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爆豪と恋人設定
本編に目を通されておくことをお勧めします。




「飯田くん。これあげる」
「なんだこれは」
「リカバリーガールから貰った飴ちゃん」
「これは君が舐めるべきではないか?」
「良い子には飴あげようねって貰ったんだけど、それだと私には権利無いから」
「君は良い子ではないということか」
「昨日日直の仕事サボってこっそり飯田くんに押し付けたからね。悪い子です」
「何してるんだ!!というかやっぱりか!何故か俺の仕事が終わらないと思った訳だ!」
「あっははははは。ごめんごめん」

HR前の暇な時間、飯田くんにちょっかいを出しながら気付いた。しかし、後悔してももう遅い。
凄い、視線が痛い。
後ろからザクザクと刺さる怒りの篭った視線に耐えかねて振り返る。その先の人物を見て、そして自分の今の状況とを鑑み、やっぱりかと息を吐いた。これは後で怒られるやつだ。後々を考えて頭が痛くなる私の横で、飯田くんは「爆豪くんは機嫌が悪いのだろうか……」と呟く。ごめん飯田くん。次の戦闘訓練で爆豪と当たらないことを祈るよ。




「死ねくそビッチ」
「言ってることと行動違い過ぎない……?」

天邪鬼か、と突っ込めば肩に埋まる力がますます強くなる。爆豪の部屋に呼ばれて、抱き締められて罵られる。ここまでがワンセット。これが飯田くんと私が仲が良いことに対する、彼なりの怒りの発散方法だ。子供みたいで可愛いとも思うけれど、込められた力は全然可愛くない。赤くなってしまいそうだ。

「クソメガネと話してんじゃねェっつてんだろ」
「それは無理だって言ってるじゃん」
「じゃあしね」
「私が死んだら勝己泣いて泣いて死んじゃうでしょ」
「舐めんなよ。テメーが死んだら笑い転げて過呼吸で息止まるわ」
「死んでるじゃん!」

なんだそれ
思わず吹き出してしまえば、つられてなのか込められた力は少しだけ弱まった。笑い転げてる勝己。それはそれで見てみたいかも。
緩まった力のお陰で、勝己の顔を覗き見ることができた。眉間の皺がいつもより多くて、唇も尖ってる。分かりやすく拗ねている彼に愛しさばかりが芽生える。

「嫉妬してる」
「ウゼェ」
「好きなのは勝己だけって言ってるのに」
「……なら、アホ面とかクソ髪とも仲良くしてんじゃねェよ」
「友達だもん」
「気に食わねェ」

いきなり出てきた切島くんと電気を指す言葉。うーん、飯田くんだけでなく、2人にも妬いていたか。その事も指摘すれば舌打ちをして不快感を表す勝己。付き合ってから知ったけど、私は意外と勝己に愛されている。というか、所有物の一つとしてカウントされている。だからといって、勝己を試すように飯田くんたちと話している訳ではないのだけれど。

「機嫌直して?」
「……」
「勝己。そろそろ、時間来ちゃうよ」

ほらと部屋の時計を仰ぎみれば、本日何度目かの舌打ち。あくまで私達は寮生活だから、消灯もあるわけで。彼といられる時間は存外短いのだ。このまま明日になってしまうのは、何となく喧嘩してるみたいで嫌なんだけれど。

「ね、勝己。甘えたい」
「……テメェのそのコスいところがマジでムカつく」
「あはは、そんなの今更でしょ?」
「ウゼェ」

そんな悪態をつきながら、裏腹に私を胸に押し付けるように抱き締めてくれる。硬い胸板と、お風呂上りの石鹸の匂いがいっぱいに広がった。とくんとくんと体中に響いていく心臓の音。しばらく堪能してから、頭の上の勝己を見上げる。するといつも通りの無愛想な顔が少しだけ和らいでいた。

「ふふふ。イライラ収まった?」
「はなっからテメーがクソメガネといちゃつかなきゃ平和だろーが」
「えー?」
「……テメーとメガネの関係が特殊なのは、分かる」
「……友達だけど、飯田くんはステインのことで色々あったから。ただの友達とは何となく、違う感じはしてるよ」

ステインの被害者家族という飯田くんと、加害者家族の私。そこからスタートした私達の関係は、言葉では言い表わせない。私が逃げたくなった時はいつだって飯田くんが叱咤してくれた。転校初日も、病院でも。きっと私は飯田くんに無意識に甘えているし、面倒見の良い彼はそれを分かって受け止めてくれている。
それが、彼氏の勝己は嫌なんだよね。どうしても勝己には踏み込めない部分ではあるけれど。それでも。


「勝己だけだよ。だから、ごめんね」


ごめんね、というのは嫌な気持ちにさせてっていうのと、心のどこかで嫉妬されて嬉しくなっちゃった自分を叱るため。浮気性の人が言う言葉みたいだけど、本当だよ。その気持ちを込めて勝己に口付ける。むすっとしたままの唇は熱かった。



「足りねェ」


ちゅ、と離れた唇は再び降ってくる。獣みたいなぎらりとした勝己の瞳。私の目の前が全部彼一色になる。噛み付くようなキスはきっと満足することはないけど。

もうすぐ先生の点呼がくるからそろそろ帰らなきゃと思ってたのに。そんな真面目な自分は彼の熱のせいでなくなっていくみたいだ。頭の隅にいる真面目な私を仕舞い込んで、"悪い子"の私達は抱きしめ合った。




           


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