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何でも許せる人向け


何度考えても、分からない。ぐるぐるとした頭の中はうまく動かない。だからいつからか、これでいいやって。

「爆豪」
「……ん…」
「起きてー。朝だよ?」
「……はよ」
「おはよ。早く行かないとご飯間に合わないよ」
「…何でもっと早く起こさねーんだよ」
「あ、ひどい。折角起こしたのに」

もう、と怒ったような声を出したところで寝起きの爆豪は機嫌の悪いことこの上ない。が、意外と甘えん坊だ。そんな彼は再三の声掛けで漸くのろのろとベッドから這い出たが、上半身は一糸纏わぬ姿で。まあ見慣れたけれど。わざと、きゃあなんて顔を覆えば仏頂面でデコピンされてしまった。なんと乱暴なのか。
ガシガシ頭を掻きながら目を覚ます爆豪の横で、彼の今日の服装を決めるのが私の役目の2つめ。今日は少し偉い人と会うらしいから、ジャケットくらい着てたほういいかな。

「このシャツで良い?」
「ん」
「えー、自分で着なよ」
「早くしろ」
「顔に似合わず、甘えん坊だ」
「うるせぇ殺すぞ」

着させろなんて言わないけれど動かないという意思を表してくる爆轟。殺すなんて言葉を吐きながらも、彼の顔は柔らかい。私はまた、もー!と怒りながら、私は彼のタンクトップから何から着せてあげる。子供かっ。
全て着替え終わったあとには、朝ごはんの用意。準備している脇から時折落ちてくる唇には気にも止めてやらない。忙しいんだ、私は。他にも爆豪のパジャマを洗濯機に放り込んだり、お皿を片付けたり。しばらく構わないでやると諦めたのか、顔を洗いに洗面台へと向かう。戻ってくる頃にはいつもの仏頂面の爆豪。

「もう行く?」
「ん」

その時、ジャラリ、と音が耳に入る。先程から何回か聞こえてくるそれは、チェーンが擦り合って出る音だった。爆豪はその音を聞くと少しだけ苦しそうな顔をする。うん、五月蝿いもんね。そして私はその音であぁと思い出したように声を漏らした。スリッパの軽い音を立てながら、私は目当ての物を掴み爆豪のもとへと向き直る。軽い鎖が連なったそれが、チャリチャリ高い音を奏でる。この音がドアの向こうから聞こえると、爆豪が帰ってきた合図だといつも思っていた。

「はい、キーケース」
「おー」
「いってらっしゃいのちゅーする?」
「ばーか」
「ふふ、いってらっしゃい」

少しだけ機嫌の良くなった爆豪は外に出ると直ぐにガチャン、とドアの鍵が閉める。いつ見ても無駄がないというか。

「さて、と」

さて、お昼にまた爆豪が帰ってくるからそれまでにお昼ご飯を作って、洗濯して…。時間はまだまだ充分なようで、意外と無い。一段落してからテレビを付けると偶然にも母校のことが報道されていた。


【雄英卒業生、行方不明から3年】
【ヒーローデク、恋人への思いを語る】


「3年かぁ…」

3年前によくテレビで報道されていた、新米ヒーローの消息不明事件。ヴィラン連合の仕業か、なんて言われていたけれど、ヒーローも警察もまさか同級生に攫われたなんて思わないだろう。
私は脚に付いた重たい鎖を鳴らしながら、部屋へと戻る。
いつからこの鉄の鎖が私を縛っているのか、以前はよく考えていたけれど。卒業してすぐだったからなぁと思い出そうとしてみるけれど、もうそんなこと、どうでもいいのだ。


『てめーも、デクのとこ選ぶんだな…?』


ご両親に挨拶をと出久くんの家を訪れようと、柄にもなくおめかししたあの日、爆豪は私の前に現れた。その顔は泣くでも怒るでもない、絶望の顔。てめーも、の"も"は私の他に誰を指しているのだろう。彼に与えられなくて、出久くんが貰ったもの。きっとそれを聞いても彼は教えてくれないだろう。
それから抑えこむようにして連れ去られた先は、爆豪のマンションだった。既に人気ヒーローに名を連ねる爆豪は、こんなにも広いマンションの最上階に居を構えている。あの日から私はこの部屋から出れないのだ。足首に巻き付く鎖のせいで。
個性は使えないように、口には拘束具が付けられた。それが取れたのは、半年位後だろうか。いつからか個性は使えなくなっていた。個性も身体の機関。使われないと判断した体は勝手に個性を不要のものとしてしまった。少しずつ自身の力が弱まっていく感覚の恐ろしさと、気の遠くなるような日々は私の思考すら変えてしまった。

『ば、くごう……どうしよう』
『あ?』
『私、出久くんが好きだったのに……なのに、爆豪が、愛しい……なんで……?』
『は、ははっ……あぁ、ははははははは!!』


泣きながら、血を吐くように零れた想いは止まらなかった。そんな私を爆豪は壊れ物のように優しく抱きしめては笑っていた。もう戻れないと知った。出久くんの声も匂いも、いつの間にか思い出せなくなっていた。

『てめぇには俺だけいればいい』
『うん……離さない、で?』

私は爆豪を愛している

いつからか、私が彼に対して抱く感情は恋慕のものとなっていた。人はそれをストックホルム症候群なんて呼ぶのだろうけど。そんなこと、どうでもいい。


【いつか、彼女に会えると信じて今日もデクは人を救う。これこそが本当の愛なのでしょう】


テレビの中のキャスターは分かったようなことを言う。テレビの向こうの出久くんはもうすっかり大人の顔をしていて、私が知っている高校生の出久くんはどこかで死んでしまったみたいに思えた。
あのキャスターの言葉が反芻される。何が愛かなんて、決めるのは誰なんだろう。

ガチャリとドアが開く。そこには、ほっとした顔を浮かべる爆豪。その顔を見て愛おしいと思う。

「おかえり」
「あぁ」

彼は私がいつか逃げ出すんじゃないかと、今でも恐怖している。そんな気持ちもう露程もないのに。だから、帰ってくると必ず血が滲んでどす黒くなってしまった足首の皮膚を愛おしそうに爆豪は口付ける。こんな汚いものを大切にしてくれるなんて、これこそが愛じゃないか。今日も私が彼から逃げなかった証。私が彼に示せる精一杯の愛の証。この皮膚が綺麗になることはきっともう無い。それでもいいと思った。



           


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