚を見つけた瞬間は心霊的なものを想像しどきりとしたが、今では違う意味で心が震えている。素晴らしい。2度目だが、早起き万歳。
昨日の訓練で疲れ切って早々に部屋で眠りについた彼は知らないが、実は休みの前夜ということでA組の女子達による所謂女子会が行われていたのだ。深夜まで盛り上がったその後、遅めの風呂に入った名前は疲労から少しだけ横になるつもりでソファーに身を預けたのだ。そして今現在まで、就寝中である。そんなことを知らない峰田だが、彼にとっては何故彼女がここに寝ているか等は問題ではなかった。今、自分の目の前に女子が無防備に寝ているということが彼にとって重要なポイントなのだ。

「ちょっと甘いんじゃないッスか…?」

誰に言うわけでもなく、独り言が漏れる。そんな声に名前は全くと言っていいほど反応しなかった。爆睡しているようだ。
ちらり、と再び脚に視線を移す。訓練中も割と肌が露出された格好の名前の脚だが、まじまじと見つめたのは初めてに近かった。ショートパンツは際どく捲れ、彼女の脚は付け根近くまで見えている。少しよれたTシャツからは白い柔らかな丘が小さく谷間を描いていた。男子高校生には刺激が強いが、峰田実はそんなことでは動じない。それよりも、寝ている彼女を一方的に見つめているという構図の方に彼は興奮を覚えていた。どれくらい見つめていただろうか。時間にしては長い方なのだろうが、彼には一瞬に思えた。はぁ、と息を思わず零してしまう。

「…ん、?」

そんな小さな吐息に反応したのか、僅かに声を上げる彼女。ばっと口を覆い音を隠したおかげか、再び眠りについた。ふぅと安心し、再び堪能しようとした瞬間

「おはよう峰田くん!早いな!」
「どわっ、い、飯田!!」

タイミング悪く飯田が起床してきてしまった。大声がロビーに響き渡る。峰田はしーっ、しーっと指を立てる。何事かと飯田がこちらに近づいてきてしまった。そして峰田の制止むなしく、彼女の存在が彼にばれてしまった。

「む、名前くんじゃないか。何でこんなところで寝ている?」
「オイラだって知らねぇよ…」
「…、なに……朝?」
「あー起きちまったじゃねぇか」
「ぁ、峰田く……おはよ…」

今何時?と問う名前は至極眠そうだ。その証拠に寝ぼけているのか名前の視界からは峰田しか映らないのか、飯田の存在には気が付いていない。当の飯田は自分のせいで起こしてしまったかと口を噤んでいた。

「おめーいつからここで寝てんだよ」
「んー……12時くらいかなぁ…峰田くん、はやいね」
「目が覚めちまったんだよ……色んな意味で」

リトル峰田が大変なことになりそうだ、と呟けば名前はその意味を少し考え、あぁと納得する。寝起きの自分の格好は中々に肌蹴ていた。そして悪戯好きの名前は失敗を犯す。普段なら飯田という堅物の前では叱られるのが目に見えているためやらないが、彼女は彼の存在に気が付いていない。それが失態の始まりだった。
脚を少しだけ開き片方を峰田の方へと伸ばす。髪の毛は揺れ、蟲惑的だった。そして、いつかのように峰田に際どく言葉を漏らした。

「ね…見てるだけ…でいいの、?」
「っ、名前くん!!」

名前の言葉にすぐに反応したのは飯田だった。まさかいるとは思わなかった人物からの咆哮に彼女は身固まらせる。そして焦りを隠さず声のする方向を振り返った。

「えっ、あっ、飯田くん。いたの」
「君は…!」
「わぁ、怒ってる」
「当たり前だ!君という人は…!!」

声を荒げる彼。このままお説教モードだろうか。峰田はいつの間にかいい笑顔で固まっていた。どうしようかと名前は策をめぐらせる。朝から怒られるようなことをしたのは自分だが、それでも怒られるというのは嫌なものなのだ。

「飯田くんが怒った時は……逃げる!」

一目散に駆け出し、外に飛び出す。やばい、裸足だ。地面は舗装されているが、その衝撃は名前のスピードを著しく落とした。彼女は膂力を上げているときは速いが、そうでない時は一般的な女子よりも速い程度でスピードを売りにしている飯田に叶うはずもなく。

「こら!話はまだ終わっていなぁあいっ」
「あだっ」

敢え無く玄関から50メートルも無いところで捕まってしまった。外はすでに明るく、小鳥が泣いているというのに。私はこれから再びお説教だと名前は息を漏らした。

「仮にも年頃の女子が怒られるの嫌だからと裸足で逃げるな!」
「うう、早速始まった…」

フルスロットルの説教に項垂れ視線を下げると突然に体が浮く。へっ、と声が出た。飯田が所謂お姫様抱っこをしたのだ。これには名前も目を丸くするしかなかった。しかし飯田は当然のように告げる。

「裸足では怪我をするだろう。君は機動が命なんだから、足の裏を切るでもすれば一大事だ」
「あ、ありがとう…?え、でも飯田君は?」
「俺はしっかりと靴を履いている」

そういうので視線を彼の足元に移すと、本当にシューズを履いており、真面目か!と心の中で叫んだ。50メートルも逃げられたのは、彼が律儀に靴を履いていたからだろう。

「飯田くん、お姫様抱っこは恥ずかしい」
「そうか。もう着くぞ」
「聞いてないし……てか、そんなに怒ることしたかなぁ」
「当たり前だ」

玄関先の靴を履くスペースに優しくおろされる。彼は紳士だ。そして待っていろと声をかけると奥の方に引っ込んでしまった。足の裏に着いたアスファルトの汚れを軽く払っていると、濡れたタオルを持った飯田がやってきた。

「これで拭くと良い」
「ありがとう……」
「ああ。それとなんで俺がこんなに怒っているのかというと」
「う……」
「自分を安く売ろうとするな。君が目指すのはヒーローだろう」

そこに怒っていたのか、と名前は驚く。てっきり健全な男子高校生を誘惑するなとか、はしたない真似をするなとかだと思っていた。自分のことを心配していってくれたのだと思うと怒られているというのに気恥ずかしかった。

「…ミッドナイト先生だっているのに……」
「む、彼女のようなヒーローを目指しているのなら話は別だな……すまない」

いやまぁ、違うんだけど
そう正直に言えばまた怒られそうだから、今はまだ言わないでおこう。ずるい名前は言葉を飲み込んだ。ほら、誰かに教えてもらったけど相澤先生が言うには一芸だけじゃヒーローは務まらないし。ふふふ、といつものように笑う名前に飯田は分かっているのか?と眉を下げた。

「心配して怒ってくれて、ありがとね」
「もうやめたまえよ」
「それは、分かんない」
「君なぁ…」

呆れる飯田に笑う名前。自分のことを気にかけて怒ってくれる人がこんな傍にいる。嬉しい。ロビーからは何事かと早起きの何人かが顔をのぞかせていた。朝日を浴びながら、なんかいい日になりそうだなと名前は思った。




           


ALICE+