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うっすら、すまっしゅねた


自己中心的で暴力的。人のことなんかお構い無しって感じで振る舞うくせに、傷つけないようにと下手くそな気の回し方したり。そんな不器用でみみっちくて、可愛い私の彼氏。


「なんだかんだ、優しいよ」
「そうかぁ?」
「うん。撫で回したくなる可愛さ」
「それは名前ちゃんにしか分からへんよ…」
「かっこいいっては思わないの?」
「うーん……可愛いだなぁ」


うへぇと呆れる響香と頬を引きつらせるように笑うお茶子にそうかなぁと思い返す。恋人としてしばらく経った私には彼は最早可愛い存在なのだ。
あ、けど。


『……名前、っ、入れんぞ』



ふと思い出してしまった一糸纏わぬ爆豪は、可愛いには程遠くて。立ち込める汗の匂いと、あの熱さは否応無く彼が男であることを感じさせた。それに戦闘訓練の時とはまた違う、欲が篭った瞳はぞくりと子宮を震わせるのだ。

恥ずかしいこと思い出してしまった。顔に出る前に直ぐにその記憶を消して、何事もなかったように振舞う。こんな風に共同スペースで話す私たちの専らの話題は恋愛についてだ。今日は私と爆豪の。


「名前から告ったの?」
「それがさぁ、爆豪から」
「えぇ?!意外ー!」
「それも可愛いんだよ、また。ロビーで緑谷くんとヒーローの話とかしてて盛り上がってたらいきなりだからね」
「あ〜、とられると思って焦ったとか?」
「爆豪くんのことやから、単にむかついただけとかもありそうだよね…」
「ちなみに何の話で盛り上がってたのですか?」
「えーと、確かバックドラフトの肘はどこかって話」
「どこでもいいわ…」


再び呆れた声を出す響香。後々、爆豪に同じことを伝えると力無く項垂れていた。懐かしいなぁと思い出していたらエレベーターの開く音が聞こえる。その方向に目をやると、なんともタイミング良く噂のご本人が登場したわけで。切島くんや上鳴たちもいて、どこかへ向かうようだった。


「男子どこいくの?」
「メシ」
「え?!もうそんな時間かぁ」
「女子は何の話してたん?」
「んー、爆豪の可愛さについて?」
「何その心躍らねぇ話……」
「あ゛ァ……おい名前テメェ!余計なこと教えてんじゃねぇぞコラ」
「あだっ!」


ニヤニヤと笑う響香と同じようにほくそ笑んでいたら、額になかなか痛みを伴うデコピンをお見舞いされる。爆風もこもってるのかというくらい勢いのあるそれはじんじんと痛んでいた。


「馬鹿かつき」
「うるせぇ寝ろ」
「ご飯まだだもん」
「食い過ぎるとまた太るぞ」
「な、うるさい!」


にやにやと憎たらしく頬を歪ませる勝己。今日はご機嫌みたいだ。彼を先頭にじゃあな、と玄関へと向かう男子たち。やられっぱなしなのは私自身悔しいのと、ちょっとした意地悪を込めて、背を向けている勝己に声をかける。


「勝己、バックドラフトの肘ってどこかなぁ?」
「あ?」
「緑谷くんに聞いてみて」
「ぷっ…あっはははは!」
「ちょ、名前ちゃんも三奈ちゃんも怒らせたら…!」


今度は私が口元を歪ませていると、何の話だとクエスチョンマークを浮かべる男子たちの向こうで、いつも通りの顔をした勝己が振り返っていた。
あれ、不機嫌さMAXになると思ってたのに。
拍子抜けしているとゆっくりと男子を掻き分けながら近付いて来る勝己。何か、普通すぎて怖い。絶対怒鳴りながら手のひら爆発させてくるというのが予想だったんだけど。

ソファーの端に座っている私の目の前まで歩を進め、見下ろす勝己。何を言うかと見上げていれば、彼の手がこちらへと伸びて頬へと添えられた。このまま叩くのかな、いや、意外と女子には手を上げないからそんなことはしないだろう。なら、この手は何だ。
そんな思案をしていると、勝己は少しだけ顔を覗くように屈んで、ニヤリと笑った。頬に添えられた手は後頭部へと周り、上を向くように固定され離さなかった。



あ、この顔知ってる。さっきも思い出したあの顔だ。


「んっ、や、んーっ?!」


周りにみんながいるのに容赦無く降りてきた唇。ぬるりと入り込んできた舌は私の舌を絡めて音を立てた。息をさせてもらえず酸欠になりそうな生理的なものと、恥ずかしげもなくくちゅりと立つ音に涙がこぼれそうになる。一瞬だけ溢れる声は他の男子もいるのに死にたくなるほど厭らしいものだった。どくどくと心臓がうるさい。それなのに皆の声はしっかりと耳に届くものだから、尚の事羞恥は増すばかりだ。



「ふぁ、ぁ、ゃ、んんっ……っ、やぁ…」
「っ、はっ……調子乗ってんじゃねェよ、バーカ」



少しだけ引いた糸をぺろりと舐めて、勝ち誇る勝己。それすら私には心臓を跳ね上げさせた。
やられた。いつも意地悪をしてくるときのあの顔。一瞬で顔に血が上って、情けない声が喉の奥から漏れてしまう。ぺたりと力が抜けて


「おいおい、俺らもいんだけど…!」
「友達の生チュー見ちゃった……」
「やるなぁ、爆豪」
「……やるなぁじゃないよ響香ぁ…」
「まぁ、煽ったアンタが悪いんじゃない?」
「もー……顔あつい……」


完敗してしまった私と、完全勝利の勝己。私の半分でも照れてればいいのに、全く顔色を変えてない奴に敵う筈ないなぁと情けなくなる。

柔らかい感触はもう消えてしまったけれど、いつまでも私の顔の熱が引くことはなかった。





           


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