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付き合っている設定


今日はダメな日だった。いわゆる、厄日というか。悩みがあるとかじゃないけど、集中力が続かなくて立ち回りもパッとしなくて、相澤先生にも怒られて。そうなると私はダメダメで。ダメループに歯止めが効かなくなってしまう。気分転換しようとしてもどんどん失敗して、夜ご飯の時にはカレーを一番お気に入りの部屋着に零しちゃった。ここに来るまでも歩くのもやっとなくらい、気落ちしている。あー、ダメな日だ。

「で、俺のとこ来たのか」
「んー」

呆れた声を出す轟くんのお部屋の毛布をすっぽり被り丸まる私。誘ってるとかそういうのじゃなくて。そういう気分になんてなれないし。けど、轟くんの近くにいたくて。そんな面倒臭い私の扱いに轟くんは慣れたもので、毛布を少しだけずらして、私の髪の毛を撫でながら優しい声を掛けてくれる。

「…お前が、どうされたいかなんて言われないと分かんねぇよ」
「………」
「名前」
「……甘やかされたい。甘やかして。甘やかせー」
「はいはい」

あぁ、なんて面倒なんだ私は。
それでも轟くんは私の横に寝っ転がって目線を合わせてくれる。その顔の優しいことといったら。胸の中のもやもやはまだちょっと晴れないけれど、それでもいい気さえしてくる。自分の弱さを受け入れた彼は、人の弱さにも寄り添ってくれるのだ。そんな彼に片腕をちょっとだけ広げられたら、その胸に飛び込むしかないじゃない。温かくて、轟くんの部屋と同じ匂い。こっちのほうが少し強いけど。いつもならドキドキして何も考えられないけれど、今は只々落ち着く。

「んー……ふふ、甘やかされてる」
「あぁ。これで正解か」
「大正解です。よくご存知ですね」
「あぁ」
「轟くん、優勝です。景品は…うーん、なんだろ」
「決まってないのか」
「うん」
「えらく雑な運営してんな」
「おおらかと言ってくださーい」
「はいはい」
「もっと強めに撫でてくださーい」
「はいはい」

そう言うと強く、けど丁寧に頭を撫でてくれる。穏やかで、こんな何でもない時間に、心が溶かされてくみたいだった。心地良い。時折頬をかすめる手の温かさは、幸せってやつだ。

しばらくすると唇にふにっと親指が置かれる。咥えてやろうかと思ったけど、感触を楽しむように触る彼の邪魔をしたくなくてされるがままだ。

「柔らかい」
「ん…轟くんの、も柔らかいよ」
「そうか」
「唇薄いねー…」

お返しにとばかりに私も彼の唇に指を這わす。私のともまた違った、柔らかい唇。そのままお互いに唇を撫でたり押したり、ふと頬に手を伸ばしたり。私はなんとなく、そのまま上の鼻へと指を移動させた。

「鼻筋しゅってしてる…見れば見るほどイケメンだね」
「…やめろ」
「……火傷、痛そう」
「もう、痛みはねぇよ」
「そっか」
「あぁ」

色の違う、少しだけ爛れたような感触の火傷のあと。色の境目をなぞると、くすぐったそうに身を攀じった。きっと彼は、色んな辛いを乗り越えたり避けたり回り道してきたんだろう。今だって時々お母さんの面会に出掛けている。今も、彼は昔のことと向き合っている。私も、頑張らなきゃな。
そろりと部屋の時計を見ると、そろそろ部屋に帰らなきゃいけない時間が差し迫っていた。

「よし、帰ります」
「名前」
「はい?」
「また、くればいい」
「…帰りたくなくなるから、やめて」

恨めしい声を出しながら、悔しさをぶつけるように轟くんに口付ける。轟くんは驚きと照れの混じった顔をしていた。すぐにいつもの仏頂面に戻ったけれど。

「相澤先生に2回も怒られるのはやだ」
「俺より相澤先生か」
「おっ、ヤキモチ?」
「あぁ」
「うそつき」
「バレたか」
「よく知ってるからね、轟くんのこと」
「優勝、だな」
「ふふふ、なら、景品はありますか?」
「無ぇ」
「雑だなー」

こんなくだらない会話に癒やされる。しかし、時間は刻一刻と迫っていて。時間は有限だなんて、その通りだなと改めて思った。

「じゃあまた明日ね」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」

明日も会えるのに、恋しいな。
そう思いながら誰もいない廊下を1人歩いた。来た時よりも足は軽くて、心も軽くて。さっきまで会っていた恋人の顔を思い浮かべながら、今度アイスでも奢ろうかなんて未来を考えた。




           


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