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「名前、帰るぞ」
「あ、うん」
「ん」
「は、い……」

HR後でざわざわとする教室で少しだけクラスの視線を浴びながら轟くんの元へと向かうと手を差し出される。周りからの視線がより強くなった気がした。けど轟くんはそんな視線なんて無いように振る舞うから、私はいつも心臓が持たないなぁ。彼は涼しい顔で私を大切な女の子扱いしてくれるから、胸が鳴らないわけがなかった。
言われた通りに手を繋ぎハイツアライアンスまでの僅かな距離……ではなく、今日は相澤先生に頼んで一番小さな訓練場を二人で借りていた。いや、漫画とかであるようないやらしいこと目的ではなくて。普通に、訓練として。付き合いたてですし。けどあぁもう、峰田くんとよく変な話で盛り上がるから!
頭の中で行われる少しだけピンクの想像を打ち消しながら歩いて行く道中、轟くんがふと声をかけた。

「意外だな」
「何が?」
「お前は割りと勝ち気だから、照れたりとかしないと思ってた」
「……轟くんが"意外と"人前でも平気でいちゃつくから、そりゃあ照れるよ」

恨めしい声を出せば、彼は少しだけ笑って悪い、と呟いた。付き合いはじめの頃にも響香たちにも驚かれた。乙女かよ、と。違うのだ。決して可愛らしく照れているのではなくて、不意打ちに弱い私は突然の展開にも太刀打ち出来なくて、言葉が咄嗟に出て来ないだけなのだ。
ほんとに悪いと思ってる?と睨むと、すまん、と少しだけ顔を曇らせる彼に怒ってないよと笑いながら手を少しだけ強く握る。だだ気恥ずかしいだけで、ほんとは私も嬉しいのだ。好きな人と一緒にいられる。空いた穴を埋めてくれるようだった。

始まりは自然だった。お互いに親に対して嫌悪と承認欲求を抱いていて、個性を使うことに対して戸惑いを隠せない時期があった。生きている限りつきまとう、血という枷。そのことをラムネを隣で飲みながら過ごしたあの夜から、私達は少しずつ始まっていた。彼の横は時間がゆっくりだ。いらないものを全部綺麗にしてくれる。彼の横では少しだけ新しい自分でいられる気がした。それに轟くんの持つ優しさとか冷静さとか、たくさんの色を含んで私を包んでくれるようで心地良かった。
けど、先に話したように彼は意外と積極的で。というか、見せつけたいとかではないと思うのだけれど、人前でも手を繋いだりとか腰を自然に抱いてきたりする。だから、こういうのに耐性のない私ばかりがどきどきして、狡いなと思う。轟くんも同じ位、余裕無くなればいいのに。

離れた訓練場だからか、歩いて行くにつれ、すれ違う人は少なくなった。しばらく歩くと完全に前後に人がいなくなる。流石マンモス校の雄英、広いなぁ。
そう思っていると不意に手を強く引かれる。というより、轟くんが急に立ち止まったのに気付かず、後ろに引かれたのだ。何事かと振り向くと、長い睫毛。ターコイズと灰色の虹彩はいつでも私の時間も止めてしまう。水色はあの時のビー玉みたいにキラキラ光っていた。柔らかい感触が唇に広がる。冷えたラムネみたいなような彼の目と対照的に私の顔は再び真っ赤になった。

「わ、が、ここ学校!」
「あぁ、悪い」
「思ってないでしょばか!見られたらどうすんの!ばか!」
「名前」
「なに!」
「今のばかってもう1回」
「も、うるさい!」

こんなにもいっぱいいっぱいな私を彼はくすくすと笑う。その笑顔だって、他のクラスメイトの前ではしないような男の子の笑い方。本当にずるい。好きだなと改めて自覚してしまうじゃないか。それを気取られないよう、ふん、と手を離し先に進む。轟くんはやっぱり笑いながら後ろを着いてきた。

「くるな変態」
「訓練場の鍵持ってるの俺」
「…鍵だけおいてっていいよ」
「1人で何訓練するんだ?」
「……」

言い返せない私にまた笑みを浮かべる。付き合う前よりも彼は意地悪になった。絶対。そんなこんなで話しているうちに訓練場に着いてしまう。大人しく鍵を開けてもらう私に彼は笑いをこらえているようだった。あぁ、むかつく。
一番小さいと言っても二人だけならば充分過ぎる部屋。監視ロボットに立ち回りの様子の録画を頼むと、『I know…』と電子音が響いた。準備運動をしながら、横目でちらりと彼を盗み見る。先ほどの男の子の顔は消えさって、集中した彼は素直にかっこいい。けど、私だって負けてられない。圧倒的な実践不足は訓練の数でカバーしないと。オールマイトにもそう言われた。

サラリと揺れる赤と白の髪の毛はこちらに背を向けていた。
ちょっと、仕返ししてやろうか。
ムクムクと湧き上がったのは私の中の悪戯心。峰田くんや上鳴にも厄介だと定評があるんだ、これでも。敢えて堂々とウォーミングアップをするふりで、彼に近づく。

「轟くんって前屈得意?」
「得意とかあんのかそれ」
「あるある。べたーっと曲げられる人?」
「普通だろ」

ほらと前に倒れる轟くんはこちらを見ていない。後ろから押してあげる、なんて嘘をつく。いきなり彼に抱きついて、どきっとさせてやる。見てろ、轟焦凍。

そう意気込んでいたのに、悲しいかな、彼にはそんなチンケな作戦は通用しないようで。普通に手首を捕まれ勢いを殺すように後ろに倒れこまれてしまう。体痛くないの轟くん。いや、そうじゃなくて。
今彼はの私上に馬乗りになっていて、何というか、見下ろす彼は変に色気を含んでいて、毒だ。ひゅっと喉が鳴る。息がいつもよりもしにくくて、頭に酸素が行ってない。心臓がうるさい。体はそこかしこが熱くてしっとりと汗をかいているようだった。掴まれた手首は動かせなくて、その細身の身体がどれだけ力を持っているのかと少しだけ怖くなった。こわごわと彼を見上げると轟くんはさっきよりも意地悪な顔をしていて、恐怖は一瞬で消え去り、心臓は大きく音を一度だけ鳴らした。

「…何かの時に峰田が言っていたのは当たってたな」
「みねた…くん?」
「名前は形勢逆転すると途端に焦る」
「何の話してんの…」

自分が分析されていたなんて、余計に羞恥が増す。他の誰でもない轟くんに形勢崩されているからこんなに焦ってるんじゃないか。君のせいだ君の。惚れた弱みというか…すごく悔しい 。君のせいだ君の。
カチリ、と掛け時計が鳴る。なんだか時間が経つのが遅い。防音の室内では周りの音は聞こえなくて、それはきっと外の人達にも。あぁ、そもそもここは人気が少なくて。ゆっくりと近づいて来る轟くんの顔。灰色とターコイズ。思わず目を瞑る。
けどいつまでも何も起こらなくて。嵌められた、と目を開けた頃には本日二度目の笑いを堪える轟くん

「い、じわるだ!」
「カメラあるのに、するわけねーだろ」
「あ…」
「忘れてんだろうなと思った」

顔を横に傾ければ、ジーっとこちらを撮影する赤いランプのようなレンズ。そういえば来て早々に立ち回りを記録に残してくれと頼んだのだった。くっくっくと噛み殺すように笑う彼。私の上からそっと横に退けた彼の目を私は見れなかった。

恥ずかしい。キスされるって、期待してしまった。
それにされないと分かって落胆している自分がいる。轟くんの顔を見れないのは当たり前だった。だって、自分のこんな恥ずかしいところ見せたくない。
早く払拭したくて顔でも洗ってこようと立ち上がると、轟くんも隣に並んだ。顔は見れない。

「顔赤いぞ」
「……分かってるくせに」
「どこいくんだ」
「顔洗うんです。変態くんはついて来ないでください」
「名前」
「…なに」

ジロリと彼を睨む。思わず見てしまった彼の顔は思った通りで、

「あとで、な」
「……っ、ばか!」

あぁ、彼はやっぱり意地悪だ




           


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