「熱くしすぎたな…」

夏だというのに口に含んだコーヒーは飲めないくらいに熱を持っていた。眠気覚ましにと思って入れたはいいが、飲めなかったら本末転倒だ。そう思いながら残っていた仕事に目を通す。
もうすぐ新学期が始まるため、これまでの生徒の経過を報告する会議が迫っている。1人1人に難点も欠点も、評価できることは多くある。問題児ばかりの俺のクラスでは前者が大多数なわけだが。
そのなかでも他の教師が危惧する問題児。赤黒名前。タブレットで該当するページを表示しながら過去の俺が付けた評価を見返す。筆記の成績は優秀…とはいかないが、実技はクラスでも上位に食い込む、と過去の俺は示していた。これは転校初日の体力テストの結果。
それから、とページを捲る。オールマイトさんが記録した屋内対人訓練の結果。心理面での不安定さ……というより、危うさを危惧している。確かにあの戦闘スタイルは強みであり、危険因子だ。

「失礼しまーす。相澤先生いらっしゃいますか?」

寮の監督室のドアの前から聞こえる、まさに今考えていた問題児の声。少しだけ心臓が跳ねた気がした。タブレットの電源を消してから、扉を開けた。目の前には寝る前なのかジャージを着た名前がいた。

「なんだ」
「明日カウンセリングなので、午前中少しだけ抜けます。言うの忘れてたと思って」
「あぁ。校長から連絡受けてる」
「なんだ、そうでしたか…あ」
「他に何か用か」
「さっき轟くんと話してたんですけど…母のこと」
「…あぁ」
「…いや、何でもないです。ちゃんとまとまったら、言います。まだぐちゃぐちゃなので」
「わかった」
「すみません。夜分失礼しました」

ぺこりと頭を下げ、足早に立ち去るそいつを少しだけ見送ってから部屋へと戻る。この学校に来る前から受けているというカウンセリングは真面目に続いているようだ。
椅子に腰かけながらさっきの名前の言葉を思い出す。轟と話したという『母のこと』。どちらも色んな意味で複雑だ。まぁ、轟の方は体育祭の一件で進展というか、変化はあったが。名前の場合はと考える。轟との話でどういう方向に思考が変化したのかは分からないが、さっきの様子からすると悪い方向では無いようだった。
再びタブレットの電源を入れると、先ほどのページを開く。家族構成と書かれた項目には校長が書いたのだろう。他の生徒と比較しても多く家族の関係性について述べられていた。あの人話も長いからな、と息を零す。分かりやすく描かれたジェノグラムには当然、ステインの写真が載せられていた。ステインの義妹というだけでも世間の風当たりは強いだろう。これからヒーローとしてその事はきっと一生付き纏う。公表してもしなくても。世間は悲しいくらいに人に対してシビアだ。それにこれから向き合わなければならない。
そして、母との確執も。たかだか16のガキが親に見放されるというのはどういうことなのか。それも今まであった家族や友人、全てを失うというのは。
本人の立場になって、なんて考えることはできない。俺はあいつじゃないし、想像するにも限界はある。それも感情なんて一番想像が難しい問題だ。厳しいことだが乗り越えるのは、あいつ自身だ。

「どうしたもんかね」

いつの間にかコーヒーはぬるくなっていた。まだ殆どコップに残っているそれを飲み干しながら、頭を掻いた。


           


ALICE+