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「あっちー…!」
「もー…上鳴のせいだ」
「まだ、言ってんのかよ…それ」
「上鳴が13号先生の顔見ようなんて面白いこと提案するから…!」
「いやー、まさか罰としてUSJのプール掃除させられるとはな。この蒸し暑い室内で」
「火災ルームでなかっただけマシかなぁ…」

シャコシャコとデッキブラシで汚れを擦りながら、名前は溜息を零す。せっかく今日は居残り授業も何もなく、早めに帰れると思っていたのに。この男の思いつきはいつも何故か魅力的なのだ。それに乗っかってしまった自分も自分なのだがと自嘲した。
水の抜かれたプールは相当に深く、ところどころにUSJ襲撃の時に峰田が乱投した実が落ちている。粘着力は既になくなっているのだが、数が数だけに全てを拾うのは面倒だった。
陽は落ちかけている。早く帰るためにも頑張ろうと名前はジャージを捲くり上げた。

「名前」
「んー?」
「短パン捲りすぎじゃね?パンツ見えそう」
「彼氏なら見たいんじゃないの?」
「…俺はもっと雰囲気のある感じで、初めましてしたい」
「きもい」
「うるせー」
「きもい彼氏に免じて捲るのやめてあげる」
「だからきもくねーっての!」


そう、実はこの2人先週から付き合い始めたばかりである。最初に好きになったのはお察しの通り、上鳴電気の方で。その戦いは
簡単なものではなかった。何せ、上鳴電気が惚れたのは赤黒名前という、小賢しく狡い女だったのだ。まず、意識し始めた日から1週間経たずして自分が好かれているということに彼女は気がついた。
しかしそれが功を奏したのか。ヤケになった上鳴電気は隠しもせず好意を伝え続けた。そのあまりの必死さに、根負けする形で名前は付き合うことを決めたのだ。努力は実を結ぶのだ、と上鳴電気は後に語る。

そんな雑談をしているときに、事件は起こる。発端は先に語った峰田ボール。粘着力は勿論無いが、転がることはできるようで。これ踏んだらどうなるんだろう?と素朴に湧いた疑問を名前は試したくなった。そっと片脚をボールの上に乗せると、ぶにぶにとした感触と水で濡れた冷たさがなんだか気持ちいい。その様子に気付いた上鳴が後ろから声をかけた瞬間だった。

「こらーそこの君、サボるのはやめたまえよ」
「えっ、飯田くんのモノマネ?似てないなぁ」
「うるせー。ほら、滑るからやめと、けっ?!」
「えっ?」

滑るからやめとけなんて言った上鳴が、何もないところですってんころりん。目の前にいた名前に覆いかぶさるように転んでしまった。咄嗟に自身の体を下に、彼女を上にするも、それが原因で自身は背中を強く打ち付けた。

「ってぇ!」
「大丈夫?!変なとこ打ってない?!」
「あ゛ー……いてぇ、ぁ?」

頭を抑えながら痛みに耐えると、自分の上にいる名前は心配しながら打ち付けた部分に手を伸ばす。それは必然的に眼前には彼女の柔らかな双丘が広がった。それもプール清掃という水を扱っていたためか、ぴたりとシャツが肌に張り付いてそれはそれは肌の白さと柔らかさを強調している。上鳴はそのあまりの絶景に息を呑んだ。
そして、その音と痛いばかりの視線に彼女が気づかないわけがなく。

「…心配して損した気分なんだけど」
「や、痛いのは本当だし?」
「その割りに胸見過ぎ」
「あったら見るだろ」

だから見るんだと開き直ってしまえば、名前はきょとんとする。不思議で仕方ないという顔だった。

「雰囲気良い時に、じゃないの?」
「それはそれ、これはこれっつーか?」
「ふーん」

よく分からないと面白くなさそうに口を尖らせる名前。彼女としては慌てふためく上鳴が見たかったのに、思いの外冷静に対応されてしまい、つまらなかったのだろう。すると狙いは別の方向へと逸れる。彼女の性格をよく知っている上鳴はその予感をいち早く察知した。

「名前さ、早く退いてください」
「…ねぇ上鳴」
「?」
「この体勢、えっちぃ」

ふふ、と身を捩らせる名前は酷く蠱惑的だ。距離があるのに、耳のすぐそばで囁かれたみたいな吐息混じりの言葉。上鳴の体の芯がぞわりと波打つような笑みだった。腹の上に置かれた手はつつ、と指を滑らせた。
ただでさえ理性で抑えこもうとしていたのに、そんなことをされては。

名前が気が付いたときには、夕焼けの空を背にした上鳴の姿が映っていた。硬いタイルの上に寝ていた彼と名前とは体勢だけでなく関係も逆転しているようだった。ぱちくりと目を丸くすると、上鳴の膝が自分の脚を割って入るように動いた。その動きに驚いたということと、そこから先を考えていまい彼女は焦りを浮かべた。対照的に上鳴はどこか冷静で慌てた様子の彼女を見てこんな顔もするのかと感心した。

「俺いま、誘われたよな」
「いや誘ったっていうか。からかったんだけど」
「うっすいTシャツで、濡れて少しだけ透けてて?彼女がそんなえっろい格好してるだけでやべーのに?」
「そんな怒らなくても。ごめんって」
「怒ってねーけど」
「けど、なに?」
「なんかムカついた」

怒ってるんじゃん!と声を上げそうになった名前は、その口からくぐもった声しか出すことができなかった。

上鳴に口付けられている。

そう気がついた時には、少しだけ開いた口の隙間から湿った柔らかい肉が入り込んでくる。ぬるりとしたそれに驚いて更に口を開けばより深く上鳴の舌は名前の口腔内を荒らした。

「…ん、ふっ……はぁっ…ぁ」

自分の声じゃないみたいだ。くちゅりと舌が絡まる。水音はゆっくりと彼女の耳を侵していくようだった。熱い。人ってこんなに熱を持ってるなんて知らなかった。
終わる気配のないそれに先に音を上げたのは当然名前のほうだった。普段のちゃらけた雰囲気の上鳴とは全く違う怖さに、涙が零れてはタイルに染みていった。涙が目の横に線を描いた。

ふと前触れもなく離れていった唇同士から息が漏れる。瞑っていためをゆっくりと開くと、眉間にシワを寄せた上鳴の顔がいっぱいに広がった。そっと胸の上に手が置かれる。柔らかさを知るように撫でられただけで、名前は驚きで身を跳ねらせた。

「俺、名前が好きだ。だから一緒いたいし、キスだって、その先もっ、してーよ?」
「あ、やっ…」

ぐりっと脚の間に上鳴の熱を帯びたものがあてがわれた。どれだけの熱があるか夏の薄い服越しでも伝わってくる。濡れていた服はいつのまにか乾いていたのに、肌は汗が浮かんでいた。
一方の上鳴は涙目でパニックになっている名前を見ながら、この先もしてしまおうかなんて考える。じりじりとした陽は正常な思考を奪っていった。柔らかな双丘に口付け、その先にある芯にも舌を滑らせたら。もし、この熱を名前に挿入したら。名前はどんな顔をして、どんな声を零すのだろう。

知りたい。

頬に手を伸ばして軽く口付ける。ちゅ、と小さなリップ音にでさえ名前は身を固くした。

その時、上鳴のスマホが喧しく音を立てる。はっと気付いた時には自分が何をしかけていたのかを改めて考え、さぁっと血の気が引いていった。名前は目をぎゅっと瞑りながら、端から涙を零した。

「…っ、め…なさ、い」
「え……?」
「からかって……っ、かみな、りの気持ち……軽くみて…ごめんなさ……」

先ほどとは違う色の涙をぽろぽろと落とす名前に驚いたのは上鳴の方だった。ぎょっとして慌てて名前を抱き上げる。ぽんぽんと背中を子どもをあやすように宥めれば、くすんくすんと泣き声は小さくなっていった。

「ご、ごめん!調子乗った」
「ううん……吹っかけたの、私だし……」
「いや。怖かったよな、ごめん」
「…違う人みたいだった」
「悪ぃ。嫌だったよな」
「…もっとぎゅってして」
「はい」
「あとで、アイス奢って」
「はい」
「上鳴」
「はい」
「ごめんなさい」
「俺も、ごめん」

お互いに謝れば、自然と目が合って笑みが溢れた。
じりじりと焼き付けるような陽はもうすぐ沈んでしまいそうだった。まだ中途半端なプール掃除なんて、やらなくていいだろう。そう名前に伝えると、そうだねと笑っていた。

帰る準備をしようかと上鳴はタオルを鞄から取り出す。USJから校舎まではバスで移動するくらい遠いのだ。迎えを頼まなければ。先程鳴った携帯を取り出し画面を開くと、切島からの着信だった。帰りが遅い自分達の分まで夕飯を用意してくれたらしい。ありがたいと返信しながらバスを呼ぶ。もう先刻までの出来事など、頭から抜け落ちていた。そして、名前の秘密も。

「…嫌じゃ、ないよ」

ぽつりと呟いた名前の言葉は上鳴に届かないまま、空にとけていった。上鳴はすっかり忘れているが、彼女の個性は、相手の体液を摂取して動きをコントロールできる。それは唾液も例外では無く。
あの時、上鳴を拒否しようと思えば彼女は出来たのだ。いつもと違う上鳴に焦っていたのは本当だが、いくらパニックになっていたとはいえ、それくらいの部分には頭が働く。しかし、それをしなかったのは。

「名前、バスもう少しで来るってよ」
「ん」

本当のことは、彼女しか知らない。




           


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